Module_026
「いや……無理、というのは正確じゃないな。正しくは、『アイテムポーチを作る・作らない以前に、技術的な問題がある』というのが理由だ」
「……どういうこと?」
セロの説明に、イルネがわずかに眉根を寄せつつ訊ねる。
「アイテムポーチは、その名前の通り荷物を収納するアイテムだ。これは実際に製作したことで判明したことだが、その収納量はポーチの材料となる革や布といった素材の品質と精霊結晶の質の高さ、精霊構文の記述量で決まるようだ。素材及び精霊結晶の品質が高く、この精霊構文の記述量は少なければ少ないほど収納量は多い」
「確かに……過去に発見されたアイテムポーチは、そのどれもが質の良い素材や精霊結晶でできていたわね」
セロの説明に、イルネが軽く頷きながら言葉を挟む。それを受けたセロは「やっぱりな」と心の中に呟きつつ、さらに話を続けた。
「ただ、これは考えてみればそれは当然のことで、収納する空間を維持するには、それなりの精霊力が必要となるからだろうな。「」の記述量が多ければ、リソースがその分削られる。そのため、道具として維持できる空間も自然と小さくなる。ましてやポーチはその記述できる範囲が小さい。それなりの面積がある服や鎧とは違い、あくまでもポーチだからな」
「なるほど……確かに言われてみれば、納得のいく話ではあるわね。そうであるならば、機巧師としては『面積の小さいポーチにどれだけ構文を刻めるか』が勝負となるワケね」
セロの説明を聞いたイルネは、彼の製作したアイテムポーチを見つめながら静かに呟く。視界に捉えられたポーチの表面積から導き出した大まかな精霊構文の記述量では、イルネですらまともな機能など持たせることはできないだろうとも容易に想像がついた。
「さっき耳にした話だと、貴方の商会がホワイトナイツの精霊武具を製作したみたいだが……俺から言わせれば、そこに刻まれていた精霊構文は非効率・無駄のオンパレードだ。厳しいとようだが、そんな構文記述しかできない人がアイテムポーチを製作できるとはとても思えない。できてもせいぜいそこらの小石を収納できるのが関の山じゃないか……とは思う」
「ほぉ……随分と言ってくれるじゃない……」
面と向かって「お前の技術はまだまだだ」と見るからに年下のセロから告げられたイルネは、ピキリと青筋を浮かべつつも、努めて冷静に言葉を返す。
「カラクがここに連れて来たってことは、どうせ俺が彼らの武具をメンテナンスした時の詳細も聞いたんだろう? それに、現に俺がメンテナンスした武具を見て『教えて欲しい』と言って来たってことは、まだまだってことだ」
物怖じもせずに堂々と告げるセロに、イルネはわずかに肩を震わせて小さな笑い声を上げる。
「ククッ……アッハハハハッ! 堂々と言い切られると逆に腹も立たないわね。ましてや出会った直後の言葉でそこまで察するとはねぇ」
発せられた言葉とともに、セロの肩を掴んでいた彼女の手が離れていく。
(あー、うん。助かった……かな。どうやらギリギリで相手の怒りを買うことは回避できたけど、危なかったな)
内心ドギマギしていたセロは、イルネの言葉に人知れず安堵の息を漏らした。
「そっちの話は終わったかい?」
セロとイルネとのやり取りが終わったのを見計らい、今度はグロースが口を開く。
「……えぇ、だいたいは、ね」
後ろから聞こえて来た彼の言葉に、イルネは発言者の方へ顔を向けてそっと横にずれる。
「なら、今度は私の番だね。君がアイテムポーチから出したのは、確かに鎧獅子の遺体だった。それを踏まえて一つ聞かせて欲しいんだが……なぜあの遺体はあんなにもボロボロなんだい?」
「うん? どういうことだ?」
「いや、鎧獅子はその名前の通り、全身を固い装甲で覆われた魔物だ。その装甲は『鎧』とつけられるほどに強固で、通常の刃物では傷一つつけることは出来ない。にもかかわらず、目の前の鎧獅子はまるで巨大な鉄球でも直撃したかのようにその装甲が砕けているんでね。どんな武具であんな傷をつけたのか、非常に興味深いんだよ」
「あぁ、なるほど……」
ポーチから出された鎧獅子を一通り検分し終えたグロースの問いに、セロは「さてどうしようか……」とわずかに逡巡する。
(あそこまでボロボロにしたのは「戦車」のカードの力ではあるんだけど……まぁ余計なことを言わない限り、問題ないか……?)
やがて考えをまとめたセロは、「この場限りとしてくれるなら」と条件をつけた。彼の提示した条件に、グロースは「分かった」と頷く。
承諾したグロースに対し、セロはポーチから一丁のライフルを取り出して見せながら答えた。
「これは『アンチマテリアルライフル』という銃の一種だ。そして、これがこの中に装填する弾丸だ」
「これは銃……なのかい? 形状は私の知っているものと似ているが、こんなに長いものは初めて見た」
「へぇ……あの時はそんな大きな弾丸を撃ち込んでたんだ。あまりにも速過ぎたから、よく分からなかったけど……」
グロースは掲げられたアンチマテリアルライフルに気圧されつつ呟き、端から見ていたミランがセロの手のひらに収まる弾丸を目にしてその大きさに目を見開きながら思わず口を開いた。
「驚くのも無理はないだろうな。これは言ってみれば威力に特化した銃だからな。しかし、威力に特化した分、通常の弾丸よりも大きいし、当然ながら銃もそれに合わせた形状となる。おそらく……この銃を使えば、この街を覆っている壁も砕けるんじゃないか?」
ふとセロの口から告げられた言葉に、グロースはギョッと目を剥く。
「な、なるほど。それほどまでの威力があるなら、この結果も頷けるな……」
「確かにそうだな。しかし、鎧獅子の装甲を砕くまでの威力か……下手をすれば他のヤツらに狙われないか? まぁ見たところ撃ち込む弾丸には精霊石が通常弾の倍近く使われているようだから、気軽に使えないというのが幸いか」
「そうだね。イルネの言う通り、これは彼にとっての『切り札』なんだろうね。だからセロ君も鎧獅子という災害級の魔物にしか使わなかっただろうしね」
グロースの言葉に、イルネは頷きつつも自らの意見を口にする。それを聞いたセロは、「そうなのか?」と疑問に思いつつそっと心の中に呟く。
(精霊石ってそんなに貴重なのか? 俺は時間があれば量産できるんだけど……これは言わない方が賢明だろうな。それに……アンチマテリアルライフルは別に切り札ではないんだけどね。まぁ言ったら言ったで大事になるだろうし、これも黙っておいた方がいいんだろうな……)
グロースとイルネの勘違いを聞き流しつつ、セロは静かに掲げた銃をポーチの中にしまい込むのであった。




