Module_025
ギルドマスターであるグロースの執務室から出た一行は、そのまま廊下を歩き、階下のフロアへと降りーーようとしてピタリと階段の途中でその歩みを止めた。
「な、なんだいコレは……」
足を止めたグロースが思わず呆けた顔でまじまじと見つめるその先には、うず高く積まれた魔物の遺体が階下のフロアの中央にいつの間にか鎮座していた。
「うわっ……凄いねコリャ……」
隣で同じ山を見ていたミランが「ほへぇ~」と小さく声を漏らしつつ、感想を口にする。
「あれは……やっぱり」
「あぁ。アイツだろうな」
同様に魔物の山を見ていたアルバの言葉に、グランの確信めいた言葉が続く。
「アイツって――」
その言葉にハッと我を取り戻したグロースが反射的に訊ねるが、その答えは返されることのないまま、姿を見せた彼に職員の声が飛んで来た。
「ギ、ギルドマスター! ちょうどいいところに! 先ほど大量の魔物の買取り依頼が来ました。見ての通り、その量が尋常ではありません。大至急、他の職員をこっちに回して下さい!」
「えっ? あ、あぁ……うん。みたいだね。さすがにこれだけの量だと追加要員が必須か……分かった。それで? これほどまでの量の買取り依頼を出した本人は?」
駆け寄って来た職員に、グロースは一も二もなく頷くと、続けて依頼者がどこにいるかを訊ねる。
「は、はぁ……それでしたら『待ち合わせがあるから』と言ってギルドの裏手の方に行きましたけど……」
その職員の言葉に、端で聞いていたカラクたちが「やっぱりな」とやや呆れながら納得顔を見せる。
「はぁ……分かった。追加要員は手配するから、ひとまず君は査定に戻りなさい」
「あっ、はい。では失礼します!」
駆け寄って来た職員は、グロースの指示に従い、ペコリと頭を下げて再び魔物の山へと向かっていった。
「ねぇ、一つ確認なんだけどさ……」
「はい、なんでしょう」
グロースはわずかに言葉を詰まらせながら、傍らに立つカラクに問いかける。
「もしかして、君たちの待ち合わせの相手っていうのは……」
「えぇ、おそらくご想像の通りだと思いますよ? 私も彼がこれほどまでの量の魔物を狩っていたとは思いませんでしたけど」
「……沸点低い戦闘狂ってことは無いよね?」
グロースは高い天井に届こうとするほどの魔物の山を前に、顔を蒼褪めさせながら恐る恐るカラクに訊ねる。
「……さぁ、どうでしょうかね?」
「ちょっ、ねぇ! 本気でそこんとこどうなのよ? ギルドマスターって言うけど、こっちは普段から書類仕事に忙殺されてるっつーのに、ここ最近はお偉いさん方との神経戦が続いて精神的ストレスが半端ないし、おかげでまだ四十にもいってないのに白髪が交じようになってきてるし!」
「ハハハッ……いやぁ、ホント、老いって怖いですねぇ……さて、人を待たせていることですし、とっとと行きましょうか」
「さんせー!」
グロースの不満タラタラな言葉をサラリと受け流したカラクに、ミランの言葉が続く。
「ねぇちょっと! この後まだ仕事もあるから、そこんとこハッキリさせてくれないとさぁ~」
半ば怯えるグロースの襟首を引っ掴み、カラクは他のメンバーを連れてギルドの裏手へと向かうのだった。
◆◇◆
「やぁ、待たせたね」
「いやそれほど待ってはないから大丈夫だ」
ギルドの建物の裏手には、詰めれば100人は集まれるほどのオープンスペースがある。カラクたちは先に待っていたセロへ遅れたことを謝罪しながら歩み寄った。
「それで……そっちの人は?」
スッと視線をカラクから横に移したセロが訊ねると、彼は共に連れて来た二人の顔を見ながら軽く紹介する。
「こちらはこのギルドを纏めるギルドマスターのグロースさんだよ。ちょっと込み入った話になりそうだったからね。直接会って報告してきたんだ」
「どうも。グロース=レギナントだ」
「そして、こちらの女性はイルネ=ヴィルヴィアさんだよ。この街の機巧師の一人で、精霊導具の製作や修理を仕事とする『マレーン商会』の会頭さんだよ。私たちの精霊武具もマレーン商会で作ってもらったんだ」
「よろしく。君が彼らの精霊武具をメンテナンスしたという少年ね。是非とも、あの武具に刻んだ精霊構文について教えて欲しいわね」
カラクの紹介を受け、それぞれ返事をした二人に、セロは「どうも。セロといいます。先ほどこちらで登録したばかりの冒険者です」と手短に告げて自己紹介をする。
「それでだ。ついさっき、これまでのことを報告したんだが、やはりすんなりとは受け入れてもらえなくてね。ギルドマスターから『討伐した証を見せろ』と言われたんだ。手間だけどここに討伐した鎧獅子を出してくれないかな。これほどの広さなら出しても問題ないだろう?」
「あぁ、問題ない」
カラクの言葉にこくりと頷いたセロは、腰に取り付けていたアイテムポーチを取り外し、中から目当てのものを場に出した。
「「……」」
「うん? どうした?」
再びアイテムポーチを腰に取り付けたセロは、口を開けて呆然とするグロースとイルネの様子を見て首を傾げる。
「これは……本物なのか?」
「失礼な。偽物なんて出さないさ」
グロースの呟きにセロは若干不愉快気な表情を見せつつ答え、
「ア、アイテムポーチ!? そ、そんな……これほどまでに巨大なものを難なく収納できるものなんて、一体どうやって……」
「いや……どうやってって、普通に作っただけだけど?」
イルネの言葉に「何言ってんだコイツは」と訝しむ表情を浮かべてセロは答えを返す。
そのあまりにも平然とした顔で返された言葉に、問いかけたイルネは「作った……?」と言葉を失った。
「おいおい……嘘をつくのも大概になさい。アイテムポーチは今やその製法が失われて久しい代物なの。今もなおその製法の復元に多くの研究者や職人が心血を注いでいるものなのよ? そのため、アイテムポーチは遺跡や迷宮といった場所からでのみ発見される大変稀少なもの。それを『作った』ですって? バカも休み休み言えというものだわ」
「えっ!? そ、そうなの……か?」
イルネの説明に、今度はセロが驚いた表情を浮かべ、その真意を図るように隣で会話を耳にしていたカラクに目を向ける。
「あぁ、本当だとも。ちなみに、一泊の荷物を収納できるアイテムポーチでも、ざっと10万リドルは下らないだろうね。ただ、この金額はあくまでも最低ラインだ。普通に購入するとなれば、これ以上の金額を吹っ掛けられるのはザラだね」
カラクの説明に、キールやミランといった他のメンバーも揃って首を縦に振る。
「じゃ、じゃぁ……オレのこのアイテムポーチは……」
「まず間違いなくそこらのアイテムポーチよりも稀少な代物だね。何せこんな大きな魔物の遺体を収納してもなお余裕があるんだろう? 下手をすれば君を殺してでもそのアイテムポーチを手に入れたいという輩が出てきてもおかしくはないね」
カラクより突き付けられた現実に、セロは頭をくらりと揺らしながら「嘘だろ……」と呻く。
「それは聞き捨てならないわねぇ。こんな高性能な代物を作り出せるのよ? その製法を聞く前に殺されるのは大きな損失よ」
二人の会話に横合いからイルネが口を挟む。会話に割って入った彼女は、ガシリとセロの肩を掴み、まるで獲物を狙う肉食獣かの如き形相を見せながら口を開く。
「あぁそうだ。製法を聞き出す前にもし死なれたら、こっちは目も当てられないわ。お願いっ! アイテムポーチの製法を教えて――」
「……無理」
セロはイルネの言葉を聞き終える前に、短く結論を告げた。
「どうして!? 分かった……金の問題なの? なら――」
なおも食い下がろうとするイルネに、「違う、そうじゃない」とセロは頭を左右に振って否定すると、軽く息を吐いた後に静かに告げた。




