Module_022
「……さぁ着いたぞ。ここがグリムだ」
「ようやく帰ってきたあああっ!」
グランの声に、ミランが両腕を上げて喜ぶ。セロとホワイトナイツの一行の前には、巨大な門と街全体を包む高い壁が広がり、門の前には街の衛兵らしき人物が二人で外の様子を見張っていた。
(はぁ~……ここがグリムか……)
目の前の光景に圧倒されたセロは、キョロキョロと左右に目を向け、やや口を開けたままグランたちの後を付いていく。そのセロの様子は「田舎から出てきたばかりのお上りさん」という言葉がそのまま当てはまる。
「おっ、グランにカラクじゃないか。一週間ぶりか?」
門の前に立っていた衛兵の一人が、街に入ろうとするグランたちに気さくに声をかける。どうやらホワイトナイツのメンバーとは顔馴染みであるらしく、キールやミランもその表情に微笑みが浮かんでいた。
「まぁな、エルジン。こっちはギルドの依頼で外に出ていたんだ。俺たちは森の中にいたんだが、そっちは何かあったか?」
声をかけてきた顔馴染みの衛兵--エルジンに、グランがポケットから取り出したプレートを見せながら訊ねる。
「いや、こっちは相変わらずさ。あったとしても街中の喧嘩に警邏隊が駆り出されたくらいだよ」
「喧嘩ってほぼ毎日のことだろう? そっちも大変だな」
エルジンの返答に、カラクが苦笑混じりに相槌を打つ。やがてホワイトナイツ全員のプレートを確認し終えた彼は、最後尾にいたセロの存在に気がついた。
「うん? 見ない顔だな。カラク、この子は?」
「……あぁ、俺たちが森の中で魔物に襲われそうになったところを助けてくれた少年だよ。彼も街の中に連れて行きたいんだが……」
「ふむ……君は何か身分を証明するものはあるかな?」
カラクの言葉に、じっとセロを見つめたエルジンは、静かに問いかける。
「あ~、いや……残念ながらそういうのは持っていない」
「ふむ……なら仕方がない。身分証を持っていないとなると、この場で1,000リドルを支払ってもらう必要がある。これは規定上どうしても必要だ。手持ちが無ければこちらから一時的に貸し付けという形で出すことも出来るが……どうする?」
「それなら、私の方で支払っておこう」
訊ねるエルジンに、カラクが横合いから口を挟む。その発言にセロはやや驚きながら「いいのか?」と訊き返した。
「おいおい、どうしたんだよ? えらく気前がいいじゃないか」
カラクの申し出に、エルジンも驚きつつその真意を訊ねる。
「構わないさ。言っただろ? 私たちはこの少年に助けられたと。なら、これくらいのことはさせてもらうさ。規定の金額を払うのなら、誰が支払ってもいいのだろう?」
「ふむ、まぁそうだな。他の人間が立て替えて支払うケースは珍しいものでもないしな。こっちとしては規定の金額を納めてくれればそれでいい」
カラクの質問に対し、エルジンは頷きながらセロに問題がない旨を説明する。
「本当に……いいのか?」
セロもまたカラクに訊き返すが、隣に立っていたグランが彼の頭をグシャグシャと掻きながら呟く。
「遠慮するな。それに、その金だってギルドに登録してカードを発行してもらえば返してもらえるからな。俺たちはしばらくの間この街に滞在するし、後で返しに来てもらえばいいさ」
「そうですね。私はともかく、キールやグラン、ミランの精霊武具をメンテナンスしなきゃいけないですし。何日かはここにいるかと思います」
グランの言葉に、アルバが頷きながら賛同の意を示す。
「……よし。カラクから規定の金額も受け取ったし、これで手続きは終了だ。さっきグランも言ったが、身分証が出来れば返金も出来る。まだ日も高いし、サッサと登録してくることをオススメするよ」
そう言って所定の書類に記入し終えたエルジンは、セロたちのもとから離れていった。
「それじゃあ手続きも済んだことだし、行くとするか!」
「ですね。まずはギルドで依頼達成の報告ですか?」
キールの弾むような声に、アルバが同意しつつリーダーのカラクに予定を訊ねる。
「それもあるが、さっきエルジンも言った通り、セロ君のギルド登録も兼ねてだな。いつまでも身分証もないのは可哀想だろう?」
「あぁ、そうだね。カードがあればスムーズに素材の買取りもしてもらえるしね~」
カラクの提案にミランがすぐに賛成する。他のメンバーも彼の提案に異論が無かったことから、一行はそのままギルドへと向かうこととなった。
――自治都市、グリム。その街はこのシュタイナー大陸の中央に広がる森から南に下った先にある都市である。
グリムの街は他の「国家」とは異なり、国としての統治権は存在しない。その背景には、この地は大陸の中心部という位置から、歴史的に見て戦火が絶えなかったことに起因している。大陸の中心部とは交通の要衝であり、戦略的な価値も高い。そのため、長らく争いが絶えず、多くの悲劇が生まれた。
現在はその過去の反省から、このグリムの街は国家の干渉を受けない「自治都市」として独立的に機能させることとなった。しかしながら、国家として独立させるわけにもいかなかったため、不可侵領域としてその地を規定し、周辺国から賛同を得た「領主」が治める特殊な街となっている。
そうした少々特殊な背景から、このグリムには「軍」という対外的な武装組織は設けられておらず、街の中の治安を維持するための「警邏隊」のみが置かれている。
警邏隊の主要任務は「街の治安維持」であるため、原則的に彼らは街の外へ出ることはない。街の外に関する事項はギルドの領分とされており、明確な線引きがなされている。そのため、このグリムでは他国に比べてギルドの発言権は比較的大きく、また街の外にかかわる様々な依頼が集まることから、多くの冒険者が集まる特徴を有している。
しかしながら、他国の干渉を受けないことから、街には他国で罪を犯した者や、それこそ「裏」の家業を生業とする輩が住み着くといった弊害も抱えている。
現にグリムの西側の一帯は治安が悪く、夜になれば娼婦が街の中を堂々と出歩き、一歩裏通りを歩けば危険な薬物を売買している現場に遭遇する有様だ。また報酬と引き換えに殺しを引き受ける輩も数多く存在している。
こうした街の状況を示すように、グリムは「魔都」と呼称されることが多い。
無事に門をくぐったセロたちは、門から真っ直ぐに伸びたメインストリートを歩く。
(あ、あの人……頭から耳が生えてる!? そ、それに尻尾も……あっちは耳が尖ってる。ってことはエルフ、なのか……?)
通りを歩くセロは、行きかう様々な種族に圧倒されていた。行きかう人の多さには前世の経験もあって驚きはしなかったものの、そのバリエーションの多さに目を見開いて驚きを露わにしていた。
「ハハッ。初めてここに来るヤツは、大抵その人の多さと種族に驚くよな」
「まぁ私たちも最初はそうだったな……」
セロの驚き振りを見たグランとカラクのやり取りを聞き流しつつ、一行は目的地へと向かう。彼らの目的地であるギルド会館は、門からおよそ10分程度歩いた先に存在する。ざっと3桁を超える人間を収容できるほどの総二階建てのその会館は、遠くからでもハッキリと確認できるほどの大きな建物であった。
「さて、着いたな。ここがギルド会館ーー私たち冒険者が集う場所だ。一階は依頼を受けたり、素材の買取りを受けたりする窓口だ。二階はここのギルドマスターの執務室や来客などの応接間、ミーティングで使用する会議室がある。登録などの手続き関係は……あそこだな」
中へと続く扉を開けながら、丁寧に説明するグランに、カラクがセロへ声をかけた。
「セロ君は文字の読み書きはできるかな? 登録時には所定の用紙に記入が必要だからね。一応代筆も可能だけど、手数料がかかるから、できれば自分で書けた方がいいけど……」
「……それくらいなら問題はない」
「へぇ……スゴイね。中には読み書きできない人もいるのに」
こくりと頷きながら言葉を返したセロに、ミランが感心した声を上げる。
「失礼な。じゃなきゃメンテナンスなんてできないだろ? 精霊構文を読み取らなきゃならんのだし」
「あ、そうだった……君は独力で技術を身につけたんだもんね。すっかり忘れてたよ」
セロの指摘に彼女はアハハと笑いながら話しを流す。そんなミランの姿にアルバが呆れたようなため息を漏らした。
「自分でできるならサッサと行ってこい。俺たちは別にギルドに報告しなきゃならねぇからな。終わったら落ち合おう」
「了解。それじゃあ行ってくる」
キールの言葉に、セロは再び頷き登録手続きができるカウンターへ進もうと足を向ける。
「あ、ちょっと待って」
その時、カラクは離れていくセロを呼び止め、彼のそばに寄るとそっと耳打ちをした。
「……素材の買取りを併せて依頼するなら、鎧獅子は私たちの報告が終わってからにしてくれないか? 森の中でも言ったけれど、アレは『災害級』に分類されるランクの高い魔物とされているんだ。鎧獅子は通常ならばこれだけの少人数では倒せないとされている魔物だからね。『討伐した』と私たちが報告してもギルドから疑われるおそれがある。なら、私たちとギルドの職員の目の前で買取依頼した方が妙な疑いをかけられずに済むだろう」
「……分かった。けど、それほどの高ランクの魔物なら、証拠を見せても少なからず『どうやって仕留めたのか』と追及されないか?」
「それはそうだが、彼らは具体的にどうやって討伐したのかは知らない。『他の魔物との戦闘で手負いだったところを運よく倒せた』とでも報告しておけば、それほど深くは追及されないだろうさ」
(なるほど。ギルド側が実際に見ていない以上は、カラクの言葉を信じるほかないというわけか。多少無理のある理由だが、何も言わずに深く追求されるよりもマシ……か。カラクたちは「制約」の縛りがあるから問題ないにしても、ギルドの方はそうもいかないからな)
「俺はここに来たのが初めてだし、勝手が分からない以上、そっちは任せるよ。あの魔物以外にも狩った魔物があるから、登録した時はそっちを依頼に出すことにするよ」
「そうしてくれると助かる。頼むよ」
カラクはそれだけを告げてセロのそばから離れると、他のメンバーを連れて別の窓口へと向かって行った。




