Interlude_001 主人と従者の一コマ
※なろう版のみの掲載となります。
第1章が終了したので、箸休め的なお話をば。
こうした幕間の話も、今後は充実させていきたいと思います。
今のところ、Interlude(幕間)のお話は、なろう版のみの掲載予定です。
洞窟内のボスたる大蜘蛛を倒したセロは、「魂魄精錬」の術式により、それまで敵として戦った相手を自らの従者として加えた。
ーーアルカナ:「刑死者」の化身、「アラクネ」として。
「―-さて、と。新たな仲間も手に入ったことだし、他の化身たちとの挨拶がてら、その能力を確認してみますかねぇ」
激闘の後、洞窟内での採掘を終えたセロは、ホームへと戻ると、家の前の開けた場所で早速アルカナの化身たちを召喚する。
「呼び出したのは他でもない。この度、俺の新たな従者が一人加わることとなった。皆に紹介しよう。アルカナ『刑死者』の化身、アラクネだ」
この新たな従者は、セロを見るや否や、片膝をついて頭を深く下げて恭順の意を示す。
「……この度は、御主人様の従者として末席に加えていただき、恐悦至極でございます。化け物であった私に、新たな道を与えてくださった偉大なる御身に、この私の忠誠を捧げることを、ここにお誓い申し上げます」
セロは「絶対自分なら噛みそうなセリフだな……」などと思いつつ、アラクネの言葉に耳を傾けた。
(そう言えば、刑死者か。他には吊られた男とも呼ぶんだったっけか……? もともとは蜘蛛だったし、糸つながりではあるのかな?)
セロは顕現したアラクネを見つつ、ふとそんな場違いな感想を心の内に漏らす。やがてアラクネの肩に手を置きながら、「まぁ、宜しく頼むよ」と告げたとき、面を上げた彼女はじっと主たるセロを見つめながら口を開いた。
「……御主人様、つかぬことをお聞きしますが、お持ちの服はそれしかないのですか?」
不意に訊ねられたセロは、やや面食らいながら、
「あー、そういえば。確かにこれ以外は持ってないな……」
着ていたシャツを摘みながら答える。今の服装は、もともと白無地のシャツとズボンだった彼がこの地で魔物に襲われた馬車の荷物から拝借したものだ。
大人のみであったためか、拝借した服はサイズが合っておらず、裾や袖口を何度も折り込んでいる状態だ。
まぁ、詰まるところーー不格好なのである。
「……なるほど。これが私への初任務、というわけですね。では……早速仕掛かるとしましょう」
「えっ? な、何が?」
唐突に立ち上がり、やる気を見せるアラクネに、セロは訳も分からず反射的に訊ねる。すると、彼女はその顔をセロに近づけて告げた。
「恐れ多くも御主人様。我らの上に立つその御身が、かようなみすぼらしい服装では威厳も何もありません。上に立つ者には、それ相応の格式が求められます。ここは主としての風格を見せるべきところかと」
「そ、そうかぁ……?」
ズイッと顔を近づけて力説するアラクネとは対照的に、セロはポリポリと頬を掻きながら歯切れ悪く答える。
正直に言えば、セロにとって、自分と従者たちしかいないこの状況では身だしなみに気を使おうとは考えてすらいなかった。彼にとってはとりあえずの生活ができればよく、衣服に凝ることなどは二の次になっている。
(服……ねぇ。ぶっちゃけ、そんなオシャレに気ィ使ってる余裕はねぇんだけどな。つーか、それよりも今日の飯はどうしようか……)
生きることがセロにとっては優先されるため、どうしても意識が「食材の調達」に関連する事柄に移っているのが現実だ。
だが、彼の言い分とは裏腹に、アラクネ以外の従者たちからも賛同の声が上がる。
「あぁ、言われればそれもそうよねぇ。確かに御主人様は素晴らしきお方ではあるのだけれど、やっぱり見た目は大事だと思うのよねぇ……相手から舐められるような格好だと、面倒事も起きるだろうし」
アラクネの言葉を支持するように、サキュバスが口を開くと、隣にいたウィル・オー・ウィスプが大きく首を縦に振る。
「それはありますな。主を支える従者として、偉大なる御身がそこらの凡人に舐められることがあってはなりません。そのためにも、衣服という分かりやすい『形』から訴えかけることも必要でしょうな」
サキュバスに続き、今度はベリアルが顎をさすりながら自らの意見を口にする。彼の言葉に、バハムートとグリフォンが嘶きでもって賛同の意を示した。
「……マ、マジ?」
「えぇ、そうですとも! 私だけではなく、諸先輩方がこう仰っているのですから、間違いはないかと思います! では、具体的にどのような仕立てにしましょうか。ここはやはり重厚で厳格なイメージを前面に押し出す服を……いや、幼さの中に秘められたエロスを服が強調するというのもアリですね。うむ、それならーー」
「おーい、戻ってこーい」
一人でヒートアップするアラクネを呼び戻したセロは、ハッと我に返って恥ずかしさを露わにする彼女の様子に苦笑しつつ、大きく息を吐いて告げる。
「はぁ……ったく、分かった分かった。そこまで言うのなら、お前に任せるとしよう。こうまでして嗾けた以上、『やっぱりできませんでした』ってのはナシだからな?」
「あ、ありがとうございます! 必ず……必ず御身にとって最高の仕立てを完成させてみせます!」
グッと両腕を軽く曲げて鼻息荒く告げるアラクネに、セロは「変な方向に走らなきゃいいんだけど……」と一抹の不安を覚えながら、彼女に任せることとした。
実際、アラクネはその体内で糸を生成することができた。しかも、生成の際に混ぜ合わせる「硬化液」の割合により、その糸の強度を調節することができる。
硬化液の割合が多いほど、まるで針のような糸ができ、罠や狩りなどに最適な道具となる。
そして、数日後。一心不乱に縫製していたアラクネが「出来ました!」と嬉々として持って来た服を見るとーー
「……いや、どこをどう頑張ったら、こんな『いかにも魔王です』ってな感じの服が出来上がるのよ?」
広げて見れば、精緻な銀の刺繍が施された足首まで伸びる漆黒のファー付きコートが彼の目の前にあった。
「どうですか! 御主人様の威厳を現したこのコート! 同色のジャケットとズボンを合わせれば、さらに威厳さが倍に!」
「こんなどっかの魔王みたいな威厳を倍プッシュしてどーする! 威厳っつーか、ゴテゴテし過ぎて逆に引くわ!」
キラキラとした目で服のコンセプトを説明するアラクネに、セロは頭を押さえながら突っ込む。
「あらっ? いいではないですか。私は似合うと思いますよ?」
セロがやり直しを要求しようとした矢先、横あいから服を眺めていたサキュバスが口を挟む。
「え゛っ……?」
「そう思いません? ベリアルはどう?」
顔を引きつらせながら「マジで?」と目で訴えるセロを放置し、サキュバスは隣にいたベリアルに問いかけた。
「ふむ……そうですな。確かにこれはこれでアリとは思いますな。ただ、威厳とは本来内から滲み出るもの。格式が求められる場はいいでしょうが、普段着とするのは些か不都合が生じやすいかと思いますね」
「それもそうね。戦闘には不向きかしら……」
二人の評価を受け、アラクネはササッと新たな仕立てを作り上げ、目にも止まらぬ早さでセロに試着させる。
「では、この漆黒のジャケットに、同色のズボンとシャツはどうでしょう。細身の赤いネクタイを締めればーー」
「あら、いいじゃない!」
「なるほど。これなら服が動きを阻害することは無さそうですな」
「い、いや……」
セロは盛り上がる従者たちに「頭冷やそうぜ」と呼びかけるものの、「主のために」と喧々諤々な議論を繰り広げる彼らには、横合いから発せられる声などは届くわけもなかった。
「では、こっちのパターンはどうかしら?」
このようにサキュバスが提案すれば、
「いや、こちらはどうでしょう?」
彼女の意見に対抗してベリアルが別の提案を行い、
「なるほど。では、実際に来てもらって判断しましょう」
アラクネが颯爽とそれぞれの提案を基にした服を瞬く間に作り上げ、セロに着させる。
「も、もぅ……勘弁してくれえぇぇぇぇ……」
とっかえひっかえ新たな服を着させられてはじっくりと見られるという、肉体的・精神的は苦痛を余儀なくされたセロが解放されたのは、かれこれ半日も過ぎた後のことであった。




