Module_015
腹が減ったとばかりにギチギチと歯を鳴らした大蜘蛛は、口から糸を吐き出してセロを捉えようと試みる。
「チィッ! ――身体強化!」
直感的に「あの糸はヤバい」と悟ったセロは、身体強化の術式を発動させてその場から辛くも飛び退く。
紙一重で回避に成功したセロだったが、その行く手を阻むように、今度は振り上げられた蜘蛛の前足が襲いかかる。
「にゃろう! コレでもくらえ!」
襲い来る足を跳躍して躱し、鼻の先数セトルを通過する漆黒の足に向かって「お返しだ」と言わんばかりに引き抜いた片手剣を振り下ろす。
だが、魔物となった大蜘蛛の身体は彼の予想以上に硬く、ヒットした片手剣の刃が逆に欠けてしまった。
「うそん……」
着地したセロが改めて剣の状態を確認すると、その刃は大きく欠け、小さな亀裂がいたるところに生じている。
「マジかよ……たった一度だぞ? それだけでこんなにも損傷するのかよ……」
使い物にならないと判断したセロは、手にしていた片手剣を捨て、新たにナイフを引き抜いた。しかしながら、手にしたナイフでは目の前の大蜘蛛に対して一撃で致命傷を与えることはーー普通に考えて「絶望的」と言わざるを得ないだろう。
「ーーっ! そうだ! アイツは――」
回避に夢中でハッと呼び出したウィル・オー・ウィスプの姿を探したセロは、大蜘蛛の挙動に気を払いつつも、左右に目を走らせる。すると、かの従者は精霊結晶の陰に隠れるようにしてじっと主人の動向を見つめていた。
「戻れっ! ウィル・オー・ウィスプ!」
大蜘蛛に捉えられていないことにわずかばかりの安堵を覚えたセロは、顕現していた従者をカードに戻す。
(さて、どうする……手元にある武器はこのナイフのみ。まともに打ち合えばさっきの剣と同様、二度と武器としては使えなくなるだろう。かと言ってこんな狭い場所でいつまでも逃げ切ることは出来ない。生き延びるなら、強烈な一撃でもってあの大蜘蛛を倒すほかないが……下手をすれば、洞窟が崩れて生き埋めになる可能性だってある……)
改めて大蜘蛛と対峙したセロは、ナイフを手に「せめて、この窮地から逃れられないか」と試みる。
しかし、入り口を押さえた大蜘蛛は、その体格と膂力、粘着性の糸という能力を武器に、セロを追い立てる。
「うぐっ!? だぁっ……はっ……はっ……」
もう何度目かも分からない大蜘蛛の攻撃をやり過ごしたセロは、額から伝う汗を拭うことも厭わず、じっと敵を見据えたまま深く息を吐いた。
(クソッ……8本の足を動かすからか、ホントに隙がねぇ。ここは袋小路で唯一の脱出ルートはあの大蜘蛛が押さえてる……)
大蜘蛛の眼を見据えつつ、セロは深く息を吐いてこの場を生き抜く方途を探る。ふと手にしていたナイフを見やると、彼の手の中にはもはや刃物とは呼べぬほどに傷ついたナイフが、その哀れな姿を晒している。
言うまでもなく、それは大蜘蛛との戦闘で作られた傷だ。ナイフでは大した攻撃にはならないが、時には身を守る盾としても機能する。セロは襲い来る大蜘蛛の攻撃を、その流れに沿うようにナイフをあてがい、その刀身を盾代りにすることで致命的な攻撃を受け流していた。
(クソッ……やっぱりナイフだけじゃ限界がある。それに、ナイフじゃリーチが短い。武器があるだけまだマシだろうが、効果は期待できない。もうそろそろこのナイフも壊れるだろう。無茶ばかりさせたしな……)
セロは傷だらけのナイフを視界に収めながら、心の中にそっと呟く。手の中にあるナイフは、幾度も大蜘蛛の攻撃からセロを救ってくれた。しかし、10分、15分と時が経つにつれ、大蜘蛛の攻撃を凌ぐのも限界を迎えようとしていた。体格も力も圧倒的に不利な中、ギリギリの防御で相手の攻撃を避けなければならないセロは、今こうして立っているだけでも称賛されてしかるべきだろう。
ナイフのわずかな刀身を盾に、神経がひりつく見切りを要求される状況では、彼のように生き残る確率の方が低いだろう。
「…………仕方がない、か。コレは後々ゆっくりと試そうとしてたが……こんな状況じゃあそんなことも言ってられないよな」
一旦彼我の距離をとり、昂る気持ちを落ち着かせながら考えをまとめたセロは、徐にナイフの刃で右手の親指に小さな切り傷を設けてそれを収め、代わりにポケットから一枚のカードを取り出す。
そのカードは、セロの指から伝う一筋の血がまるで切り裂くように一直線に走る。
「……我は力を欲す者なり。我の力によりその魂魄を留め置きし者よ――今こそ契約に従い、その力を解放せん……」
セロの言葉を受け、掲げられたカードに光が宿る。しかし、そのカードが帯びた光は、先にウィル・オー・ウィスプを呼び出したそれとは異なる、真紅の光であった。
発動のカギとなる術者の血と詠唱を捧げたセロは、続く言葉にその者の名を紡ぐ。
「特殊召喚――来い、バハムートォ!」
「グルゥオオオオオオオオオオッ!」
セロは告げると同時に真紅の光を放つそのカードを頭上に投げる。彼の呼び声に答え、カードが一際大きな光を放つと、投げられたカードが巨大なドラゴンへと姿を変えた。
特殊召喚――それは、セロの魂魄製錬によって生み出されたカードのアルカナ、その化身たちが有する固有の能力を、主の血と詠唱を捧げることにより術者に還元し、共に闘うことを可能にさせる召喚である。
特殊召喚により呼び出された者は、一種の精神体となって術者に宿る。また、特殊召喚により宿る能力はアルカナごとに異なるうえ、その能力が大幅に強化される。
ただし、発動中は一切の魔法が使用不可となるほか、魂魄が一つの身体に宿るという矛盾が生じてしまうことから、長時間の発動状態を維持することが出来ないというデメリットが存在する。
加えて、特殊召喚の発動後はその反動として凄まじい疲労感と倦怠感に襲われる。いわば諸刃の剣なのだ。
特殊召喚により呼び出されたバハムートは、通常の召喚とは異なり、淡い真紅の光を帯びた幻にも似た姿で顕現する。
思わず身震いするほどの咆哮を上げながら現れたバハムートは、その大きく開けた口を主であるセロに向け――飲み込むようにして彼の身体へと宿った。
「……テメェは俺を喰らうつもりなんだろ? なら、こっちだって容赦はしない。ワケも分からず死ぬのは二度も御免だ。俺は絶対に生き残る。生き抜くためなら……目の前の敵は、誰であろうと薙ぎ倒す!」
自らの願いをそのまま言葉に乗せ、化身たるバハムートをその身に宿したセロには、それまでになかった変化が生じていた。彼の両手には肘まで届く手甲、膝まで届く脚甲が装備され、肌には真紅の鱗に覆われている。
「だああああああああああああっ!」
目の前の大蜘蛛へ言葉をかけたセロは、雄叫びを上げながら突進を仕掛ける。そのスピードは身体強化の術式を施していた時よりも早く、まるで一条の流星を見る者に想起させるほどだ。
「ギギャアアアアアアアアッ!」
目にも留まらぬ速さで突進したセロは、そのスピードを突き出した右拳に乗せて放つ。その威力は凄まじく、剣の刃を欠けさせた硬度を持つその外殻を易々と砕き、セロの右腕が肩までめり込むほど。
当然それほどまでの痛烈な一撃を耐えられる筈も無く、大蜘蛛は金切り声を上げて身を震わせた。
「シャアアアアアアアッ!」
セロの会心の一撃に大蜘蛛は怒り狂い、その八本の足で彼の身体を貫こうと滅茶苦茶に振り下ろす。振り下ろされた足が大地を抉り、至るところに穴を開けるものの、バハムートをその身に宿したセロは大蜘蛛の乱打の全てを回避し切った。
「力」のアルカナ、バハムートの特殊召喚。その召喚によりセロに付与される能力は、術者の「能力激化」と「格闘術」の付与にある。
能激化力とは、単に聴覚や嗅覚といった五感や運動能力といった身体的な能力に限らず、直感または第六感、思考加速、並列思考という五感以外の能力をも引き上げる。また、その上昇幅は「身体強化」の術式よりも効果が高い。
他方、格闘術は、特殊召喚により装備された手甲と脚甲を用いた徒手空拳での戦闘を可能にする。なお、単に「格闘術」といっても、そのレベルは長年の修練を積んだ超一流の武人と一対一で渡り合えるレベルだ。
能力激化による身体能力の向上と格闘術による戦闘技術の向上。この二つが備わった今のセロは、まさに近接格闘戦のスペシャリストと呼べるだろう。
「うぉりゃあああああ!」
「ギキィィィィィィィ!」
大蜘蛛の猛攻を回避したセロは、お返しとばかりに手甲と脚甲で乱打を叩き込む。その武器の性能からゼロ距離での戦闘が強いられるため、一瞬でも気を抜けば即座に命を落としかねないハイリスクな状況が続く。
また、そうしたプレッシャーから余計なミスを生じさせる可能性も大いにあるため、セロの心理的負担は見た目以上のものとなろう。
しかし、戦況は徐々にセロに優位な展開に傾いていった。大蜘蛛は彼の攻撃を恐れてか、片側の脚を身体に引き寄せて防御を厚くしている。その分、攻撃に回る脚が少なくなることから、セロとしては回避がしやすい。また、大蜘蛛の脚も幾度となく浴びせられたセロの攻撃により、その硬い外殻には大小さまざまな亀裂が走っている。
ただし、戦況はセロに有利とはいえ、彼もいつまでも戦えるわけではない。そのことを象徴するように、セロの装備した手甲と脚甲は当初からその色が薄くなっていた。
制限時間を過ぎれば、強制的に召喚状態は解除され、まともに戦える状態ではなくなってしまう。迫る刻限に、セロは湧き上がる焦燥を捩じ伏せるように大蜘蛛へ拳を叩き込んだ。
ギリギリのせめぎ合いが続き、セロの特殊召喚が終わりを迎えようとするその直前、彼は一旦大蜘蛛から距離をとる。
「クソッ……デカい図体だけあって、なっかなか倒れねぇな。こっちとしても、残された時間はあとわずかだ。しゃぁねぇ……一か八か、仕掛けるっきゃねぇな」
セロは視線の先に立ちはだかる大蜘蛛を前に、大きく息を吐いて呟く。
「シャアッ! ――行くぜぇ……『千手破戒掌』っ!」
腹の底から声を張り上げたセロは、一足跳びに大蜘蛛との距離を詰めると、その掌をゼロ距離で叩き込む。
(外からの攻撃じゃあ、まともにダメージを与えられそうにない。なら……内側から仕掛ければいいだろっ!)
「だりゃああああああああああああああああああああっ!」
だが、彼の攻撃はそれに終わらず、吠え声と共に左右の掌を交互に叩き込む。飛躍的に向上した身体能力により、その打ち込む手はまるで千にも及ぶようにも見てとれた。
凄まじいスピードで打ち込まれる打撃に、大蜘蛛の口から悲鳴が轟く。しかしながら、その大蜘蛛と同様、セロの表情も厳しいものと変化している。
それもそのはずで、彼の身体には特殊召喚の代償が刻まれると同時に、この千手破戒掌による反動が上乗せされているからだ。
この技は、掌を押し出すのと腕を引く行為を繰り返しているだけに思われがちだか、実は違う。
繰り出された掌には、その一手一手に魔力を込められており、打ち込まれた魔力が相手の体内を掻き乱す。その作用により多臓器不全や臓器損傷を引き起こす。いわば、武術における「浸透勁」にも似た効果をもたらすのだ。
それほどまでに強力な技ではあるが、その体格差ゆえの判断が逆に彼を追い詰める。
いくら内部破壊が有効だと思われても、体格の勝る大蜘蛛へダメージを与えるには、一気呵成に多量の攻撃を仕掛ける必要がある。タイミングを見逃さず、一瞬の隙を突くように攻撃を繰り出すには、相当の覚悟が求められる。
また、打ち込む掌には魔力を乗せるため、相応の魔力消費が伴う。既に特殊召喚を行ったことから、決着まで自身の魔力が尽きるかどうか、不透明な状況であった。
しかし、セロはリスクを背負い、危険を顧みず攻撃の選択を選んだ。
「間に合ええええええっ! ――ラストォオオオオオオッ!」
そして、最後の一撃を打ち終えると同時に、装備されていた手甲と脚甲が消え去る。
「はぁっ……はぁっ……ぐぅっ!?」
続いて特殊召喚の後遺症により、これまでに感じたことのないほどの疲労感と倦怠感がセロを襲う。その凄まじさに足は震え、彼は思わず渋面を浮かべた。
(分かっちゃいたが、こりゃ相当だな。もう立っているのもやっとだ……)
荒い息を断続的に吐きながら、セロはその視線を大蜘蛛へと向ける。
「ギキィィィッ!」
セロの渾身の攻撃を受けた大蜘蛛は、弱った彼の様子を見るや、どことなく嬉しそうにギチギチと歯を鳴らす。そしてトドメを刺そうと脚を振り上げ――たのだが、
「グギッ! ギィヤァアアアアッ!」
その脚は二度と振り下ろされることなく、代わりにガタガタと身体を震わせ、そしてその口から体液を吐き出して崩れ落ちた。
「た、助かっ……たぁ~」
大蜘蛛の最期を見届けたセロは、安堵と共にその場にへたり込む。
「キツかったな。なかなかに強敵だった……そうだ!」
大きく息を吐いて安堵したセロは、目の前に倒れる大蜘蛛の姿を眺めながら、ふと閃く。
「結構ギリギリだが、なんとかイケるか……?」
幸いにして、かろうじて息はある。特殊召喚の反動により、一気に身体を襲う疲労感と倦怠感に鞭打つように、セロは意を決してある魔法を唱えた。
「――魂魄製錬っ!」
ガリガリと削られる魔力に必死に耐えつつ、セロは目の前に倒れる大蜘蛛へ向けて術式を発動した。
(これほど強敵なら、成功率は高いハズだ。あとは……持てよ俺の身体っ!)
身体を襲う疲労感と倦怠感が倍加するなか、セロは脂汗を流しながら魂魄製錬の術式を発動させる。視界がチカチカと明滅し、意識が飛びそうになるのを必死で耐えた結果――
「や、やった……」
彼の手の中に新たなカードが収まっていた。
――カードNo.12_刑死者:アラクネ
カードの表面、その中央には上半身が見目麗しい乙女、下半身が蜘蛛の身体という美しさと不気味さが一体となった姿が描かれている。
「新しいカードをゲットできたか……ただ、もう指一本動かせないんだがな。でも――」
――生きてる。
ふと心の中に呟いたそのシンプルな言葉に、セロは頬を緩ませた。そんな彼の激闘を讃えるように、色鮮やかな精霊結晶がキラキラと輝いていた。
◆◇◆
そして時は巡り――楽園の終焉から二年の月日が流れた。楽園というブレルデン公国の闇を象徴していたその研究機関の終わりは、公国の崩壊と新たな国の誕生の契機となる。
あの日、セロの召喚した竜――バハムートを始め、多くの化身たちを前にレカルナ率いる軍勢はその脅威に国へと逃げ帰った。
そして逃げ帰った先でレカルナは次々と楽園の設立及び運営に関与していた有力者たちを次々と粛正し、一通りの改革を成し終えた後、かの国はその名を「レイハウリア公国」と改めた。この一連の革命において、「楽園」の言葉は公にされず、またその終焉の際に現れたドラゴンのことも関係者の間にのみ伝わることとなる。楽園の存在が一部の者のみに知られていたこと、高位のドラゴンを目にする機会など滅多にないことなども手伝い、「あの日」のことは単なる噂話として広がるにとどまった。
一方、そんな世界情勢など知る由もないセロは、スタイプスの森で穏やかな日々を過ごしていた。
「…………」
その森の中心部、陽の光が茂る木々の葉で大地に光のまだら模様を描いている中。
雪のように白い髪を持つセロがじっと息を殺してその真紅の眼を標的へと向けていた。年齢は十二歳になり、楽園の終焉から経過したその歳月によってその背丈は二年前よりも随分大きくなっている。物陰からひっそりと得物を狙うため、黒を基調としたその服は、一目で上等なものだと分かる。
これは彼がこの森で得たカードである「アラクネ」の手によって作成されたものだった。彼女は主であるセロに対し、自分の持つ「糸を吐き出す」能力と巧みな「縫製」の技術によってセロを裏から支えている。
セロは後々知ることになるが、アラクネの手により作成された服は本職の服飾家も唸るほどの高性能であった。
レザーにも似た光沢感のあるその上着とズボンは、「耐熱・耐寒・防刃・防汚」の効果を持ち、ナイフ程度では傷すらつけることもできないほどの性能を有している。
そんな高性能な服を纏うセロが茂みの間から狙う獲物は、体長五十セトルほどの大柄な鳥だ。その鳥は近くからセロが狙っているとも知らずに、木の根元上で葉の下に隠れた昆虫を啄み、優雅な食事の時間を過ごしていた。
やがて食事を終えたその鳥が移動しようとその両翼を広げた瞬間――
(今だ――っ!)
茂みから様子を窺っていたセロは、手にしていた狙撃銃を構え、素早く引き金を引く。彼の手に握られたその銃は、名を「ドラグノフ」といい、この森で過ごす中で作り上げた逸品である。
「グェッ……!?」
パシュッと気の抜けた音と共に、消音器の取り付けられた銃口から発射された弾丸がセロの狙い通りに標的の頭を撃ち抜く。頭部を撃ち抜かれた鳥は、潰れた声の断末魔を上げ、地に落ちた。
「うっし! 昼飯ゲ~ット!」
セロは仕留めた獲物に駆け寄ると、腰に吊っていた鞘から刃渡り20セトルほどのナイフを取り出す。
「…………よし。周囲に魔物の気配は無し、と。なら、腹も減っていることだし、早速昼飯にするかね」
ナイフを取り出したまま、セロは探査魔法の術式を起動させて周囲の状況を探る。この術式は、この二年の間にセロが構築し修練を重ねた結果、体得したものの一つである。自身の中にある魔力を薄く広げ、範囲内にいる生き物を探知する魔法である。当初はせいぜい半径五メトルほどの範囲内しか探知できなかったが、今では日々の修練が実りおよそ半径1キトルまでその探知領域を広げることに成功している。
なお、この探査魔法の術式の他にも、セロは様々な術式を構築し、火、水、土、光など、属性をもった魔法を顕現させる「元素魔法」や、物質の合成、生成等を行う生産活動に関する魔法である「錬金魔法」などと大まかな系統に分けて管理している。
周囲に魔物がいないことを確認したセロは、地に横たわる鳥に対して静かに手を合わせ、取り出したナイフで素早く頭を落とす。切断面から吹き出す血に構うことなく、次には慣れた手つきで腹を裂き、内臓を取り除いて大まかな血抜きを行う。
「うーん。煮るのは時間がかかるし、今手持ちに調味料の類は持ってないんだよなぁ……仕方がない、手っ取り早く丸焼きにでもするか」
今しがた血抜きを終えた獲物を眺めつつ、昼飯の献立を思案したセロは、腰に取り付けた小さなポーチから一枚の巻物を取り出し、地面に広げた。
彼のポーチはゲームや小説などでお馴染みのアイテムを収納できる仕様になっている。
そのものズバリ「アイテムポーチ」という、見たままのネーミングだが、その機能は商人や冒険者の垂涎の的だ。
このアイテムポーチには、収納面積及び積載重量が無制限、収納したものの時間を停止させるという常識外れの仕様となっている。また、安全装置として所有者の魔力もしくは所有者から許可を得た者にしか使用することが出来ない。仮に第三者が使用を試みた場合には、ポーチの中にある物がその者の頭上に強制転移の上、中身が降り注いだ挙句、アイテムポーチとしての機能の一切が封じられるというえげつない仕様になっている。
なお、この時点でセロの持つこのアイテムポーチの中には総重量百キラムを優に超えるアイテムが納められている。その中身が頭上から降り注げば、容易に標的を圧死させることが可能なレベルだ。
自分の持つものがどれほどの価値があるかなど知らないセロは、鼻歌混じりに広げたシートの上に枯葉を敷き詰める。広げられたシートは正三角形をしており、それぞれ頂点には火、水、風を司る属性を持つ、赤・青・緑の精霊石が嵌められていた。
「こんなもんかな。さて、と……起動句――着火」
枯葉を敷き詰め終え、掻いてもいない汗を拭ったセロは、広げたシートに向けて言葉を放つ。
すると、彼の声を認識したシートが微かな光を帯び――やがてボッと音を立ててその中心から炎を上げた。
「うむ。今日も精霊導具の調子はいいみたいだな」
問題無く起動したことに満足気な表情を見せたセロは、枯れ枝を足して炎を大きくさせる。その横に皮を剥ぎ終え、太めの枝を通した鳥の肉塊を地に突き刺す。
セロが着火のために用いたもの。それは彼の手で生み出された料理及び加工用の精霊導具である。本人は「即席加工布」などとこれまたネーミングセンスゼロの名前を冠しているが、この精霊導具は一枚で火系統(着火、発熱、保温)、水系統(出水、冷却、抽出)、風系統(攪拌、遠心分離)の三役がこなせる優れものである。
起動句、と呼ぶ声を認識し、その後に続く用途によってシートの上に火が生じさせたり、水が生じたり、置いた容器を震わたりすることが可能となる。
「それにしても…………あれから二年、か。早いもんだな」
枯れ枝を継ぎ足し、赤々と燃える炎をぼんやりと眺めながら、セロは誰に聞かせるわけもなく、ふとそんな言葉を呟く。肉が焼き終わるのを待ちつつ、彼は「さて、明日は何をしようか」と思案する。
弛まぬ努力と研鑽により、自分がどれほど非常識な存在と成長したのか……それも分からぬまま。




