マグデリアン学園-10 デリーの館
マグデリアン学園の壁の中の異次元の中に、佇むデリーの館。
昔、生徒が作ったのだと言うことしか知られていない。膨大な魔力を使って空間を作り出して、館を建てたほどの優れた魔法使い。なのに名前すら誰も知らない。
"綻び"を抉じ開けた先にあるデリーの館は、数多くの生徒が作品を残してきた。
肝試しに相応しい魔法の作品を――……。
「どうして、名前もわからないの? 優秀な生徒なら、知られてもおかしくないよね」
ディタ先輩とアレッスが開いてくれた"綻び"は、不気味な洞窟の口みたいに空気を吸い込む。奥にはほんのりと光が見えた。
リノの疑問ももっともだ。
長年いる教師も知らないと言う。
「ジオお兄様も、そんな優秀な生徒に興味があって調べたらしいのだけど……わからなかったみたい」
教えてもらっていないから、ジオお兄様も突き止められなかったのだと思う。
「謎の生徒が作ったから更に不気味だな。デリーの館らしいだろ?」
謎が不気味さを増す。
ディタ先輩はニヤリと笑うと、掌を私に差し出した。段差のある"綻び"の中に入る手伝い。
手を取ろうとすると、隣にいたリノがまたギュッと腕に抱き付いてきた。
それを見たディタ先輩は手を引っ込めると、先に中に入る。私とリノは一緒に中へ入った。
あとからアレッスが手を貸してナディアも入った。
「ここは先生達は入れない。年齢制限の魔法がかかっているから、オレより年上は入れない。それに過去に何度も閉じようとしたが失敗したらしい。ここはオレ達生徒だけの最高の遊び場さ」
二十歳以上の人間が入れず、空間を壊すことも出来きない。
大人が邪魔できないから、生徒が最高と呼ぶ遊び場。
枯れた白い細い木が並ぶ道がほんの少しある。そこを歩いた先にデリーの館が聳え立つ丘に辿り着く。
どんな時間でも空は闇のような夜。でも道は不気味に淡く光る。
身構えていれば、デリーの館から女の人の悲鳴が響いてきたから、私はビクリと小さく震え上がる。
録音機に魔法をかけて、定期的に悲鳴を響かせている。デリーの館の仕掛けの一つだ。
「ジュリア?」
「な、なんでもないわ」
震えが伝わってしまいリノが首を傾げて顔を覗くから、慌てて首を振った。
風がないはずなのにカタカタと窓が揺れる館は、ドラキュラ伯爵が住んでいそうな禍々しい雰囲気を纏っている。殺人事件が起こって以来誰も立ち寄っていないような感じ、でもあった。
どちらにしても、不気味で怖い。
「さて、行くぞー」
ディタ先輩が躊躇なくデリーの館を押し開けるものだから、もう入るしかなくなった。
ディタ先輩を先頭に中へ踏み入る。玄関広間があり二階へ繋がる階段が左右にあった。赤黒いカーペットが前方と左右の廊下に続いている。
薄暗い廊下を真っ直ぐにディタ先輩は歩いていく。
カタカタカタカタ。
前方からそんな音が聞こえてきて、私はビクリと身構える。リノがまた私を見た。
廊下の先から現れたのは、人形だ。頭はスイカのように大きく、毛糸の髪の毛とボタンの目、口は糸を縫い付けている。素朴な服装をした可愛らしい子どもの人形。
でもその人形が何人もいて、包丁や斧などの刃物を握って駆け寄ってくるなら、恐ろしいことこの上ない。
男の子の人形が壁を走り、包丁を私目掛けて振り下ろした。
「きゃあっ!」
あまりの恐怖で目を瞑り、悲鳴を上げる。
でも、包丁は私に触れなかった。
二年前からある殺戮人形のお出迎えは、必ず寸土めするよう魔法がかけられている。怪我をしないからこそ、ここに毎年生徒が楽しむ。
「あはは、またここで悲鳴を上げたな」
振り返るディタ先輩が、去年と同じように私を笑った。
「いつもジュリアが一番先に悲鳴を上げるのよね」
ナディアも笑う。
人形達はまだ刃物を振り回している。絶対に傷付けないと知っていても、刃物を向けられるのは恐ろしいはずなのに二人はヘラヘラしている。
私は見ていられなくって蹲った。
「ジュリア、怖いの? 可愛いのに」
リノがそばにしゃがむ。リノは殺戮人形を可愛いと言う。刃物を振り回しているというのに。
「面白い。人形を動かすのって、どんな魔法かなぁ?」
「ああ……それは……」
全然怖がっていないリノの穏やかな声を聞いて少し安心して顔を上げた。
でもリノが触りたがって手を伸ばす人形が剃刀を二つ持って振り回していたから、短い悲鳴を上げて目を瞑る。
一体どんな性格の生徒がこんな恐ろしい魔法の人形を残したのだろう。
「ジュリア、そんなに怖いの? 大丈夫?」
リノがローブの袖に埋もれた手で頭を撫でてくれる。
「怖い……怖がらせるために作ったものよ、怖がって当然だわっ。それが目的で作られたものですもの。怖くて悲鳴を上げても、可笑しくないわ。だって怖がらせるためなんですもの。このデリーの館にある全ての魔法が怖がらせるためですもの」
怖がって当然なのに、何故か言い訳がましくなる。どうしてだろう。
ふと、目の前になにかがいる気配がして、うっかり目を開いた。
「ひやあっ!」
そこには鎌を持つ女の子の人形がいて、恐怖のあまり立ち上がって離れた。そうしたら後ろでなにかにぶつかったから、また悲鳴を上げる。
「俺だよ、ジュリア。落ち着いて」
パニックになりかけたけど、ぶつかった相手であるアレッスが肩を押さえてくれた。
「ギブアップなら一緒に出るよ?」
「だ、だ、大丈夫よ……リノが楽しんでいるもの」
私がここに来た目的はリノを楽しませるためだ。
少しひきつるけど、なんとか笑って見せる。
まだしゃがんでいるリノを見てみたら、私達を見上げて青ざめていた。
さっきまで殺戮人形を見て、笑っていたのに。
「リノ?」
「うっ……」
リノは立ち上がると後退りする。彼が見上げているのは私とアレッスではないことに気付く。もっと上だ。
私とアレッスがは振り返り、上を見上げた。
玄関広間の天井からぶら下がって、廊下を覗く巨大な黒い蜘蛛がギョロッとした目でこちらを見ている。私は恐怖のあまり悲鳴も上げられず、ただ震え上がった。
「す……スパイダー先生だぁあっ!!」
「違うよリノ!?」
私よりも怯えたリノがそんな悲鳴を上げて、走り出してしまった。
「リノ! 蜘蛛の人形だよ!? 待って! リノ!」
廊下を駆けるリノは止まらない。初めて来たリノが逃げ回ったら、迷うのは確実。
慌てて私は追い掛けた。
「あっ、ジュリア!」
「ジュリア! はぐれるな! おい!」
アレッスとディタ先輩に声をかけられたけど、私はリノを捕まえることを優先した。
殺戮人形は気に入ったのに、リノのスパイダー先生嫌いは相当なものらしく、すぐに見失ってしまう。
どこに行ってしまったのだろうか。上かな。ビクビクしながらも、私は階段を上がった。
「リノー?」
ドアが並ぶ二階の廊下は静まり返っている。リノが通った気がしない。間違えたのだろうか。
ドアを三つくらい通り過ぎてから、一階の廊下に戻ろうとした時だ。
バンッ! とドアが乱暴に開いて、緑色の皮膚が爛れたゾンビが呻きながら襲ってきた。
「きゃああぁあっ!!」
スカートを上げて、私は走り出した。ゾンビは追ってくる。
「おいジュリア! どこだジュリア!?」
ディタ先輩の声が遠退く。合流したいけど、ゾンビがいるから無理です!
確か、ゾンビは二階にいる間だけ、追い掛けてくる。
私は階段を見付けて上に上がった。
全力で駆け上がった私は、ゼェゼェと乱れた息を整えようとその場に座り込んだ。
ゾンビは追いかけてこないけど、まるで呻き声だけが追い掛けてきたみたいに聞こえてくるから、壁をつたって這って離れる。
涙が出そうになった。
「……?」
カタカタ揺れる窓にビクビクしながらも、三階の廊下を進むと別の音を耳にする。
誰かが啜り泣く声だ。
「リノ?」
リノが泣いているのかもしれない。
でも姿は見当たらない。暗い廊下が続いているだけ。
耳をすましたら、啜り泣く声は上から聞こえることに気付く。
すごく頭上の方が怖くなった。
どうか、どうか。長い黒髪を垂らした女の人の人形が天井に張り付いていませんように。なにも天井に張り付いていませんように。張り付いていませんように。
祈りながら勇気を振り絞って上を見上げた。
なにもいないのに、ついビクリと震える。よかった。
天井には、屋根裏に続くであろうドアがある。そんなものがあるとは知らなかった。天井に溶け込んでいるから、よく見ないとわからないだろう。
リノは上にいるのだろうか。
確かめるために私が手を伸ばせば、勝手にドアが開いた。手を伸ばすと開く魔法がかけられていたみたいだ。
白い梯子が降りてきたので、それに登る。
屋根裏部屋は埃まみれだと予想したのだけれど、箱や棚などが並んで置かれていて埃臭さはあまり感じない。
啜り泣く声がはっきりしてきた。
奥へ進むと、壁際に一人の女の人が座り込んで泣いているのを見付けた。
20140928




