第33話 死の訓練
遠征に来て2日目。今日はモートが直々に手合わせをするようだ。
「はぁ...やっぱりこうなるよねぇ...」
「気が進まないなぁ。」
朝も早く、5人は嫌な顔をしながら本部の門まで行く。
門の前にはモートが立っており、
「今日はアラスターが忙しいため、吾輩が貴様達の面倒を見る。では早速行くぞ。」
と、言って鎌を振ると、黒い霧がたちまちみんなを包み、闘技場の様な場所の正門に転移した。
「こ、ここは?」
「この階層の総合闘技場、『北炎闘技場』だ。」
「あぁ、この前の木曜闘技場みたいなものですね。」
言われてみると、確かに造りはほぼ同じだ。だが、ここが地界だからか雰囲気がまるで違う。
「空が赤っぽいせいで、少し不気味だなぁ。」
「まぁ、地界は大気中の魔力濃度が高いから、神力濃度が高い天界と雰囲気が違うのは慣れないとね。」
ヴィジの言葉にウェントは優しく言葉を返す。
そしてみんなは門をくぐる。中の客席には既にミルとザイオンが並んで座っていた。
「では、訓練を始める前に説明をしておこう。」
アリーナ中央まで行くと、モートが振り返って説明をし始める。
「今回の訓練は吾輩との手合わせだが、目的は対応力の強化だ。詳しく説明すると、能力にはそれぞれ攻撃型、防御型、支援型のように様々なタイプが存在するが、その全てをカバーできるよう能力を拡張し、何時如何なる時でも臨機応変に対応できるようにするということだ。」
「なるほど、全てのタイプを網羅する...その考えは盲点でした。」
「説明はこれだけだ。手合わせは1人10分ずつ行う。」
モートは説明を終えると、
「その前に、貴様達にはウォーミングアップをしてもらう。訓練を始めるのはそれからだ。」
と、言い始めた。
「ウォーミングアップ?」
「簡単なことだ。今から戦闘する上で必要不可欠な基礎を身につけてもらう。全員で吾輩に挑んでこい。全力でだ。」
モートは少し怖い声でそう言うと、戦闘態勢をとった。
みんなはゴクリと息を飲む。
「いや~、アイツも性格が悪いな。」
「そうだな。」
それを見ていたザイオンとミルはボソッと呟く。
「アイツらには可哀想だが、まぁ、みんな通る道だしなぁ。」
ミルはそう言ってアリーナを見下ろす。下では今まさに、地獄のウォーミングアップが始まろうとしていた。
「それでは、スタートだ。」
モートとの合図と共に、5人が攻撃態勢をとった。
――その時だった。
「「グハァッ!?」」
5人の体から黒い煙のような靄が吹き出し、その場に倒れ込んでしまった。
そして、モートが5人に手をかざすと下に黒い魔法陣が現れ、5人は息を吹き返した。
「ブハァッ...!ハァ...ハァ。」
「な、何が起こったの?」
何が起きたのかわからず困惑している5人に、モートがそっと口を開く。
「どうだ?一度死んでみた気分は。」
「「...え?」」
モートの言葉に5人は思考停止する。
「貴様達は以前、ザイオンとの合宿でしたんだろう?恐怖の克服を。これからやるのはそれの究極だ。」
そんな5人にモートは改めて説明を始めた。
「そもそも、人々の恐怖の根源は『死』だ。つまり死を克服することはこれ以上ない恐怖心への対処方法で、死を克服することで得られるものは大きい。
例えば痛みの克服。痛みは体の危険信号であるから、頑丈な隊士達は痛みを感じづらいが、それでも戦闘で足を引っ張る要因の一つだ。戦闘において一瞬の怯みが生死を分かつことだってある。」
モートは言い終わると、再び戦闘態勢を取った。
「という訳で、今から貴様達の命を数百回は狩らせてもらう。覚悟はできてるな?」
あまりに恐ろしいセリフに、5人は何もしなくても死にそうになっている。
そうして、5人は地獄より地獄の時間を過ごした。
「さぁ、少し休憩だな。」
ようやく一方的な虐殺が終わると、休憩時間に入った。
みんなは魂の抜けたような顔で客席に座る。
「お疲れ様。」
そんな5人にザイオンは優しく言葉を投げかけた。
「ホントに...もうダメです。」
「ハァ、もう動けな〜い。」
「まぁ、最恐と謳われるモートの訓練がそんな易しいわけ無いだろ。序列2位の大君主の力を侮っちゃいけないぞ。」
「あれは、どんな能力なんですか?何もしてないのに、殺されて...蘇って...また...」
死にかけのレイの質問に、ミルは真顔になって答える。どことなく真剣な顔だ。
「あれは能力ではなく『体質』だ。人より多くの色を識別できるとか、人より耳がいいとか、そういう能力と関係の無い生まれ持った才能。
モートの体質は『死ノ覇気』。モートに攻撃する意志を持った者は死ぬ。敵意を向けられたら死ぬ。モートの放つオーラに触れても死ぬ。目が合っただけで死ぬ。アイツはそういうヤツだ。」
「そ、そんな...」
ミルの発言にみんなは唖然とする。
「モートの力は大君主の中でも別格だからね。ミルが戦った序列5位のルナですら、戦いが成立しないほどの差がある。」
「まぁ、お前とモートの間にも絶対的な壁があるけどな。」
そんな話をしていると休憩時間が終わり、モートが客席まで来た。
そして、
「さぁ、訓練を開始するぞ。最初は誰が来る?」
と、少し威圧するように5人に問いかける。まるで、最初の犠牲者は誰だと言わんばかりの雰囲気だ。
そんな中、レイがスッと手を挙げる。
「俺が行きます。」
その声は少し震えていた。5人の中では比較的ビビりなレイが志願したことに、他の4人は意外だという表情を浮かべる。
「いい心がけだ。では早速始めるぞ。」
モートがそう言うと、レイは黒い霧と共にアリーナ中央に転移させられた。モートもそれに続いて転移してくる。
「貴様の能力は炎、水、風、雷の四大元素をビームのようにして放つ。わかりやすい攻撃特化型の能力だな。」
「ご存知だったのですね。」
「親善大会はしっかり見ていたからな。貴様は防御の訓練だ。
ちなみに、体質は本来自分の意思で制御できるものではないが、自身の能力で体質を無効化しているから安心しろ。」
そして、ついに訓練が始まった。
「攻撃は最大の防御という言葉があるように、まずは吾輩の攻撃を攻撃で受けてみろ。できるだけ違う技でな。」〈死魂〉
開幕、モートは青黒く禍々しい球状の攻撃を、レイに向けて複数放ってくる。
「望むところです。」〈雷撃〉〈風撃〉〈水撃〉〈炎撃〉
それをレイはそれを全て攻撃で相殺した。しかし、攻撃は緩むことなく襲ってくる。
〈死魂〉〈暗黒死炎〉〈死雷〉
〈風撃砲〉〈水撃砲〉〈多重炎雷砲〉
レイは片時も休むことなく攻撃を放ち続ける。今までの理不尽な訓練とは違い、レイはしっかりと自分の技が洗練されているのを感じた――。
そして、あっという間に10分は過ぎ、レイの訓練が終わる。
次にウェントが訓練をし、その次にフラクタ、その次にネリンと訓練を終え、最後のヴィジの番になった。
「貴様の能力は万能型、故に少し趣向を変えよう。」
訓練が始まる直前、モートはヴィジに訓練の変更を伝える。
「貴様に一つ聞きたいことがあるのだが、親善大会のバトロワと一騎討ち決勝で見せたアレはなんだ?」
「アレ...?あぁ、暴走のことですね。それは僕にもわかりません。」
「今あの姿になれそうか?」
「恐らく無理です。」
ヴィジの暴走形態を探りたいモートは、
「貴様はあの時、怒りによって自我が崩壊し、暴走したと聞いている。吾輩はお前のあの姿に少し興味があってな。故に今から精神操作魔法、及び吾輩の能力で貴様の精神を操作し、擬似的にあの時と同じ状況を作る。良いな。」
と、ヴィジに忠告し、ヴィジに魔法を発動する。
大きな複数の魔法陣がヴィジを取り囲み、ヴィジの自我が徐々に失われいった。
そして、その表情は怒りへと変わっていき、体から黒いオーラが溢れ出す。
「成功のようだな。まずは――。」
それを見て、モートが訓練と言うより実験を始めようとすると、暴走したヴィジがモートに飛びかかる。
「ウガァァァ!!!」
黒い稲妻のような鋭く、速い一撃をモートがかわすと、ズドォォォンっとアリーナの端に激突し、大きな凹みが出来た。
「ほう。力レベルの攻撃でもビクともしない、魔術加工された闘技場に傷をつけるとは。」
モートは感心しつつ凹みを一瞬で直すと、
「傷はすぐに直せるとはいえ、神聖な闘技場を壊されては敵わん。」
と言い、アリーナ全体を覆うように結界を張った。
一方ヴィジはあの時のように、デジタルの翼が生えた状態になっていた。
不気味な電子音を発しながらモートへの攻撃を続ける。
「凄まじいパワーとスピード...」
激しい黒い稲妻と爆発の嵐。地面に大穴を空ける程の踏み込みと、そこから繰り出されるとてつもない速度の一撃。
モートはそんな攻撃をその場に立ったまま無効化している。
「だが、実践で使えるような代物ではなさそうだな。」
そしてモートがそう呟くと、ヴィジにかけた魔法を解いた。
ヴィジは急に正気に戻ると、その場に倒れ込む。
「無理をさせて済まなかったな。」
「いえ、大丈夫です。」
モートが声をかけると、ヴィジはすぐに立ち上がった。
「何かわかったことはあるか?」
「う~ん、わかったことかぁ...強いて言うなら、昔見ていた夢の光景を見た気がします。」
「夢の光景?」
「はい、詳しくはわからないんですけど、このヴィジと言う名前も、夢の中で誰かがそう呼んでいたからつけた名前でして...混沌とした戦場の様な場所をひたすら漂うような、奇妙な夢です。」
「...そうか。」
ヴィジの話を聞いてもあまりピンとこなかったモートは、話題を後回しにして訓練の終了を告げた。
何はともあれ、モートとの訓練で5人はまた一段と強くなったのだった。
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〈主な登場人物〉
ヴィジ〈神ノ加護:霊力支配〉:今作の主人公
レイ〈神ノ加護:神線〉:陽気な性格。意外とまじめ。
フラクタ〈神ノ加護:波動〉:穏やかな性格をしている。
ウェント〈神ノ加護:炎魔法〉:優しい性格の持ち主。頭が良く、判断力に優れている。
ネリン〈神ノ加護:サイコキネシス〉:天真爛漫で活発な性格の女の子。頭はあまりよろしくないが、攻撃力はピカイチ。
ミル:常世零階層を統べる大君主。厨二病でお調子者。とても寛大。
モート:地界第7階層の大君主。『最恐』を冠する四天王の1人で、序列2位。
ザイオン:天界第七階層を統べる序列1位の『最強』の大君主。その実力とは裏腹に内気で超臆病な性格。




