2-2 アンデッド・ガールズバンド
したがって、地上の一般人のアンデッドへの恐怖は、尋常ならざるものがある。また、学校教育でそう教えているので、ある種洗脳されていると云ってもよい。
それが、地下には無い。人々は、産まれたころよりそういう世界に生きており、偏見も恐れも、何も無いのだった。
「さあー、今日もはりきっていきまっしょー!!」
そう云って右手を上げたのは、ゾンビシスターズの長女、ハイゾンビのポルカだった。かつてギターと呼ばれた楽器の音とヴォーカルを担当し、プログラム演奏をしている。横に、同じくベース担当の次女ロンド、そしてドラムを担当する三女のカノン。
担当といっても、じっさいに楽器を演奏するのではなく、電脳と霊能を合わせた、云うなれば電子霊感作製・配信音楽に近い。人々の脳内や、空間タブレットへ音楽を届ける。もちろん、ライヴ会場に足を運ぶものもいるし、架空空間で楽しむものもいる。
音楽自体は、超圧縮速度体験による、BPM五〇〇を超える危険なものだ。ただ聴いていても訳がわからないが、精神や神経を超えて魂魄子に直接影響を与える。超古代において、今にしてみれば天然のコンダクターであっただろう極々一部の人間が「神の声」や「預言」として届けていた思念波に近く、聴くだけで麻薬的な快感をえられる。
もっとも、この時代の人間は既に耐性があって、我々で云う、激しいロックていどの認識と体感でしかないが。
しかし、かつて正式に兵器登録された乙一型ハイゾンビである彼女たちが、バンド活動をしてマスターのために日銭を稼いでいるというのも、確かに珍しい。マンオークはおろか、世界でもあまり例がないだろう。
また、本業はアンデッド・ガールズバンドというわけでもない。
二時間後……。
ライヴを終えた三人が、控室に引き上げてきた。
「いやー、今日も盛りあがっちゃったねえ」
ゾンビなので別に汗もかかないのだが、汗をぬぐう動作をして、ポルカが満足げに笑顔を見せた。古代ヨーロッパ中南部の民族衣装ディアンドルにも似た、デコルテの大きく開いた上着に短いスカートをヒラヒラさせている。濃い赤を帯びた鳶色髪に、肌は日焼けしたような灰色だが、もちろん、死体の色である。
「姉さん、ちょっと走ってた」
後から入ってきたのは、ロンドだった。背が高く、あまり笑みを見せない。無表情というではなく、笑うのが苦手なのだった。こちらは、同じ色の髪をショートにまとめている。スーツに近い、スレンダーなパンツルックだ。
「あんな速さで、走るも何も無いでしょおよお!」
「でも、走ってたから」
「走ってないわよお」
「走ってたって」
「どれくらい走ってたってえの」
「五一二くらい」
いちおう、設定BPMは五〇八だった。
「かわんねえっつーの」
「分かる人には分かるんだから。音程もずれてたし……」
「古代音楽やってんじゃないんだから! ちょっとやそっと音はずれてたって、別にいいんだって!」
音楽のことに関しては、二人の意見も趣味も考え方も、正反対だった。
その後ろで本当に無口で無表情なのは、三女のカノンだ。ポルカが二十歳そこそこ、ロンドが十代後半設定の外観なのに比べ、彼女はミドルティーン相当の設定をされている。同じく紅い鳶色髪もボサボサで、ソバカスだらけ。前髪を垂らし、目を隠しがちなので、人間であれば完全に何かのオタクというタイプだ。着ている物も、地味な濃い青のワンピースだった。
が、リズム感がよく、非常に正確なドラム音裁きによってバンドの縁の下の力持ちをに担っている。
いまも、部屋の入り口で突っ立ったまま、姉たちの口論を上目づかいにジッと見つめ、硬く引き結んだ口を開こうともしなかった。
「はいはい、お疲れおつかれえ」
パンパンと手をたたいて、ベリーが現れた。
「課金もまあまあだったし、今月は、もう出番無くてもいいかも」
「ほんと?」
「それより、ひさびさに本業」
三体のハイゾンビが、ベリーを凝視する。
「野良ゾンビでも出た?」
「ご名答お。でもね、野良じゃないかも」
ポルカが、目を丸くした。
「どういうこと?」
「三日前に、ヨールンカですごいアンデッド・テロがあったんだって」
「ヨールンカで?」
ポルカとロンドが、カノンを見やった。




