1-7 マーラルとリリとピーパ
「……なめおって!!」
ピーパも、古代戦闘術である「武術」をプログラムされている。具体的には、鳳蘭拳という超古代戦闘法だ。自らより少し大柄なゲントーの沈みこむ肘打を掌で受けつつ、膝蹴りから爪先蹴りへ伸びるように変化する二段蹴りを、至近より放った。
「……む!」
信じられない軟体さと歩方、そしてバック宙返りで、ゲントーがそれをかわした。すかさず追い打とうとしたピーパの背中へ、もう一人のゲントーが光子手榴弾を投げつけた。
光子手榴弾は、爆発というより閃光弾のような効果を発揮した。が、その光は只の光ではなく光子散弾と同じだった。人間が浴びても、無数の光子線に物理的には細胞を、霊的には霊鎖をズタズタにされて死ぬ。アンデッドでは、より霊的なダメージが大きい。
間一髪で爆発の効果を禁じたピーパだったが、多少のダメージはくらった。光にまみれて転がり、しばし動けぬ。
その隙に、二人のゲントーが一人へ戻り、次元反転して元の世界へ逃げた。
とたん、高層階にアンデッド警報が鳴り響いた。
人々は、一瞬でパニックとなった。
警備用とは名ばかりの、重戦闘殺人兼対アンデッドユニットが次々に起動する。我々の時代で云う、全自動ドローンとロボットとアンドロイドを合わせたようなものだ。
「ぬ、主殿! すまぬ! 逃げられた!」
倒れたまま、まだ動けないピーパが思念通話を飛ばした。
リリがピーパを助け起こし、次元回廊から抜け出てゲントーの後を追う。
ゲントーはすぐさま超高速行動に入り、超音速移動に移行した。
はずだったが……。
「う……!!」
音速を超え、ソニックブームが現れると思ったゲントーの動きが、見る間に遅くなった。
(これは……!)
そのゲントーの前に、どこからともなく少年が現れて、立ちふさがった。
と、云っても、ズボンのポケットへ両手をつっこみ、ふらふらと通りがかったように思える雰囲気だった。
先祖たちのゲノム編集による美容変異技術により藍色がかった濃い群青色の髪と空色の目を受け継いでいる少年は、しかし、この階層の住人ではないし、そもそもヨールンカ市民でも無い。まして、パニックとなってアンデッドの前にわけもわからず出てきたわけでも無い。
「う、おっ……!」
ゲントーが、完全に止まる。
動きが強制的に制動されて、まるで金縛りだ。
(これは! ……そうか……こいつが、ミュージアムの特一級ネクロマンサー……マエストラル・コンダクター……あの二体の主人……か……!)
その二体、リリとピーパが、後から凄まじい形相で迫ってきていた。まさに恐怖を振りまき、人の血をすすり、肉を喰う鬼だ。ヨールンカ市民が、この二体を見て恐慌を起こすほどの。
(さすがに、三対一は……厳しいか……)
ゲントーが判断を迫られる。
「ゲントー、引きなさい」
そのゲントーへ、思念通話が入った。
これも、男とも女ともつかない加工音声だった。
「御館様……!!」
「行動が筒抜けの時点で、私達の負けです」
「畏まって候」
一瞬にして、ゲントー、退避用の特殊回廊を開き、まるで忍者屋敷の壁返しが如く、ぱたり、と次元を反転させ、消えた。
「な……なんと……!!」
リリが波動を関知し、唸った。既に、ヨールンカ及び近隣空間に、まったく気配はない。
「さすが地獄ニンジャ……逃げ足も鬼みたいに速いなあ」
少年……いや、歳の頃は十代後半に見えるので、青年といったほうがよい……青年が、濃い藍色の細い片眉を上げてつぶやいた。
「マスター!」
「主殿!」
リリとピーパが、青年の前に立つと臣下の礼をとる。リリは大きく切り裂かれたスカートの裾を持って片足を引き、またピーパは片膝をついて両拳を合わせ、それぞれ礼をし、
「申し訳もござりませぬ、あやつめの、足止めすらかないませなんだ」
ピーパの言上に、青年がため息をつく。
「だから、いちいち、そんなことをしなくていいって……それも、こんなときに」
「そうは参りませぬ」
「いつまでもお堅いね……分かったから、顔をあげなさい」
「ハッ」
二体が顔を上げた。




