9-3 これから
(当面は接触してこないと思うけど……要注意ね)
ベリーはウールーの立体画像を消し、
「じゃあ、引っ越しの手続き、しちゃうからね」
引っ越しと云っても、正規で頼むとアンデッド運搬用の機器を備えた専用トラックを頼まねばならず、ポルカ達だけならまだしもゾンを地上へ運ぶのは、軍用か準軍用の規格になる。加えて甲型アンデッドを地上へ出す手続きも面倒極まり、正規代理店を頼まねばならない。
ようするに、めちゃくちゃ高いし時間もかかる。
災害のどさくさで、以前の地下都市基準のまま、露天運搬でどうにかするしかないだろう。
だが、その裏技みたいなゲート通過手続きをやってくれる代理店があるかどうか。少なくとも、正規では無理な話だ。
(確かにこういうとき、フラウに頼むと早くて楽チンだったなあ……)
顔をしかめ、しみじみとベリーがため息をついた。シュテッタとゾンをマンオークに入れたときと同じく、裏から南極政府に頼むしかない。
と、外から皆に霊感通信。
「おう、いま戻ったぜ」
ゾンだ。
外の状況を空間タブに映し出すと、ロンド、ゾン、アユカが建物の前に並んでいる。
ゾンは、その肩に大きな機器を担いでいた。
ミュートビルの瓦礫の下から掘り出した、アンデッド再生器である。
ベリーが、ほっとした表情を見せた。南極に手配してもらうにも時間がかかるし、税関手続きもやはり面倒だ。あればあるに、こしたことはない。
(あとは、壊れてないかどうか……)
それは、ウールーの新居で調べることにする。
開け放しのハンガー正面からゾンらが入り、シュテッタ達も階下へ降りた。
ゾンが無造作に再生器を床に下ろす。すごい音が鳴って、
「ちょっと、気をつけなさいよ!」
ポルカが目をむいたが、いつも通りゾンは無視した。どうせ、ゾンには使えない。
「で、どこ行くのか決まったのか?」
「うん、決まった。ウールーだって」
(どこだ、そりゃ……)
ゾンが小首をかしげ、白濁した竜の目をシュテッタへ向ける。
「避難所じゃねえのか?」
「郊外棟」
「郊外? 外に出るのか?」
「うん」
(ふうん……)
そして、ゾンビシスターズやベリーを睨め回した。
「どこだろうと、これからは今回みてえな騒動が常につきまとうと思ったほうがいいぜ」
その通りだ。
ベリーが、眉をひそめて胃をおさえる。もう、ただ近くでゾンとシュテッタを観測しているだけではすまされない。アンデッド・テロリスト集団は死者の国だけではないし、ミュージアムだって自分の命令系統以外の命令が動いているうえ、その自分の命令系統もおかしい。結局、ミュージアム内でどういう変化が起きているのかは、まだ不明だ。
シスターズも、表情を引き締めた。
アユカだけが、会話の輪から一歩離れて、無表情で一同を凝視していた。その眼の奥に、次元の裏から覗くゲントーの瞳を映しながら。
「大丈夫だよ、ゾンといっしょなら」
シュテッタのあっけらかんとしたその声を表情は、安心と決意と自身、それに力強さが入り混じった、不思議なものだった。
「ま、ちげえねえ」
ゾンがそっけなく云い放ち、太鼓腹をぼんぼんと叩いた。
シュテッタはその音に妙に嬉しさと可笑しさがこみあげて、いきなり吹き出すと腹を抱えながら思春期にありがちな忽然とした乾いた笑いをあげはじめた。
ゾンは彫像みたいに動かなくなり、ベリーとシスターズが呆気にとられて苦しそうに笑い転げるシュテッタを見つめた。
が、やがてめいめいシュテッタにつられるようにして、笑い始めた。
「ポジティヴねえ、シュテッタちゃん……」
ひとしきり笑った後、ポルカが、笑いの中にもシュッテタの境遇に思いを馳せ、同情と愛おしさに眼を細める。それはロンドとカノンも同じだった。
「あーあ……」
笑い疲れたシュテッタ、涙を指でぬぐいながら、大きなゾンの身体へ片手をかける。爬虫類というより、アンデッド特有の冷たさが、手に伝わった。
その冷たさを実感として感じながら、シュテッタはゾンを見上げ、
「ま、よろしくね、ゾン」
「……ああ……」
ゾンが微動だにしないまま、小声で答える。
「なに照れてんのよ、デカイ図体して!」
ポルカにそう揶揄され、
「……うっせえな!! 誰が照れてやがるんだ、コノヤロウ!」
ゾンがいきなり大口を空けてわめき散らす。
そのやりとりに、またシュテッタがとめどなく笑いだした。
今度はみな苦笑して、テュテッタを暖かい眼で見つめている。
笑い声が、開け放たれたガレージから外にまで響きわたった。
この、ゾンと死者王シュテッタの出会いと活躍が、第三次アンデッド大戦の引き金となり、また終結の切り札となる。
了




