9-2 ウールー
そのベリーの言葉に、みな驚いた。
「どうせ、ここじゃミュートの再建は無理だし。ビルごと崩れてるんだから。新しいテナントを捜さないと。それには、ちがうとこに行った方が早いでしょ?」
「そうだけどさあ。どこに行くの? タハカラ?」
地下とはいえ、アンデッド・ハンガー付の物件がある地区は、そう多くはない。
しかも、ゾンが入れるほどの。
ポルカの問いに、
「もう、見繕ってあるんだから」
ベリーが空間タブレットを操作したが、まだつながらなかった。
「カノン、お願い」
カノンがその能力で中間サーバーを通さずに直接マンオーク中央サーバーへ繋げ、そこからベリーの空タブへデータを飛ばした。
すると、
「あれ、フラウからメールが来てる」
ベリーが思念操作でメールを開くと、すぐに元気そうなフラウの声が霊感通信で聞こえた。
「みんな、無事か? ちゃんと、このメールを聞けたことを願ってるよ。アタイはたまたま、仕事でニヴフンを離れてたんだ。地区全体が立入禁止で帰るにも帰れないし、アパートも傾いてて危険建物に指定されてるようなんだ。だから、しばらくマンオークを離れるよ。またいつか、どこかで会えたら会おう。じゃあな」
そっけなく、再生が終わる。
みなが、顔を見合わせた。
「月面にでも帰るのかな」
どこかホッとした声で、ポルカが云う。
「さあ……もとから、よくわかんないとこある人だし。それより、新しいアパートなんだけど……あ、ここここ」
ベリーが空間に物件情報を出す。
「あれっ、郊外棟じゃないのよお?」
ポルカの素っ頓狂な声に、シュテッタも立体映像を見つめる。マンオークの巨大なドーナツの周辺に九棟ある補助棟の一つだった。
第七補助棟、通称「ウールー」だ。
直径約一キロ、高さは約三〇〇メートル。
人口は約二千七百人で、主に農業棟だった。第一次産業専用プラントに、ささやかな住宅街がくっついている感じの場所だった。いわゆる、農村地帯である。
「なんで、こんな場所にい? 地下も無いんでしょ?」
「ここなら、五十階層くらいの町はずれに、ゾンも入れる大型アンデッド・ハンガーがあるんだって。もちろん地上ね」
「なんで、地上にそんなもんがあるの!?」
「知らない」
ベリーはそう誤魔化したが、南極統一政府が予備アジトとして用意していたものだ。また、郊外棟はマンオーク地下並にアンデッド規制が緩い。
「鄙びてて、イイところみたい。シュテッタ、ここでいいでしょ? ちゃんと学校もあるし。通ってるのは、農家の子どもばっかりみたいだけど」
「うん。まあ、べつに……」
むしろ、そのほうがバーデーンの生活に近いのかもしれない。
だが、逆にその在りし日のバーデーンでの生活を思い出しそうで、それが少し不安だった。
「そんな田舎で、ミュートはどうすんのよお!」
「しばらく配信で充分でしょ!?」
「えー、少しでも直にお客がいないと、盛り上がらないよぅ!」
ポルカが口を尖らせるが、ベリーは無視した。
「じゃ、きまりね。シュテッタも、引っ越しの準備をしておいて。あたしは、もう着の身着のままで行くけど、なにかもってくものがあれば」
「うん」
とはいえ、そもそもシュテッタも着の身着のままで地球に来た。こちらで買い揃えたものとて、たいしたものはない。家具類のほとんどは備えつけだし、衣服や小物といっても最小限だ。
が、ふと自室の机に置いてある小さなウサギの置物を思い出し、それを持ってきてベリーに見せた。
「あたしは、これくらいかな?」
「これって……フラウからもらったってやつ?」
「うん」
ベリーが片眉をあげ、意外なものを観る目つきをした。チラ、とカノンへ目線を送る。
すぐにカノンが、素早く付随する二型機能で魂魄子を探査した。が、ゲントーの細工だ。カノンでは見破ることはできない。
カノンが、小さく首を振った。
(そもそも、シュテッタにも分からないんじゃ、あたし達には……か)
ベリーが椅子に座り、
「いいんじゃない? フラウにも、しばらく会えなさそうだし」
「うん」
そのシュテッタの笑顔に、ベリーはフラウがここまでシュテッタと関係を築き、信頼を得ていたことに少なからず衝撃を覚えた。まったく知らなかった。
(フラウゼナウ・アーリーン……本名不詳……十五年前の、月面大規模アンデッド・テロ事件の生き残り……それ以外の経歴は、一切不詳……。こりゃ、疑うなってゆうほうが無理ってものよねえ……。ネタに重宝して、裏を洗うのをサボってたツケか……甘かったなあ)
だが、もうどうしようもない。




