7-4 生体ブースト
いきなりマーラルがそう云いだし、一同が戸惑った。
「マスター……我らでは、信用できぬのか?」
リリがドミナンテのような顔になって立ち上がりかけたのを制し、
「ゾンの五万はあくまで予測だ。それ以上だったら、取り返しがつかなくなる」
「いま、そんなこと云う~!?」
つい、アルトナも声が大きくなった。
「だから、これに加えて僕が生体ブーストをかけるよ」
「生体ブースト!?」
その場の全員が、同時に声をあげた。聞いたことが無い。
「あ……その、隊長のコンダクツに、そういうのがあるのですか?」
トゥールーズがクリームイエローの眼を見開いて、呆気にとられながらもその言葉を検索する。特殊なミュージアム内検索プログラムに、情報が出てきた。
マーラルの説明を待たずに、全員がその情報を取りこんで理解する。
極々一部のコンダクターが使用でき……自らの身体とコンダクツを通して文字通りアンデッド兵器の霊出力を倍増させる、必殺技のようなものだった。大戦中に何千人といたオリジナルのコンダクターでも、使用できた者はかなり限られていたらしい。しかも……。
「使用した者の多くは、遠からず死んだと書いているであります!!」
誰も恐ろしくて声にしなかった情報を、空気を読まないシベリュースが大声で叫んだ。
「絶対絶対絶対絶対ぜえええええっっッッたいダメダメダメダメ!! だめ!! ダメーーッ!! ダメに決まっているでしょ、マスター!!」
半狂乱になり、続いてリリも喚いた。ピーパも、血走った右目を見開いてマーラルへ向ける。
「命令だ」
マーラルの一言で、アンデッド達が黙る。コンダクターの命令は、基本的に必ず従うようプログラムされている。
と、なると、残るはトゥールーズとアルトナだ。特にリリとピーパ、必死の形相で二人を睨みつけた。反対してもらうために。
だが、二人とも上位のコンダクツに意見具申するほど、情報が無い。どれほど危険な行為のか、分からない。
「あ、あの~」
おずおずと声をだすアルトナを手で制して、マーラル、
「心配いらないよ。それ、大昔の情報だから。かなり誇張されてるんだ。戦争中は、相当ムチャな戦い方をしていたようだし……生体ブースト自体は、それほど危険なことじゃない」
「ほ、本当ですか!? 本部へ許可をとったほうが……」
「その必要はないよ、トゥールーズ」
「しかし……」
「当時は、それこそ五倍も六倍もブーストをかけていたんだ。戦争だからね。なりふりかまってられなかった。だから、オリジナルといえど寿命を縮めた。今回は、倍でとどめる。それで、最大霊出力は十万近くになるだろう。それだけあれば、きっとゾンを固縛できると思う。霊波数は……おそらく、千五百前後で調整することになる。いいね」
マーラルにそうまで云われると、トゥールーズとアルトナでは逆らえない。不安が残ったが、承諾せざるを得なかった。
「じゃ、捕獲檻の展開法は打ち合わせ通りに。作戦開始は明後日、午前九時。その日、シュテッタが登校日なんだ。コンダクター不在の時を狙う。集合は午前七時。解散」
トゥールーズが、今にも自分を殺しそうな視線を送るリリとピーパを平然と無視し、不安げに眼を泳がせるシベリュースを伴って退室した。密かに本部へ報告して、指示を仰がなくてはならない。が、マーラルのことだ。たとえ本部から中止命令が出ても、強行するだろう。どうするか、策を練らなくては。もちろん、自分が責任をとらなくてすむ策を。
ドミナンテも、どうしようもなく涙目でおろおろするだけだった。肩をすくめるアルトナにいざなわれ、部屋を出た。
それから少し打ち合わせをして、食事をし、マーラルは休んだ。
マーラルが深く寝静まってから、リリとピーパが密かに研究をしているプログラムを立ち上げる。リリの空間反転技術を応用した二人だけの秘密の次元に隠してあるので、マーラルにも知られていない。
「いざとなれば、これを使う。良いな、ピーパ殿」
「我としても、異存はござらぬ」
そこで、ピーパが鼻っ面をしかめた。
「が……この成功率では」
それにはリリも自重気味に笑う。
「しかも、これはあくまでシミュレーションぞ……。ぶっつけ本番で、六三パーセントは確かに微妙」
だが、やるしかない。やるしか。リリは、シミュレーションの精度を少しでも高めるべく、眼の色を変えて作業を開始した。
「我とピーパ殿の全イェブクィムとアンデッド構造体を……我らの全能力を遣い……さらにマスターのコンダクツも利用し……マスターの魂魄及び肉体と融合させる……。名づけて、三位一体魂魄転位法……。これにより、イェブクィムが強制転位され……理論上マスターは究極のアンデッド体『グース=アル』となる……いや、してみせる……!」




