6-11 Z9
云うが、シュテッタですら思わず腕で顔を覆うほどの霊圧で波状魂魄子塊が噴きあがった。まるで、本当にゾンから風が吹いているようだった。
そして、やおら、ゾンがシュテッタを小脇に抱えてドシドシと歩きだし、壁の一部へ拳を叩きつけた。シュテッタが何事かと思いきや、部屋自体が地震のように揺れ始める。そのまま、部屋が地上へせり上がった。部屋自体が、ゾンのハンガーだったのだ。
ゲートが開き、ゾンが二百数十年ぶりに地上へ出た。
「秘匿兵器の起動を確認」
死者の国に見つからないよう次元バリアを展開しながらバーデーン周回軌道を回っていた南極統一政府の強襲揚陸艦「ハイドゥン」のブリッジで、観測員の通信が響いた。
「回収用意」
次元バリアを解き、すぐさま降下をはじめる。
「これより、秘匿兵器Z9の回収作戦を開始する」
「死者の国の母船に発見されました」
「かまわん」
艦長が厳しい表情で答える。
「しかし、ドンピシャでしたね。本当にZ9が起動するなんて……」
「バーデーン民には悪いが、こうでもしないと逆に起動しなかっただろう。ま、どっちにしろ非公式の住民だ……救出義務はない」
大気圏に突入して、激しく船体が揺れ始めた。
「……なんだ?」
敵コンダクター……イヴゲーニャを倒してヴァンアビグ化させたアルンド、傷の修復のため、三人ほど生き残った人間を喰っていた。軍服に近い制服はプラズマ炎の攻撃で焼け焦げ、見事な肉体も大きく火傷をし、一部は炭化していた。イヴゲーニャの凄まじい火炎攻撃を意味する。
吸精鬼たるヴァンアビグは、その名の通り血液や体液を吸うのではなく、人間などの魂魄子を吸収するアンデッドだ。そして精も根も吸いつくされた人間は、同じく人間を襲う格下のノーマル・ヴァンアビグとなる。
魂魄子を吸い尽くされて水灰色の肌となって転がっている中年男性が、ガクガクと手足を動かしながら起き上がった。本格的な修復はアンデッド再生器で行う必要があるが、臨時的なエネルギー補給と仮修復には充分だ。
そんなことより、アルンドが町外れの……いや、完全に町を外れた岩山地帯手前の荒野を見やった。目視はできないが、凄まじいほどの霊圧を感じた。すぐに主人へ霊感通信。
「ドゥーマ様、聴こえますか」
「聴こえる。そして、感じている。でかいぞ……! なんだ!? なんだと思う!?」
「分かりません……大戦当時のアンデッド兵器でしょうか?」
「ここの連中が、起動させたのか?」
「……その可能性は」
「聴いてないな……そんな話は」
先遣隊隊長のドゥーマが顔をしかめた。
「どうしますか?」
「ほっとくわけにもいかないだろ……」
その声には、せっかくパッと任務が終わったのに、なんでこんな面倒が降って湧いてくるんだという忌ま忌ましさが滲みきっている。
「では、まず私と第三小隊が向かいます」
「分かった、我々も確認に向かう。第一、第二小隊も、シェルターの生き残りを駆逐次第、偵察に加われ」
死者の国のコンダクター達、四人ずつ移動用の小型ローバーへ移乗し、上陸船の後方ハッチから出発した。
地上に現れたゾンは、小脇のシュテッタをひょいと担ぎ上げ、肩に乗せた。シュテッタは驚いて、
「えっ……ちょっと、腐った汁とかスカートにつかないよね!?」
「ケエッ! 云いやがるぜ、余裕じゃねえか!」
云うが、背中に申し訳なさそうについていた飾り羽めいた翼が一気に広がって巨大な竜翼となり、あまつさえ空気が逆巻いてジェット気流が発生。ゾンの巨体を持ち上げた。
「……うわうわう! わあっ……!」
風がつんざいて、シュテッタは必死にゾンの角をつかんだ。有人飛行ユニットの、乗車訓練実習を思い出す。ゾンが放物線を描いて宙を舞い、超古代のミサイル兵器が着弾するかのようにパートフの町角に降り立った。
「寂れやがったなあ」
ゾンが町を見回してつぶやいた。シュテッタはゾンの太い腕を伝って地面へ降り、
「ア、アンデッドは……!?」
「おい、それより、なんだ、こりゃあ!? うっせえぞ」
死者の国のモットー「生は暗く、死もまた暗い」の文字と音声が、まだ至る所で空間に浮き出て、鳴っていた。
「おい、敵さんはどこの勢力だ?」
「死者? の国……って云ってた」
「なんでえ、そりゃあ」
「テロリストだって……」
「てぇろりすとお?」
呆れたように、ゾンが大口を開ける。




