6-10 起動パス
トーオンに後ろから襲いかかる、ゾンビ……いや、ヴァンアビグと化して水灰色の肌になった母親だった。
思いきりゲートの裏から拳を叩きつけたが、外からロックされて無駄だった。
「……う……ッ!!」
何度も拳を叩きつけ、歯ぎしりし、嗚咽をこらえる。向こう側の悲鳴も聴こえない。
シュテッタは軽光子銃を放り捨て、明かりの点いた通路を再び走り始めた。
それから、どれほど走ったものか……。
何キロも何時間も走った気がしたが、実際には何百メートルを何分か走っただけだった。
息も絶え絶えに辿り着いたのは、先程と同じような外観の予備の避難所だった。
誰もいない。
思念派でゲートが開き、無機質な発電素子光だけが、シュテッタを出迎えた。
「……!?」
意味が分からず、シュテッタはよろめきながら室内を歩き、一番奥の壁へ手をつけた。
(……何を聴けって……!?)
何も聴こえない。
静寂だ。
いや、激しい自らの呼吸音と、爆裂しそうな心臓の鼓動だけが痛いほど耳についた。
大きく、何度も何度も深呼吸し、壁を背にして自然に膝を抱えて座りこんだ。
涙も出なかった。
何も考えられなかった。
「おーい、おおー~い、誰かいねえーかー。いい加減よお、誰か来てくれやあ。もしもーし、この声が聴こえるヤツぁ、手ぇえあげろーい」
「?」
シュテッタが、無意識に右手を上げる。
とたん、次元が開いた。
空間転移法を応用した超極秘格納ゲートだ。
次元壁振動特有の光と火花、プラズマ流が流れ、次元の裏に隠されていた超秘匿兵器が姿を顕した。
でっぷりと超えた、ドラゴン人間……いや、ドラゴン……いや、アンデッド……ゾンビ? これは、ゾンビだ……ドラゴン・ゾンビ……そう、ドラゴン・ゾンビが出現した。白濁した眼に、腐りかけた鱗肌。ズルリ、と動く長い尾。岩石をクッキーのようにかみ砕きそうな顎と牙。何本か先の欠けて折れた角が、天井に届きそうだった。
「!? ……!? !? ? ? ?? ? ……」
息も止まって、眼を見開いたシュテッタがドラゴン・ゾンビを凝視する。
ドラゴン・ゾンビは周囲を確認するように小首を傾げていたが、すぐにシュテッタに気づいた。大きな身体を動かしてシュテッタを覗きこみ、
「おう、おめえがそうなのか? 大したやつだぜ。何年ぶりだ?」
こんな原住生物のガドルみたいな口で、どうやってしゃべっているのか!? シュテッタは目を白黒させながらも、
「だっ……な、なん……ナニ……!?」
「おいおめえ、名は?」
「へっ?」
「ナマエだよ、おめえの」
「シュ……テッタ……シュテッタ・クラウヴァン・アルシュテッテント……」
「ハハハ、大したやつだぜ。よしよし……じゃあ、おめえ、シュテッタ……オレをなんて呼ぶ?」
「え……!?」
「オレの名だよ、ナ・マ・エ。それが最後の起動パスになるぜ」
シュテッタが息をのむ。
「起動パス?」
「そうだ」
「あ、あんた……アンデッド兵器……なの?」
「ハアー! オレ様が、アンデッド以外の何に見えやがるんだ!?」
「何って……本当に……本当に、アンデッドなの!?」
「そうだぜ」
「こんなアンデッド、見たことも聴いたことも無いよ!」
「ま、そらそうだろな。秘匿兵器だからな」
「ひとくへいき!?」
「いいから、なんでもいいぜ、とっととパスを云えよ。こっちに……向かってきてるアンデッドが、多数いやがるぜ」
シュテッタの表情が変わった。
「ゾン!」
「あ?」
「ゾン……ドラゴン・ゾンビだから……ゾン!」
「…………」
いきなり、ゾンの動きが止まった。
「あ、あれ、だめだった……!?」




