6-2 聞香杯
「それが、何も残っていないということは……?」
「ゾンに、計測を妨害する能力があるんじゃないかな」
アルトナとトゥールーズが思わず見合う。
「そんなアンデッド能力、聴いたことないわ~!」
で、ある。それが、常識すぎる常識だった。
「でも、これが現実だ」
マーラルの言葉で、二人が沈黙する。
「それはそうと……本部への報告だけどね」
「はい、報告書はこちらに……」
トゥルーズからファイルを受けとってマーラル、
「ここ、ゾンは、特甲一型としてくれないか」
「と……特甲……型、ですか?」
「特殊兵器ってこと~?」
「いや、特殊兵器は三型になります」
「あ、そっか……」
じゃあ、なんなの、というアルトナに、マーラルが答える。
「便宜上の仮称だけどね。あいつ、おそらく特別に秘匿された、大戦中にどこかの誰かが造った試作実験兵器だと思うんだ。それまでのアンデッド兵器の常識を超えた、ね。通常の分類番号じゃ計り知れない。その事を示すのに、戦時中は一部で特型ってのがあったんだよ。今はもう無いんだけどね……便宜上、それを復活させる」
「分かりました」
さっそく、トゥールーズがファイルを修正した。
「あと、イェブクィム増強ブースターを依頼しておいて」
その言葉に、思わずアンデッド達が部屋の隅にうずくまるシベリュースを見やった。シベリュースはビクッと肩を震わせ、申し訳なさそうに頭を抱えた。
「対アンデッド捕獲檻……シベリュースでは、やはり出力不足ですか」
「リリやピーパでも、どうだか分からないけどね」
「本部から送ってきたとして、税関を越えられません。密輸になります。少なくとも、一か月はかかりますよ」
「仕方ないさ。まあ、シュテッタたちだって、別にどこにも行かないだろう。たまに、都市外で野良退治はあるかもしれないけど、さ。監視は続けておいて」
「了解しました」
それから細かい打ち合わせをして、またトゥールーズとアルトナがそれぞれシベリュースとドミナンテを連れて部屋を出た。シベリュースはすっかり自信喪失し、うなだれて一言も発しなかった。
「大丈夫か、あやつ……」
ダイニングのテーブルで片肘を突き、リリが嘆息まじりにつぶやいた。
「リリ殿は、ゾンの攻撃をじっさいに観ておらぬから、そのように余裕なのでござる」
ピーパが黒茶であるプーアル茶を用意しながら、眉をひそめてそう云った。もちろん、彼女たちは茶など飲まぬ。マーラルの為に淹れる。
「映像で観るのと、そうも異なるものか?」
「霊圧が……ケタちがいにて」
「さようか……」
そう云われても、まだリリは実感が無い。こればかりは、言語化できない、体感しないと分からないものかもしれなかった。
「数字で云うとね」
リビングでまたソファに寝ころんでいるマーラルが、唐突に云い出した。
「霊出力は瞬間最大で、五万はあると思うよ」
「ごごっご……」
「五万!?」
「あくまで、最大予測値だけどね……」
リリとピーパで、通常で一万二~三千、瞬間最大値が一万七~八千ほどであるから、
「あやつを押さえつけるのに、単純計算で我らクラスの甲一が三、四体必要なことになる」
あきれ果てて、リリがその人形みたいな顔をゆがめた。
「マスター、助っ人は頼めんのか?」
「主立った甲一は、みんな作戦展開中なんだってさ」
リリが、口をへの字に曲げて肩をすくめた。
「では主殿、我らもブースターを遣った方がよくないか?」
云いつつ、ダイニングで茶器と湯を用意し、盆へ乗せてピーパがリビングへ運ぶ。ソファへ座り、丁寧な手つきで茶を淹れた。一煎めを湯冷ましのような専用の入れ物へ捨ててから、二煎めを聞香杯という細長い筒のような茶杯へ淹れ、すぐに片手持ちの小さな茶杯へ淹れ直す。聞香杯は、文字通り香りを楽しむための杯だ。
起き上がったマーラルが、湯気の立つ聞香杯を鼻に当て、ちょっと埃っぽいような、土の香りのような……それでいてふくよかに澄んだ独特のプーアル茶の香りを楽しんだ。
そして、ちょうどよい温度となった茶を飲む。




