6-1 計測不能
そこで、リネッテラが含み笑いを漏らした。
「まさに……盲亀の浮木……この『発見』を逃す手はありません……」
そんな自らの主人を、はるか地球にいるゲントーは、地獄の底の荒涼としたマグマと硫黄の荒れ地を観るように、鬼の眼で凝視した。
「玄冬」
「はい」
「シュテッタとゾン……なんとしても欲しい。死者の国へ」
「畏まって候」
「組織員にしろという意味ではありません。……分かりますね」
「もちろんです。なにせ、シュテッタは我ら死者の国の襲撃により、全てを失いましたので……」
「だが、ゾンを得た。あの、得体の知れぬ驚異のアンデッドを……」
「はい」
「うまく遣いなさい。憎しみを……怒りを……ミュージアムや地球人へ向けさせなさい」
「精神浸透を行いましょう」
「できますか? ゾンがいますよ」
「マーカーを置けば……勘づかれずに浸透できるかと」
「まかせましょう」
「畏まって候」
ゲントーが、深く立礼をした。
「それから、ミュージアムですが……」
「はい」
リネッテラはそこからややしばらく黙っていたが、
「アンナデウスの使用を許可します」
「えっ」
非常に珍しく、ゲントーの声に動揺が走った。
思わず、リネッテラが苦笑するほどに、珍しい。
「申し訳もありませぬ、身共としたことが……」
「いや、仕方がありません。玄冬」
「はい」
「当然、貴女も巻きこまれるのですから……慎重に」
「畏まって候」
「マスターには、私から伝えておきましょう。マーカーの件も、ね」
「ハッ……では」
「頼みましたよ」
ゲントーからの霊感通信が切れる。リネッテラは、再びゲントーから報告された三次元映像を再生し、ゾンがシベリュースと戦っている場面、ピーパの霊符を咆哮で消し去った場面、そしてシュテッタがゾンの足を肉体ごと修復する場面を見直した。
そして、楽しそうに口元を歪めた。
「計測不能……!?」
マーラルがアルトナより受け取ったファイルは、確かに計測不能の表示が出ていた。
「そんなことが?」
「分っかりませ~ん」
アルトナが八の字眉を下げて、両手を上げる。
トゥールーズも、ファイルのコピーを何度も確認したが、不能なものは不能だった。
「ちゃんと計測してました? その……ゾンがあまりにも、我々の予測を超えていたので……計測に失敗したのでは?」
「してたよお~!」
「振り切ったのでしょうか?」
マーラルの部屋のリビングで、三人がファイルを前にそれぞれ眉をしかめているのを、またダイニングから四体のアンデッドが見つめていた。……いや、シベリュースだけ、部屋の隅で体育座りに膝を抱え、沈んでいた。いまは昼間の時間帯なので、シベリュースはミイラであり、ドミナンテはスケルトンと同じく白骨姿だ。バンシー姿の踊り子の衣装は、衣装ごと魂魄子が霊肉を構成する。
「……シベリュース、さように落ちこむでない」
リリの言葉にも、シベリュースは答えられなかった。
「そうです、相手が悪すぎましたわ」
ドミナンテはバンシーではなく、スケルトン体なので泣いていない。もっとも、髑髏なので泣きようもないが。
「……落ちこむなと云うほうが、無理な相談であります」
シベリュースが、今にも消え入りそうな声で囁いた。心なしか、包帯の合間より覗く黒真珠のような干からびた眼も、光が消えていた。
ピーパが渋い顔をして首を振ったので、みなそっとしておくことにし、コンダクター達の言葉へ耳を傾けた。
「計測値を振り切ったのなら、そう残るはずだよ。ちなみに、このプログラムの最大値は霊力が三二〇〇〇エブ、霊波数が一五〇〇イフォーク……かなり余裕を持ったヤツを選んだつもりだったんだけど……」




