5-12 ミュージアム撤収
「なぁあめるなガキゾンビィイイ!!」
リリの周囲で次元反転振動が高速発生し、触れるものを粉微塵にして次元の彼方へ消し去る破砕結界が展開した。
「げえッッ!」
ポルカとロンドが慌ててブレーキをかけたが、間に合わない。ロンドの右手が振動壁に呑みこまれ、肘から下が消失した。
「うぁあ!」
反動と衝撃でぶっ飛ばされ、錐もみしながらロンドが地面へ転がった。
ポルカも危うく、半身を削り取られるところだった。
身体に相当な無理をかけつつ、捻りながらジャンプし、なんとか振動壁を避ける。
あまりに無理な体制から飛んだので、着地できずにロンドと同じく地面に転がって落ちた。
既に、リリは次元の奥に消えていた。
「う……!」
二体が体を起こしながら、呆然とリリのいた場所を見つめた。立とうとして力が入らず、ポルカは軸足にした左足が膝から変な方向に曲がっていることに気づいた。
両手でつかみ、妙な音と共に無理やり元に戻す。
「あんなヤツ……あんなヤツもいるんだな」
ロンドが、しみじみとつぶやいた。
「でも……アレはちょっと特別じゃない? いくら甲一ったって……あんなの、見たことも聞いたこともない」
「それは、ゾンもいっしょだけどな」
ロンドが思わずそう云い、ポルカが吹き出した。
「ちがいないね。ちがいない」
そこへ、カノンを回収したベリーが合流した。
「うっひゃあ、こりゃまた、やられたなあ」
「これでも、軽いほうだわ。アイツ、本気出してなかったもの」
ポルカが肩をすくめる。
「シュテッタからも通信が来て、向こうに行ってた分はゾンが追っ払ったって」
「アイツら、なんなわけ!?」
ポルカの声に、さっそくロンドの右腕を診たベリー、口をひん曲げて片眉を上げた。
「知らない」
サイレンを鳴らした全自動消防ユニットが、ようやく集まってきた。
6
暗い部屋の中で、一人のコンダクターが自らの使うアンデッド兵器から報告を受けていた。
次元反転法を応用した、超遠隔通信だった。
つまり、報告者はゲントーだ。
「……以上が、ミュージアムとゾンの戦闘の全てに候」
「なるほど……まるで本気を出していませんね」
超極秘回線で届いた空間タブ映像を観ているコンダクターは、リネッテラという名のアンデッド・テロ組織「死者の国」の幹部の一人だ。
場所は、火星の衛星、フォボスの田舎町である。
ここに「死者の国」の本拠地の一つがあり、リネッテラが責任者だった。
ほとんど明かりの無い真っ暗な場所だが、空間に死者の国のモットーである古代詩曲の一節である「生は暗く、死もまた暗い」が浮かび上がって流れていた。
リネッテラの顔もその姿も、良く見えなかった。声も、ゲントーと同じく男なのか女なのかよく分からぬ、中性的なアルトの声だった。
ただ、これもゲントーと同じように、妙に端整で品があり、とてもテロリストとは思えない。非常に品格や教養を感じさせる、落ちついた声だった。年齢すら判然としない。
「どちらが……でしょうか?」
「どちらもです……ゾンも、ミュージアムも」
「バーデーンでの報告の通り、シュテッタというのは通常ネクロマンシス・コンダクターの能力を超えたものを持っております」
「この娘も……おそらくマエストラル・コンダクターなのでしょうが、その中でも本当に特別な能力を持っているようです。……フフ、まさか、バーデーンでそんなことが行われていたとは……我々もまったく知りませんでした。たまたま、大規模アンデッド戦闘の実験場にあの場所を選んだだけだったのに……」




