5-8 霊波干渉戦
ピーパは、気がつけばわなわなと震えている。
(い、いやいやいや、待て、待て待て待て……! そ、そんなことが……!? 我以外に、そのような力を……!?)
ピーパの使う「霊符」も、魂魄子理論に基づいて自らより分離した霊鎖の一部を使用し数々の超常効果を出しているアイテムと能力だ。それに近いことを行っているとしか、考えられない。しかし、どうやって? ピーパの能力は、彼女だけに組まれた特殊なプログラムによる。同じ力を有しているアンデッドは、他にもいるにはいるが、全てピーパと同じ会社で設計・製造されている。
だが、ピーパは、ゾンなんか知らぬ。まして、辺境植民惑星で造られたらしいというのに。
(そ、それはそうと、シベリュースを救わねば……!)
しかし、ピーパは動けなかった。得体が知れなさ過ぎる。
ゾンが白濁した眼で、そんな物陰の気配を探るように首を傾げた。
少し時間は戻り、アルトナが逃げる客にまぎれてミュートを離れ、シュテッタのところへ向かったころである。
「ドミー? 行ってくるから。リリの指示の元、自由戦闘開始ね~!」
「わ、わかった、そっちも気をつけて……」
霊感通信を切ってアルトナが通りを走り、ふと気配にふり返ると、ちょうどリリが出現してポルカへ立ちふさがっていた。
アルトナを見送り、ドミナンテはリリの邪魔をせぬよう、さらに暗がりへまぎれる。シベリュースと同じく霊肉を得て実体化しているが、本来は泣き女だ。亡霊は、気配を完全に消すことができた。そこで立ちつくしたまま、ずっとグズグズと泣いている。派手な踊り子の装束や髪飾り、腕飾りが、むしろ悲哀さを醸しだしていた。
つまり、このすすり泣く声によって、霊波干渉を行っているのだ。
店内の火事はさらに広がっており、窓から濛々と黒煙が立ち上り始めた。
その窓から、いきなり何者かが飛び出てきて、目の前に着地したので、ドミナンテは驚いて引きつったような声をあげ、固まった。が、何者かはドミナンテには気づかずに、あっと云う間にどこかへ走り去ってしまった。
ベリーの指示を受けた、アユカだった。
ドミナンテはさらにボロボロと涙をこぼし、
「……っくりしたあ……な、なんなの、あ、あ、あいつもアンデッド……?」
あんなやつ、いたっけ……と思いつつ、泣きながら胸へ手を当てる。別に心臓がドキドキしているわけではないが、つい、人間ぽい仕種をしてしまうのだった。
「……霊波妨害を行う敵二型を発見。これより……排除します」
そうベリーへ霊感通信をおこなうや、ドミナンテの背後からいきなりカノンが殴りかかった。
「!!」
霊圧の変化を察知し、素早くドミナンテが黒髪やベールをひるがえしてカノンの攻撃を避ける。大きく宙を舞って着地し、身構えた。真っ赤に泣きはらした驚きの眼で、カノンを凝視する。
(ハッ……ハ、ハイゾンビ!? どうやって私を……!?)
(……なんだ……こいつ……)
対アンデッド戦闘は、相手の種類を見極めるところからはじまる。相手の特性によって、攻撃や防御、対処方法が異なるからだ。カノンが鳶色のボサボサ前髪の合間から、じっとりとした眼をドミナンテへ向けた。
(ゾンビでも、グーラでも無い……ゴースト系でも無い……でも、霊波長がポルカ姉さんの確認したスケルトンと同じだ……!?)
スケルトン=バンシーという、おそらく世界でもドミナンテだけの、一点ものの諜報・強行偵察専用体だ。昼間のスケルトン形態では、通常のスケルトンと異なり全身バラバラでも活動できる。骨片の一つ一つまでが独立して転がりながら動けるため、どんな隙間や物陰にも隠れることができる。夜の霊肉を得たバンシー形態では、こんな古代の砂漠の踊り子という、正直諜報には不釣り合いな姿ではあるのだが……二型の特性を活かし主に霊波攻撃を行う。
(なんで……人間みたいに泣いてるの……? どういうアンデッド……?)
バンシーを初めて観察するカノンが戸惑う。
「…………」
ドミナンテ、そのまま周辺に霊波の歪みを作り、その中にまぎれようとした。
「……させない!」
それをカノンが、同じく霊波攻撃で妨害する。
驚いたのはドミナンテだ。
「なっ、なに、こいつ……! 一型ハイゾンビじゃないの!?」
二型に匹敵する出力で、カノンが霊波振動をドミナンテへ向けたのだ。
(えっ、まさか二型!? 情報とちがう……)
また涙があふれる。手で眼をぬぐい、うぐうぐと泣くほどに出力が上がる。ドミナンテも、霊波干渉を仕掛けた。互いの干渉系霊振動波で、周囲の空間が揺れ始める。
「うわっ……!?」
カノンがたじろいだ。さすがに二型がフルで霊波干渉を行うと、カノンには厳しい。




