5-3 アンデッドのにおい
「御意」
簡易ながらピーパが両手を合わせて礼をし、リリも頭を垂れた。
蒸し器から、さっそく湯気が上がってきた。
(ここが、『ミュート』か~……)
ラフなパンツスタイルにキャップをかぶり、ツインテールをポニーテールにして、ガムを噛みながらアルトナがミュートを訪れたのは、三日後の十九時だった。夜間時間で照明が落ち、北緯が高いこともあって九月ではもう真っ暗だった。
事前に買ったチケットを空間メモで出し、承認されて店内に入る。
そのチケットチェックポイントでは、ベリーがドリンク片手に客を出迎えていた。地上なら完全に無人で行われる作業だが、アナログなことに「ミュート」ではオーナーであるベリーが自ら直に客を出迎えている。
(……あれ、今の人……)
ベリーが、ふとアルトナに目を止めた。アルトナは何も気づかず、サッとスタジオに入ってしまった。
(アンデッドのにおいがする……あんな同業者、いたっけ?)
そう思いつつ、一瞬、目をつむって「におい」を分析した。
(乙二がメインだけど……かすかに甲……それも一型のにおいが混じってる……)
そこで、ピンときた。目を開け、
(ははあん、さてはアイツが、報告にあったミュージアムの工作員かな?)
腕を組んで、片眉を上げた。
(だあめねえ、自身が潜入するなら、アンデッドのにおいは完全に消さないと……。どこに誰がいるのか、わかったもんじゃないんだから。アンデッド・エージェントの基本のキじゃん。甘いなあ。知ったこっちゃないけど)
そしてまた、ポツポツと現れる客に愛想を振りまきはじめた。
ベリーが自ら客を出迎えるのは、念のため、こういうことに備えての事だ。
アルトナも仕事とは別に、マンオークの地下にちょっと話題のアンデッドバンドがいるというのは知っていた。体感配信で聴いたこともあったし、なかなか良いと思っていた。それを実感で味わえるのは、役得だと思った。
(どれどれ……どんなもんかな~)
この時代の、特にアルトナのような仕事をしている人間はすべからく電脳手術の他、大なり小なり魂魄子理論に基づいて霊鎖を操作する霊能手術も行っている。ライブスタジオでアルコールを含むドリンク片手の三十人ほどの実体験客のほぼすべてが、霊感通信の波長を合わせるために空間タブレットを開いていた。霊能手術をしている者は、自動で合う。アルトナの他にも三人ほど、霊能手術済みと思われる客がいたが、アルトナは偽装のためタブレットを開き、霊波を合わせるふりをした。
やがて、ステージにゾンビシスターズが現れる。別に楽器を持っているわけではない。が、所定の位置につくや、周囲にプログラムが展開し、三管オーケストラにも匹敵する重厚な音が再現される。それが圧縮され、とんでもない速度と音圧で一気に客の魂魄領域まで届く。
「うわあ! さすがに近いとスゴイなあ~!」
アルトナも思わず声が出た。やはり、配信体感とは違う。
「ハーイ! 今日は新曲の発表でー~ーす!!」
ポルカの高い声と共に、歌とも音と律動のカオスとも云えぬ音塊が、視覚的霊感的感応を伴ってドガドガと客の精神層最深部まで浸透する。これは、この時代の人間にしか認知できない代物だ。
アルトナがそれを味わいつつ空間タブでライヴ配信の視聴人数を確認すると、世界中と月面、一部の植民惑星の合計で八千人ほどだった。マイナー地下バンドにしては、多いほうだろう。もちろん、みな課金している。
(へえ~! 植民惑星なんて、高いだろうに~)
次元反転技術を使うので、光年単位で配信を飛ばすのは単価が高い。
アルトナは仕事を忘れて、そのまま何曲かぶっ続けでライヴを楽しんでしまった。
ふと、
「ちょっと、アリー! あ、遊んでないで、仕事してちょうだい!」
既に泣き声のドミナンテから、霊感通信が入った。いまは夜間帯なので、あの目立つ砂漠の踊り子姿でどこかに隠れている。
「おっと、そうでしたあ~……」
アルトナは空間タブの隅に霊波出力計を作動させ、こっそりシスターズを試験計測してみた。
(どれどれ~っと。……真ん中が、霊出力五二五〇から三〇〇エブ……霊波は六八〇イフォーク。右が五二〇〇くらいに、七一三……奥の小さいが、四八八〇エブに……六九五イフォーク……と。乙一なら、こんなもんかな。瞬間最大は、六、七〇〇〇てとこか……。シベリュースより、ちょっと低いくらいかな。計測状況は、特に異常な~しっと)
そして、ドミナンテへ指令を出した。
「もし? ドミー? 作戦開始~」
「りょーかい……」
返事があるや否や、パツン、とハウスの電気が落ちた。




