5-1 ミュージアムのエージェント
「そうです。第一次及び第二次アンデッド大戦、そして戦後一七〇年間、一切の製造記録がありません。製造者、製造番号、製造場所も一切不明ですし、使用記録もありません」
マーラルと共にソファに座って資料を説明している女性は、濃い黒褐色の肌にクリームイエローの髪と眼をしている。名はトゥールーズ。三二歳。ダイニングでテーブルの近くに歩哨のように突っ立っている乙一型マミー、シベリュースのマスターである。いまは夜間のため、シベリュースはミイラから霊肉を取り戻し、素っ裸に包帯を巻いた、やたらと肉感的な金髪女になっている。それだけ見れば、半露出狂の変態だった。
「そんなことって、本当にあるんだね。で、試しに突ついてみた感じはどうだった?」
「どうだったもなにも、足踏みだけで蹴散らされちゃったんですけど~」
マーラルの問いに太い両眉を八の字に下げてそう口をとがらせたのは、薄い灰茶髪をツインテールにした、眼が大きく地味な顔だちの女性だった。名をアルトナ。二三歳。二体の甲型と共にテーブルについている乙二型スケルトン=バンシーのドミナンテを使うコンダクターだ。
ドミナンテも、夜になり「泣き女」であるバンシーの姿になっている。と、云っても、死装束のゴーストのそれではなく、シベリュースのように霊肉を取り戻すタイプだった。超古代装束の、砂漠の踊り子のような姿だ。薄い褐色の肌と切れ長で二重の黒い眼、高い鼻、艶やかな長い黒髪に、スレンダーな身体の一部を覆っただけの服と、ジャラジャラと鳴るたくさんの飾り物しか身につけていない。テーブルに両肘をついて両手を顔にあて、泣き女らしく、グズグズとひたすら泣いている。
三人と四体とも、エルタース州の超高層都市バーンスティールにあるコンダクターのみを集めた諜報工作機関「ミュージアム」の特殊工作員である。
なお、バーンスティールは現在のコロンビア沿岸部に位置する。
「いくら乙二とはいえ、足踏みだけで撃退されるとは……」
小鼻で笑い、ピーパが針のような殺意に満ちた右眼をドミナンテへ向ける。しかしドミナンテは意にも介さず泣き続け、
「そ、そんなこと云われても……あれはちょっと……ムリな相手でしたわ……」
ドミナンテ、涙が止まらない。手で真っ赤な眼を何度もぬぐい、
「あ、あ、あんなの……わたしには……どうにもなりません……お、お二方も、まともに正面からぶつからないほ、方が……いいと思いますけど、ね……」
「フン……」
ヒグヒグと泣きむせるドミナンテをまた小鼻で笑い、ピーパはグラスを傾けた。正面からぶつかるぶつからないは、彼女たちが決めることではない。
リリが、無言でその深い翠の眼を居間のマーラルへ向けた。
そのマーラル、空間タブを何度も再生し、また動画を止めて角度を変え、ゾンを観察し続けていた。
「じゃ、この、ゾン……って個体名は?」
「マスターのシュテッタが名付けたと思われます」
「どういう意味だろ?」
「ドラゴン・ゾンビのゾンだと推察されます」
「いかにも、子供の発想だね……」
マーラルが、ゾンに続いてシュテッタの動画を見て微笑んだ。薄ピンクのツナギを着ており、これも工事現場で撮影されたものだ。
トゥールーズの説明は続く。
「シュテッタは、十四歳ですが、既に発電素子技術系ナノマシン手術を受けています。したがって、植民惑星の出身です」
「どこかは判明した?」
「おそらく、第十一植民惑星『バーデーン』かと……」
「えっ、あそこ、まだ人が住んでたんだ~!?」
アルトナも驚いた。第二アンデッド大戦で主戦場となり、戦後、民間人は全て引き上げたはずだった。
「人が住んでたってのは、ここ数十年ほど秘匿されてたようだ。大戦から一七〇年くらい経つけど……残ったか、残された人たちが、細々と住んでたんだね。秘匿の理由は……たぶんそれだよ」
マーラルが、腕を組んで難しい顔をする。
「でも、どっちにしろ、とっくに民間航路も途絶えてなかった~?」
「途絶えてるね。宇宙の孤島みたいになってる」
「うわー、すごいとこに住んでたのねえ~……」
アルトナも、シュテッタの映像を見やって、さらに眉を八の字にする。
「そんなとこから、どうやって地球にきたんだろ~?」
「民間機じゃゾンは運べない。あんなバケモノを固縛する檻を持った民間宇宙船なんか、どこにも無いよ」




