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第73話 祝祭パーティー(後)

 立派な正装に身を包んだブロシャン公爵が出てきて、小さな壇に登った。


「まずは今日この日、水霊神の祝福を無事に受けられた事を感謝する」


 お決まりの挨拶が始まる。

 水霊神や、日頃勤めを果たしてくれている家臣や領民への感謝の言葉。それから、これからの神の守護や実りを祈る言葉などだ。

 しばらく話を続けた後、公爵は少し口調を変える。


「既に知っている者も多いと思うが、今回の祭礼では亀の大型魔獣の襲撃を受けた。だが、私も含めその場にいた者たち皆が力を合わせる事で、なんとか犠牲を出さずに魔獣を退ける事ができた。…特に一番の戦功を上げたのが、こちらのエスメラルド王子殿下だ」


 会場中の視線が、横に控えた殿下に集まる。


「王子殿下は、見事な一刀をもって最後に残った巨大な亀の魔獣の首を斬って落とした。まこと素晴らしき武技、勇気である」


 おお、という声と共に拍手が起こる。

 片手を上げて拍手に応えた殿下が一歩前に進み出て口を開いた。


「とても強く恐ろしい魔獣だったが、打ち倒せたのは周りの者に助けられてのことだ。公爵の言った通り、皆が死力を尽くし命を懸けて戦ってくれた」


 一旦言葉を切り、胸元に手を当てる。


「護衛の騎士や魔術師たち、ブロシャン家の者たち、母上、我が従者、そして我が友人。皆に感謝する。こうして今無事に祝えているのは、皆の力と水霊神の加護あってのものだ。そしてこの国の素晴らしき民、豊かなる地、護りたる水。全てに感謝を捧げよう」


 先程を上回る大きな拍手が湧き起こった。

 ややあってから、ブロシャン公爵が手を上げてそれを静める。


「これよりは、水霊神の加護と皆の無事を祝う宴だ。各方(おのおのがた)、自由に楽しんでもらいたい」




 それから、ガーデンパーティーが始まった。

 こういう場では多少の余興なども行われたりする。楽団か芸人を呼ぶのが一般的で、その規模や人数でその領の財力なども垣間見えたりするのだが、ブロシャン公爵家は数人の魔術師を呼んだようだ。

 ある程度の魔術師なら人の目を楽しませるような魔術も使えるし、中にはそういう演芸ばかりを極めた魔術師というのもいるのだ。

 幻術できらきらと光の蝶を飛ばしたり、色とりどりの花を咲かせたり、炎で鳥を形作って羽ばたかせたりしているようだ。


「近くで見なくていいのか?」

「興味はありますけど、別に良いです」


 隣に座っているスピネルに問われ、私は首を振った。

 見世物としては面白いし勉強にもなるが、この足では動きにくいし、無理に見に行くほどではない。


「…それより、いくら何でも量が多すぎじゃないですか?食べ切れますかこれ」


 テーブルの真ん中に置かれた大きな肉の塊を見て、私は少し呆れる。

 料理を持ってくると言っていたスピネルだが、使用人に頼みなんと取皿ではなく大皿ごと大きな牛肉の塊を持って来させたのだ。どう見てもおかしい量である。

 スピネルも私も少しずつ削いで食べているが、なくなる気がしない。


「付け合せばっか食ってるから減らないんだよ」

「いや、貴方じゃないんですからそんなに肉ばっかり食べられませんよ…」


 牛肉の周囲をぐるりと囲っているマッシュポテトやトマトなどの副菜に、スピネルはほとんど手を付けていない。美味しいのに。


「いや、俺もちょっとやりすぎとは思った…まさかこんなでかいのを持って来られるとは…」

「やっぱりですか」


 スピネルから見てもこの量は多すぎたらしい。私に比べればたくさん食べているが、やはりいつも程の勢いはないしな。

 ちょっと気まずそうに目を逸らす。


「まあ、そのうち殿下やカーネリアが来るから何とかなるだろ。…多分」

「多分ですか…」


 残ったら残ったで、使用人たちが食べたり明日の朝食や昼食に回したりできるのだが、あんまり派手に残すのも申し訳ない。

 そうしてもぐもぐ食べていると、向こうから白髪の人物が近付いてくるのが見えた。


「…魔鎌公!」


 青の混じる白髪と口髭の痩せた老人。ユークレースの祖父、先代ブロシャン公爵だ。

 ゆっくりとした足取りで私たちの方へやって来る。


 慌てて立ち上がろうとするが、「よい」と制止された。スピネルと二人、座ったまま頭を下げる。


「少し話がしたくてね。かけても良いかな」

「は、はい!どうぞ!」


 魔鎌公は私の向かいの席へと座った。緊張しながらその皺の刻まれた顔を見る。



「…ユークレースから、魔獣との戦いについて聞いた。ずいぶんと興奮して話しておったよ」

「そうなのですか」


 ユークレースはお祖父ちゃん子らしいからな。きっと、帰ってからすぐ魔鎌公の元に行ったのだろう。


「ユークレース様は、立派に戦っておられました。魔術の腕はもちろん素晴らしかったですし、とても勇敢でした」

「そなたが指示しよく導いておったと、エトリングやフランクリンが言っておった。あの子にとっては得難い、良い経験になっただろう。礼を言う」

「いえ…」


 公爵やフランクリンはずっと後方にいたから、私たちの戦いはよく見えていただろう。


「それに、あの子だけではなく皆をよく守り、戦ってくれたそうだな。そちらのスピネル殿も、大層な活躍だったと聞いておる」

「恐れ入ります」


 スピネルがかしこまって頭を下げた。


「…水霊の加護がある湖のすぐ近くに大型の魔獣が現れるなど、通常は起こらぬ事だ。しかも、近年は人里近くに魔獣が出没する数も増えておる」


 魔鎌公は何かを案じるように、深い藍色の瞳を伏せた。


「…だが、エスメラルド殿下やそなたたちのような若者がおれば…。この国はきっと、大丈夫だろう」


 独白するかのような呟き。

 その響きに何やら不安を覚え、私は魔鎌公の顔を見つめ直した。


「そなたたちの活躍に、これからも期待しておる。よく精進せよ」


 魔鎌公は温かい微笑みを浮かべると、席を立って去っていった。




 その後、幾人かの人々が私とスピネルのいるテーブルを訪れた。

 ブロシャン公爵とその夫人は感謝の言葉を。ビリュイを連れた王妃様はねぎらいの言葉をくれた。

 私たちが怪我人だからか、どちらもあまり長居はせずにすぐに去っていった。


 それからカーネリア様とユークレースも、色とりどりの料理を手に持ってやって来た。


「ちょっと、お兄様!何でこんなにお肉ばっかり食べているの!」

「いや、これはだな…」

「リナーリア様はそんなにお肉はお好きじゃないんだから、ちゃんと気を配らなきゃだめじゃないの。怪我を治すためにも、もっとバランスを考えて食べなきゃいけないわ!」

「ぐっ…」


 スピネルが全く言い返せずにいる様というのは珍しい。

 正直かなり面白かったのだが、顔に出したら絶対怒るので必死に我慢した。


 二人が持って来た料理のうち、特にユークレースが勧めてくれたゆで卵入りのポテトサラダはとても美味しかった。

 それを褒めるとユークレースが勝ち誇った顔でスピネルを見て、スピネルが切れそうになっているので笑いをこらえるのが大変だった。

 睨まれても私のせいではないので知らない。



 最後に殿下がこちらにやって来た。

 今まで他の人たちと挨拶をしていて、なかなか解放されなかったらしい。ヴァレリー様も一緒だ。


「ようやく来たか…助けてくれ、殿下」

「一体どうしたんだ」

「肉が減らねえ…」


 殿下はテーブルの上の大きな塊肉を見て困惑した顔になった。


「…空腹ではあるが、これはさすがに食べきれないぞ」

「分かってる…少しでも減らしてくれ…」

「まあ、努力はするが…」


 殿下はかなりたくさん食べる方なので、ある程度は減らせるだろう。


「私が切り分けますので、少々お待ち下さい」


 ヴァレリー様がそう言ってナイフを手に取る。気の利く方だ。


「厚切りと薄切りどちらがお好みですか?」

「では、厚切りで」

「ソースはこっちな。こっちのサラダを合間に食べるといいぞ」


 スピネルがあれこれと皿を寄せていく。完全に殿下に押し付けていくつもりだな…。

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