第71話 治療と傷痕
水霊神の祭礼の後に突如起こった、亀の大型魔獣の襲撃を受けるという事件。
前世での記憶とは違い、より強力な三つ首の魔獣になっていたが、何とか今度は誰も犠牲者を出さずに済んだ。
護衛の騎士のうち数名が深手を負いはしたが、すぐに治癒魔術を受けられたおかげで全員命に別条はないらしい。
戻ったブロシャン公爵屋敷には危急の連絡を受けて医術師が集められていた。
魔術師が多く滞在している土地なので、短い時間でもすぐに集められたらしい。
負傷者はそこで改めて医術師から本格的な治療を受けたのだが、心配なので足の痛みをこらえつつスピネルの治療に付いて行こうとしたら「付いて来んな!お前こそ治療受けてこい!」と怒られてしまった。
思ったよりも元気なので少しだけ安心した。
万が一にも私を庇って死ぬような事があったら悔やんでも悔やみきれない。
スピネルは私にとっても殿下にとっても大切な友人だし、これからも殿下の従者でいてもらわなければ困るのだ。
私の治療に当たったのは女性の医術師だった。気を遣って女性を呼んでくれたらしい。
折れた足首には一応その場で自分で治癒をかけておいたのだが、骨への治癒魔術は内臓の傷程ではないものの効きにくい。
改めて治癒をかけてガチガチに患部を固められた上で、普通に歩けるようになるまでに10日。完治にはさらにその倍はかかると言われた。
これは結構落ち込む。学院には歩けるようになってから行った方がいいかもしれない。
殿下とカーネリア様、ユークレースはそれぞれかすり傷程度。
後方にいたブロシャン公爵が多少の怪我をしたようだが、これも深手ではなかったらしい。
結局主立った貴族で大きな怪我を負ったのは、スピネルと私くらいのようだ。
治療後ブロシャン家の使用人に付き添われて別室に行くと、殿下やスピネル、カーネリア様と、ブロシャンの3兄弟がいた。
テーブルには昼食代わりらしい軽食が並べられている。
「リナーリア様!大丈夫なの!?」
真っ先に声を上げたのはカーネリア様だ。私が松葉杖を突いているので驚いたらしい。
「左の足首が折れてしまっていて…。でも、10日もすれば普通に歩けるそうです」
「そ、そうなの…」
皆がほっとしたような心配するような複雑な顔をする。
「しばらく大変だろうけど、その程度で済んで良かったよ。…後で父上たちから改めて礼を言うと思うけど、君は本当によくやってくれた。有難う」
立ち上がったフランクリンが頭を下げる。その表情からは心底私を案じている様子が感じられた。
彼は戦いの間後方にいたが、公爵と一緒になって怯むことなく魔術を使い、王妃様やヴァレリー様をしっかりと守っていた。普段は軽いけれど、やる時はやる人なのだなと思う。
彼がいる限り、今後もブロシャン公爵家は安泰だろう。
ヴァレリー様とユークレースも、彼に倣って頭を下げた。
「…それで、スピネルの傷はどうですか。大丈夫なんですか?」
ちょうど隣になったスピネルの様子を覗き込む。
「問題ない。傷は塞いであるし、3~4日も安静にしとけば大丈夫だと言われた。お前の方がよっぽど重傷だ」
「3~4日!?」
結構な深手だったので、それだけで良いのかと驚く。
「お前とは鍛え方が違うんだよ。それに傷を負った直後の治癒魔術の腕も良かったって言って…おま、何服をめくろうとしてんだよ!!」
「いえ、傷の様子を見ようかと思いまして」
「思うなよ!見んな!」
「だって、傷痕が残っちゃうんじゃないですか?私の魔術では、応急手当しかできなかったと思いますし…」
しょんぼりと肩を落とすと、スピネルは半眼になって見下ろしてきた。
「俺は男なんだから、傷痕くらい残っても何ともねえよ。そもそも普段は見えないとこだろが」
「という事はやっぱり痕が残りそうなんですね。見せて下さい」
「だから何で見たがるんだよ!女らしくしろって何回言ったら分かるんだお前は!」
「……」
確かに貴族令嬢として、男の服をめくろうとするのはまずかった。私は少し反省する。
「分かりました。では口頭で傷口について説明をお願いします」
「…俺は一応お前を助けた立場のはずだよな?何でこんな辱めを受けなきゃならないんだ?」
「辱めとはなんですか!人聞きの悪い!」
「人聞きを気にする前に人目を気にしろ!!」
「あ」
言われて周りを見回すと、呆れ顔が半分で苦笑い顔が半分だった。
「…し、失礼致しました…」
微笑んで誤魔化してみたが、即座にカーネリア様に突っ込まれた。
「リナーリア様。もう手遅れだわ」
「リナーリア様とスピネル様は仲が良いんですねえ」
「い、いえ…」
ヴァレリー様に笑いながら言われ、流石に恥ずかしくなる。
「この二人はいつもこの調子なんだ」
殿下までそう言い、スピネルが不機嫌そうな表情になった。
「…俺は部屋に戻る。疲れたし少し寝る」
「あ、そ、そうですよね。すみません…」
元気そうに見えても、あれほどの怪我をした後なのだ。傷自体は塞がっても、失った血はすぐには戻らない。
「…気にすんなっての。魔獣の相手よりお前の相手のが疲れるんだよ」
スピネルはふんと横を向いた。意地っ張りな男だ。
「夜には予定通り、水霊祭の祝祭パーティーを行う事になっている。もちろん無理はしなくていいけど、少し顔を出してくれると嬉しい。君たちは皆、今回の功労者だしね」
そう告げたフランクリンに、スピネルは「分かった」と言って立ち上がる。そして、ぽんと私の頭に手を乗せてから去って行った。
…気を遣わせてしまったな。
そもそもスピネルがここにいたのも、私の治療が終わるのを待っていたんじゃないだろうか。
「大丈夫だ、リナーリア」
横から声がして、私はそちらを見た。殿下だ。スピネルの後ろ姿を見送ってから、私の方を向く。
「スピネル自身が気にするなと言っているんだ。気にしなくていい」
そう言って少しだけ笑う殿下に、私は小さくうなずいた。




