第64話 公爵家の子供たち(後)
その後訪れたのは、ブロシャン魔術師塾だ。
名前の通り魔術師を育成するために作られた私塾だが、小さな学校と言える規模がある。
ここは年齢や身分を問わず入学でき、魔力量や素質に応じて奨学金が貸与されるので、平民や貧しい者でも優れた才能さえあればここに通うチャンスを得られる。
一定期間通い試験に合格すればブロシャン公爵公認の修了証がもらえるので、そうすれば魔術師として就職先には困らない。それから数年かけて給料の中から奨学金を返していく仕組みだ。
魔術師系の貴族の中にも魔術の研鑽を志し、ここに入りたがる者は結構いる。
校舎の中で授業風景をいくつか眺めた後、校庭の訓練場に行く。
土の魔術訓練をしているグループと、剣を振るいつつ魔術を放つ訓練をしているグループがいるようだ。
年齢はバラバラだが、私とそう変わらない歳の者が多そうに見える。
「ここには騎士も所属しているんだな」
そう言った殿下に、フランクリンが答える。
「はい。少数ではありますが、ここには自身の魔術を向上させたい騎士も所属しています」
「最近はたまにいるんですよ、魔術が得意な騎士も。そういう騎士を集めて部隊を作ろうとしている領もありますし。育成にお金がかかるので、なかなか難しいみたいですが」
またヴァレリー様が補足してくれた。この手のことにはさっぱり興味がないご令嬢もいるので、ちゃんと勉強しているらしい彼女に少し感心する。
一言で騎士と言っても色んなタイプがいて、ごく少数ではあるが高度な魔術と剣術を両立させている者もいるのだ。
高い素質と習熟のための長い期間を必要とするのでなかなか育てられるものではないが、成長すれば強力な戦士になれることは間違いない。
「剣と魔術、両方やった所で中途半端になるだけだ」
ユークレースはここでも文句を言ってきた。
決して態度を改めようとしないその様子にはいっそ感心する。私がいちいち反論するせいで余計意地になっているのかも知れないが。
「私はそうは思いませんね。学ぶことは決して無駄にはなりません」
今回も反論してやると、案の定ユークレースは無言で私を睨みつけてきた。
「確かに、剣と魔術どちらかを極めた者に比べれば中途半端になるかもしれません。ですが先程殿下が言われた通り、見識を広げることに意味があるのです。どちらについても知識を持つ者が間にいる事で、円滑に連携が行える事は多くあるはずです」
「…お前、さっきからうるさいな」
低くそう言ったユークレースに、フランクリンが困った顔になる。困ったと言うか、焦ったような顔だ。
「お前、水魔術師か?さては支援魔術師だろ。だから騎士の肩を持つんだな。しかもそうやって王子にすり寄って、結局一人じゃ何もできないからなんだろう。下らないな。弱い女魔術師の考えそうな事だ」
…ほほう。今のはなかなか頭に来たぞ。
彼の方から突っかかって来るように仕向けているのは私だが、今の発言はいかにも腹に据えかねる。
「支援魔術師だから何だと言うのです?魔術において男と女に何か違いがありますか?それに貴方はずいぶんと騎士を見下しているようですが、そもそも騎士がいるからこそ私たちは魔獣と戦えているのですよ」
「そういう所がすり寄っていると言うんだ。騎士より魔術師の方がずっと貴重なんだ。あいつらに大きい顔をさせる必要なんてない」
「騎士と魔術師はお互い助け合うべきものです。おもねる必要はありませんが、かと言って敵視する必要もない」
「そうしていたら付け上がるのが騎士だ!」
「殿下は違います」
怒るユークレースに、私はきっぱりと言い切る。
「殿下はちゃんと魔術師にも敬意を払って下さいます。殿下だけではありません。魔術師の立場を守り、尊重してくれようとしている騎士はちゃんと存在します」
例えばブーランジェ公爵だ。自領の魔術師部隊には騎士団と同じ給金を払っているし、その態度にも敬意が見える。
これらは国王陛下と、ユークレースの祖父である魔鎌公が、フェルグソンに対抗し魔術師の地位を向上させようと努力をした結果でもあるはずなのだ。
その功績を、彼も知っているはずだろうに。
どうしてこう偏った考えを持つようになったのかは分からないが、そもそも彼はまだ子供だ。先入観で騎士への印象を決めてしまうのは早いと思う。
「お前は結局王子の庇護を受けているからそう思うだけだろ。僕にはそんなもの必要ない」
「…ではユークレース様は、魔術師の価値はどこにあると思いますか?」
突然尋ねられ、ユークレースは戸惑った表情で返答に詰まった。それに構わず、私は言葉を続ける。
「人の役に立つ事。多くの人々の命を、生活を守る事だと私は思います。騎士だの魔術師だのという些事に囚われていては、その使命は果たせません。
お互いに敵視し合って、それで何ができるというのですか?足を引っ張り合うのがせいぜいでしょう。助け合い連携する事でより多くの命を救えるのなら、つまらない意地など捨て去るべきです」
「……」
何も言い返せずに悔しげに黙ったユークレースの水色の目を、私は見つめる。
「何より、そうして視界を狭めることでユークレース様自身の成長の幅も狭めています。私はそれが残念でなりません」
「何だと?何故そんな事がお前にわかる」
「貴方よりは多くの人に触れ、多くの見識を得ているからでしょうか」
「…まるでお前の方が僕より優れているみたいだな。それが魔術の腕に何か関係あるのか?」
苛ついたようにまたこちらを睨んだユークレースに、私はわざと煽るように言ってやった。
「関係あると私は思っていますよ。現に私はこれでも、王宮魔術師のセナルモント先生に望まれて弟子入りをしております。それなりの腕は持っているつもりです」
実際は弟子入りはタルノウィッツの事件のせいでつい先日なし崩し的に決まった事なのだが、別に嘘は言っていない。
一応、元々誘われてはいたしね?
「…何なら、どちらが優れているか試してみますか?」
笑みを浮かべて、挑むように私は言う。
こうすれば彼は決して退かないだろう。その事を分かっていて、あえて挑戦的な表情を作ってこの言葉を投げつけた。
思った通り、ユークレースはその目に怒りの炎を宿して私を見る。
「…いいだろう。やってやる。魔術戦で勝負だ」
魔術戦とは魔術師同士で行う試合方法だ。
複数人同士でやる場合もあるが、今回は私とユークレースの一騎打ちだ。
勝敗は審判が決めるが、どちらかが参ったと言うか、魔力切れになった時点でも終了だ。
使う魔術は攻撃、拘束、精神干渉など何でもありだ。
当然命に関わるような魔術は禁止だが、魔術の威力を大幅に減衰する結界内でやるし、結界と連動して魔術のダメージを防ぐ効果がある専用のローブも着用するので、安全はほぼ保証されている。
多少の怪我は負ってしまうものだが、この結界内に限り治癒魔術で対処しきれないほどの重傷にはならない。
魔術の修練用として開発されたこの結界の魔導具は結構貴重なのだが、ブロシャン魔術師塾には置いてあるのでちょうど良かった。
場所と魔導具、それからローブを借りて魔術戦を行うこととなった。
「ユーク、まずいってこれは。相手はお嬢さんなんだぞ」
「勝負を持ちかけてきたのはあっちだろ」
フランクリンはかなり慌てているが、ユークレースは聞き耳を持たないようだ。私とは少し離れた場所で、準備を始めている。
傍のヴァレリー様も困った顔ではあるが、基本的に静観する構えのようだ。
「リナーリア、大丈夫なのか。あいつの噂はお前も知ってんだろ?」
試合用ローブに袖を通して出てきた私に、スピネルが小声で話しかけてくる。
「もちろん知っていますよ。彼が本物の天才であることくらい。…私など、才能においては足元にも及ばないでしょうね」
そう、ユークレースは魔術の天才だ。
恐らく、歴代のブロシャン公爵家の中でも一二を争うほどの。
彼は抜きん出た魔術センスであの年齢にして多数の高等魔術を修め、三重魔術すら会得し、絶大な魔力量を持っている。将来は王宮魔術師団の筆頭魔術師にだってなれるだろう。
周囲の期待を背負い、そんな自分に自信を持っている。
あくまでそこそこの才能、努力をしてようやく一級魔術師になれた私とはものが違う。
…前世でも彼と魔術戦を行った私は、それをよく知っている。
「それなのにやるってのか?」
「ええ。いくら彼が天才でも、今はまだ私の方が強いはずです」
こちらを睨んでいるユークレースを静かに見つめ返す。
前世で、王宮魔術師の弟子と力比べをしたいと言ってきた彼に私は負けた。
才能の差や慣れない魔術戦への戸惑いもあったと思うが…それ以前に、勝負への迷いがあったからだ。
従者の私が、年下でしかも将来を嘱望されている公爵家の次男に、どこまで本気を出していいのか分からなかった。正直なところ、彼の力を侮ってもいた。
雑念と油断。勝負においてはどちらか片方ですら命取りになるものだ。
だけど私はあの時、もっと全力で彼に挑むべきだったのだ。
そうすれば一矢報いて、わずかなりとも彼の心を変えられたかも知れない。彼の運命を変えられたかも知れないと、後々まで悔やんだ。
…二度とあのような後悔はしない。
「何か考えがあってやっているんだな?」
そう確認するように尋ねてきたのは殿下だ。
「私はいいと思うわ!あの子生意気なんですもの、やっつけちゃってもいいわよ!」
内心かなり腹を立てていたらしいカーネリア様は勝負に賛成のようである。
私が負けるとは全く思ってないらしい。
「…まあ、結界があるから安心か」
スピネルは何やら諦め顔だ。
「大丈夫ですよ、3人とも」
今の私はあの頃よりもずっと強い。
何よりあの時とは違い、彼を倒すという覚悟がちゃんとある。
自信を持って3人にうなずいてみせる。
「ちゃんと手加減した上で、彼をこてんぱんにのして差し上げます」




