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第63話 公爵家の子供たち(前)

「ここがブロシャン公爵領自慢の魔導図書館です。魔術書の数では間違いなく王国一ですよ」


 にこやかに紹介され、大きく周囲を見回す。

 本当にすごい数の本だ。様々な魔術書が、分類別や年代別にきっちりと整頓され並べられている。


「リナーリアちゃんは本好きなんだよね。ここは気に入ってくれたかな?」

「はい。聞きしに勝る蔵書数ですね。とても素晴らしいです」


 誰がリナーリアちゃんだ馴れ馴れしい。…という内心はおくびにも出さず、私は微笑みながら答えた。



 今日はブロシャン公爵領に到着した、その翌日だ。

 殿下、スピネル、カーネリア様、私の4人は、年の近いブロシャン家の子供3人から案内を受けながら、領の様々な施設を見学している所である。少し離れた所に護衛もいる。

 ちなみに王妃様は公爵屋敷に逗留中だ。王妃様と王妹であるブロシャン公爵夫人は旧知の仲で親しいのである。


 先頭に立って歩きながら私たちを案内してくれているのは、長男でブロシャン公爵家嫡男のフランクリン。たった今私に話しかけてきた男だ。

 歳は18で、私の2つ上。学院の上級生だが、あまり接点はないので今まで特に親しくはしていない。

 魔術師としてはせいぜい中の上と言った腕で、明るいと言うより軽い態度が目立つが、人当たりは良い。

 それに、公爵家の嫡男だけあって座学の成績の方は優秀だったはずだ。


「カーネリアちゃんはどう?あんまり興味ないかな」

「そうですね、私は魔術はあまり得意ではないですし…。でも、とてもすごい施設だとは思いますわ。魔術書ばかりこんなに集めるのは大変でしょう」

「代々のブロシャン公爵が少しずつ集めたものだからね。ここを目当てにうちの領に来る魔術師も多いんだよ」


 一応は王子殿下を案内するという名目のはずだが、明らかにカーネリア様や私に話しかける回数が多いあたり、フランクリンは何とも分かりやすい男である。

 だが彼はある意味安全な男なのだ。と言うのも、彼はこう見えてかなりの愛妻家なのである。

 フランクリンには少々嫉妬深い性格の恋人がいるのだが、彼はその恋人にぞっこんなのだ。

 今は学院在籍中なのでまだ婚約者だが、前世では卒業後すぐに結婚していたはずだ。


 カーネリア様に馴れ馴れしくされてもスピネルが特に気にする様子がないのは、彼の恋人の存在を知っているからだろう。

 確か前世のフランクリンとスピネルは結構親しかった気がしたが、今世では学年が違うのでそうでもないらしい。

 でもきっと気が合うだろうなと思う。



「王子殿下やスピネル様はどうですか?魔術書には興味はありますか?」


 ニコニコと笑いながら、身体を弾ませるようにして振り向き殿下たちに尋ねたのは、フランクリンの妹のヴァレリー様だ。

 弾ませるようにと言うか、実際ある一部分がぼよんと弾んでいる。とてもすごい。私より1歳下の15歳のはずだが、見事なボリューム感だ。

 ふわふわした癖毛と上目遣いの似合う可愛らしい容姿も相まって、かなりの破壊力を出している。

「将来有望だな…」とぼそっと呟いたのはスピネルだ。将来絶望で悪かったな。


 しかしヴァレリー様はどちらかと言うとスピネルより殿下に興味がありそうだ。

 前世でもそんな素振りだったのだが、その後の諸々で結局疎遠になってしまっていた。

 良縁だと思うので今度こそ彼女には頑張って欲しい。

 どうも殿下は華奢なタイプの方が好みっぽいフシがあるのだが、そこまでこだわりがある訳でもなさそうだったし、大きくて困ることはあるまい。


 ヴァレリー様に魔術書について尋ねられた殿下は、近くの本棚へと目をやる。


「そうだな。俺はあくまで剣士だが、魔術に対して知っておく事は重要だと考えている。戦いにおいて魔術師との連携の役に立つのはもちろん、見識を広げることそのものにも意味がある。様々な役に立つからな」

「まあ、殿下はさすがですね!魔術師への理解も深めようとなさってるなんて」


 ヴァレリー様は笑顔で殿下を褒め称えたが、殿下はちらりと私の方を見る。


「リナーリアから教わったことだ」


 えっ。そこで私の名前を出すんですか。


「…まあ!そうなんですか!リナーリア様もすごいです…!」


 相変わらずのニコニコ顔で私の事も褒めるヴァレリー様。内心はよく分からないが、少なくともトリフェル様あたりより数枚上手だろうと思う。

 そして殿下…。うなずいてる場合じゃないです。


「殿下は女心が分かっていませんね…」


 そうこっそり呟くと、なぜか隣のスピネルが絶望的な顔で私を見た。


「何ですか?」


 今は胸の話はしていないぞ。

 そう思ってスピネルを睨んだが、頭痛をこらえるような仕草で目を逸らされた。なんだよ。

 カーネリア様が同じ顔をしているのが非常に気になる。

 前から思ってたが、この二人意外に似たもの兄妹じゃないか?



「…ふん。騎士が魔術師を理解しようとしたって無駄だ。どうせ分かりっこない」


 一番後ろから刺々しい声が上がり、私たちはそちらを振り向いた。

 前髪の一房だけが白くなっている特徴的な青い髪の小柄な少年。

 ブロシャン公爵家の次男にして末っ子、ユークレースだ。

 ヴァレリー様よりも1つ下、私からは2つ下の14歳。神経質そうな水色の目でこちらを睨んでいる。


「どうして分からないと思うんですか?」


 あえて尋ね返すと、ユークレースは不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。


「騎士だからに決まってるだろ。あいつらはどうせ魔術師の事なんか、便利な道具にしか思ってない」

「まあ…」


 私はいかにも困ったような顔を作って頬に手を当てた。

 彼の言う事はある意味正しい。そのように思っている騎士も確かに一部存在する。が、しかし。


「そんな風に騎士の事を語れるほど、ユークレース様は騎士について理解してらっしゃるのでしょうか」


 私の言葉に、ユークレースがぎっと眉を吊り上げた。


「なんで僕が騎士を理解する必要があるんだ」

「自分が相手を理解する努力をしていないのに、相手が自分を理解していない事を責めるのですか?」

「なんだと」


 ユークレースがさらに私を睨んだ所で、「まあまあ」と言いながらフランクリンが割って入った。


「それより、次は魔石の精製工場に行こうか。あそこは少し暑いけど、磨かれた魔石はとても綺麗だよ」

「あら、それは楽しみだわ。ぜひ、案内をお願いします」


 空気を読んでカーネリア様がにっこり笑う。

 ユークレースはふんとそっぽを向き、私は微笑んでうなずいた。




 図書館を出て歩きながら、スピネルがちょっと呆れたような顔で私を見る。あまり波風を立てるなと言いたいのだろうが、今は無視だ。

 悪いと思うのは主にフランクリンに対してだ。先程から、不満を漏らしているユークレースに対し私が煽るような言動ばかりしているから、フランクリンは内心困っているだろうと思う。


 今日一緒にいるブロシャン公爵家の子供3人のうち、ユークレースだけは明らかに不満顔で私たちに付いて来ている。

 せっかく王子殿下が自領に来ているのだから、この機会に親交を結んでおけと父や祖父に言われ、仕方なく来ているのだろう。


 ユークレースは元々社交嫌いとの噂だ。もう14だが、パーティーにもお茶会にもほとんど顔を出さない。

 前世でもその傾向が強かったが、今世ではさらに酷く王都に来ることすら嫌がっているようで、領地からなかなか出てこない。

 おかげで、もっと早く面識を得ておきたかったのに今回が初対面になってしまった。

 私が王宮魔術師団に通っていたのは、あそこならあわよくば彼に会えるのではないかという期待もあったのに。



 魔石の精製工場は、フランクリンの言った通り少々暑かった。

 魔石は魔力を溜めるという変わった性質を持つ透明な石だが、磨き上げる際には魔力を通した特殊な水を使う。

 この水はある程度温度が高い方が魔石の品質が安定するので、工場内はどうしても水蒸気で蒸し暑くなってしまうのだ。

 階段を上がり、少し高い場所から人夫たちが忙しなく働くさまを見下ろす。


「魔石ってこんなにたくさん作られているものなのね」


 カーネリア様が感心したように言う。


「新しく磨き上げている魔石は半分くらいかな。ここでは古くなった魔石の再加工も行っているんだ。魔石は繰り返し使うとだんだん濁っていって魔力を溜める力が失われていくけど、再加工する事である程度その力を取り戻せるんだよ」

「この再加工技術は、我がブロシャン領独自のものなんです!」


 フランクリンが解説してくれ、またぼよんとしつつヴァレリー様もそれを補足する。

 しかし、ここでも文句をつけたのはユークレースだ。


「魔石なんかが必要になるのは魔力が足りないからだ。無能な奴らが頼るためのものだ」

「…あら。魔石は様々な魔導具にも利用されていますよ?ご存知ありませんか?」


 首を傾げながら私がそう言うと、ユークレースが噛み付くように言い返す。


「そんな事くらい知ってる!それだって結局、魔力が足りない奴らの補助をするためだろ!」

「そうだとしても、それの何が悪いんですか?力というのは、どこから引っ張ってきたかよりも、どう使うかが大事だと思いますが」

「…うん、うん!二人の言う事はどっちも最もだと思うよ。色んな見方があるよね!」


 すかさずフォローに入るフランクリン。

 きっともううんざりしてる頃だと思うが、未だに顔に出していない所はすごいと思う。さすがは未来の公爵だ。それとも、こういう弟の態度への対応には慣れているのかな。

 殿下はちょっと困った顔をしている。私がわざとやっているのが分かっているからだろうな。すみません。

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