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第62話 ブロシャン公爵領

 ブロシャン領はヘリオドール王国北部に位置している公爵領だ。

 多くの自然に囲まれ、大きな森と美しい湖がある風光明媚な場所だが、高品質な魔石の産出地としても知られている。

 主な産業は魔導具や武器・防具、宝飾品などの生産。あまり農業には向かない土地柄なのだが、工業の方で成功し財を成している。

 公爵は代々優れた魔術師であり、魔術師や魔導師、さまざまな職人の育成にも力を入れている。


 このヘリオドール王国において、貴族の多くを占めるのが騎士だ。

 ヘリオドール王国の前にあった国はこの島の常として魔獣災害で滅びたのだが、その際に力のある魔術師は大半が死んでしまった。

 生き残った騎士達が力を合わせて建国したのがヘリオドール王国で、長く騎士が支配する体制が続けられてきたのだが、唯一建国当初から魔術師として上層階級のうちに名を連ねたのがブロシャン家だった。


 ブロシャン家は騎士たちとは相容れず、あまり大きな権力を持たなかったが、その希少性ゆえに保護され血を繋げてきた。

 そのうちに魔術師の重要性が騎士たちにも認められるようになり、高魔力者の血脈を保持する意味もあって魔術師の貴族が増やされる事になった。

 だが、今でも魔術師の家系というのは騎士の家系に比べて軽視されがちだ。領地を持たず、爵位だけの貴族も多い。



 ブロシャン家は五公爵家の中でも家格では一番下だが、同じ魔術師系の貴族の支持を多く受けているため、今では家格以上の力を持っている。

 何より、現国王陛下の信頼が厚い。

 まだ第二王子であった頃の国王陛下の支持をいち早く示したのが先代のブロシャン公爵だったからだ。


 先代ブロシャン公爵は魔鎌(まれん)公とも呼ばれ、その名の通り鎌鼬の風魔術を得意とする大魔術師だった。

 魔術師教育に熱心な人格者だが、公明正大な人物であり、魔術師だけではなく騎士にも慕われていた。


 そんな公爵を疎んじていたのが、当時の第一王子であったフェルグソンだ。

 フェルグソンは熱心な騎士至上主義者で、公然と魔術師を蔑んではばからなかったのだ。

 その過激な言動と横暴な性格に眉をひそめる貴族も多かった。


 しかもフェルグソンは第一王子という立場に増長し、様々な問題を起こした。

 貴族達の間にだんだんと反発ムードが高まっていたその時、ブロシャン魔鎌公は第二王子カルセドニーの支持を表明した。

 カルセドニー王子は病弱であるという弱点があったものの、聡明で心優しかった。そんな王子に魔鎌公は心服していたのだ。

 それをきっかけにカルセドニー王子側に傾く貴族が増えて行き、病魔に侵され余命幾ばくもなかった当時の国王は、迷った末にカルセドニー王子を後継者に指名した。


 若くして即位したばかりのカルセドニー陛下を、魔鎌公は陰からよく支え助けたらしい。

 魔術師系貴族が急激に力をつける事を危惧した騎士系貴族からは反発され、随分と苦労されたようだが、陛下は魔術師系も貴族系もできる限り分け隔てなく扱った。

 更に魔鎌公が早々に隠居し騎士系貴族の面子を立てる事で、何とか政治バランスを取ったようだ。


 そんな訳で魔鎌公は私が子供の頃には息子のエトリングに家督を譲り渡し、領地で隠居を始めた。

 私も殿下の従者としてブロシャン領を訪れた際には、少しばかりお話をした事がある。

 偉大な魔術師であるだけではなく、厳格さと寛大さを併せ持つ懐の深い方だという印象だった。


 現ブロシャン公爵のエトリングも、先代ほどではないが公爵としても魔術師としても優秀な人物だ。

 先代の意思を受け継ぎ、エトリングもまたカルセドニー陛下とその嫡子であるエスメラルド殿下に対して友好的だった。

 フェルグソン派であった貴族の一部には未だに陛下や殿下に反抗的な者もいるのだが、それに対して一番睨みを利かせてくれていたのが、この二代のブロシャン公爵家だったのである。



 …しかし、前世のエトリングはある時から領地に籠りがちになり、表舞台にはあまり出てこなくなってしまった。

 それが今回の水霊祭の時に起こった、ブロシャン公爵家次男ユークレースの事件だ。

 ユークレースは、この水霊祭の最中に現れた魔獣との戦いで命を落としてしまった。


 これは客観的に見て不幸な事故だった。誰が悪い訳でもない。殿下も、ただその場に居合わせただけだ。何の落ち度もなかった。

 しかしそれでも、この事件は関わった者の心に大きな傷を残した。

 特にブロシャン公爵夫人の嘆きは深かった。そして愛妻家であり次男ユークレースの将来に大きな期待をかけていた公爵もまた、激しく気落ちしたようだった。

 その1年後に魔鎌公が亡くなったのが追い打ちとなり、ブロシャン公爵家と王家の間にはちょっとした溝ができてしまった。



 前世で殿下を殺した彼女の背後に、何がいたのかは未だに分かっていない。

 だがごく普通に考えて、最も動機がありそうなのは王兄フェルグソンとその息子オットレだと思う。

 フェルグソンが未だに王位に未練があるのは、普段の言動や陛下への態度を見れば明らかだ。


 フェルグソンはもう継承権を持っていないし、オットレよりも王弟のシャーレン殿下の方が王位継承権は上なのだが、シャーレン殿下は気が弱くあまり権力に興味がない方だ。

 第一王子のエスメラルド殿下さえ亡き者にすれば、シャーレン殿下を退け国王の座を手に入れられるとフェルグソンやオットレが考えても不思議ではない。


 ただフェルグソンは魔術師嫌いなので敵も多い。

 殿下が亡くなったあとはシャーレン派とオットレ派に分かれて争った可能性が高いだろう。

 想像するだけで腸が煮えくり返るが。



 ユークレースの命を助ける事で、勢力図や歴史の流れにどのような影響が出るかは私には分からないが、私はこの先もブロシャン公爵に殿下を支持する側でいてもらいたい。

 公爵の持つ権力、そして魔術師系期族への大きな影響力は間違いなく殿下を守るための力になる。


 何より、私はユークレースの死について激しく後悔しているのだ。

 もっと力を尽くしていれば、もっと上手く立ち回れていれば何か変えられたのではないかと、何度も悔やんだ。

 だから私は、今世ではユークレースを救ってみせる。

 そのために今回の旅に同行したのだ。

ブックマーク、感想、いいねありがとうございます!とても励みになります。

ここからまた少し長いエピソードに入る予定ですので、お付き合いいただけると嬉しいです。

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