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第56話 勇猛な騎士

 予定通りタルノウィッツ領に到着した殿下一行は、タルノウィッツ侯爵家一族あげての歓待を受けた。

 晩餐の規模は控えめなものだったが、タルノウィッツ領の財政からすると十分な心尽くしと言えるだろう。

 国王陛下の方針もあって、王妃様も王子殿下も特に贅沢を好む方ではない。私もそうだ。スピネルやカーネリア様もその辺りは気にしない方のようで、これはブーランジェ公爵の教育の賜物だろう。


 今回の祭礼に合わせ領に戻ってきていたタルノウィッツ侯爵はまだ年若く、良く言えば優しそう、悪く言えば優柔不断そうな雰囲気だった。

 勇猛な老騎士団の伝説のイメージからは程遠いが、現実などそんなものだ。既に隠居している白髪の前侯爵の方が眼光鋭く、どこか野心的な印象を受ける。

 そう言えば前世でも、隠居と言っても名ばかりで前侯爵があれこれ領政に口を出しているという噂を聞いたな。どうやら本当っぽく見える。



 翌朝は快晴で、出発前に軽くタルノウィッツの町の中を散策する事になった。

 殿下、スピネル、カーネリア様、私に、王宮魔術師のテノーレンが案内兼護衛として同行して5人だ。

 テノーレンは以前タルノウィッツ領を訪れたことがあるらしい。今回の旅に随行として選ばれた理由の一つだろう。


 魔術師だけで騎士が付いて来ないのは、スピネルを護衛として数えているからだろう。

 忘れがちだけどスピネルはもう18だしな。本来なら今年で学院を卒業する歳だ。

「いいか、絶対はぐれるなよ。勝手に横道に入ったりするなよ」とか注意してくるあたり、護衛と言うより保護者じみているが。


 テノーレンに案内され、まずは市場を見ることになった。

 市場は大きな通り沿いに作られたもので、道の両側に木製の小屋やテントがぎっしりと並んでいる。

 まだ朝だがどこの店もすでに開いているようで、ぱっと見ただけでも様々な品物が店頭に並んでいるのが分かる。

 行き交う人々の声が聞こえ、小ぢんまりとはしているが住民の活気が感じられる市場だ。


「なんだか肉を焼くいい匂いがするわね」

「お前さっきいっぱい朝食食べてただろ」

「食べたけど、でもいい匂いはいい匂いだわ」


 カーネリア様がふんふんと鼻を動かす。

 やはり騎士を目指しているだけあって、彼女は朝からよく食べる方なのだ。


「この匂いは羊肉ですね。昨夜の晩餐にも出たかと思いますが、この辺りではよく食べられている料理です」


 テノーレンの説明に私は昨夜の料理を思い出した。

 羊肉は独特の癖があるのであまり好きではないが、あれは調味料とスパイスに漬け込んで癖を取ったものらしく、比較的食べやすかった。

 市場で売られているのは、その味付きの羊肉を串に刺して焼いたものらしい。


「なんだ、食べたいなら買ってやるぞ?」


 匂いの源であるらしい串焼きの屋台を見ていた私に、スピネルが言った。


「お兄様、リナーリア様にだけ甘くないかしら?」

「こいつはもっと食べた方がいい。お前も見てただろうが」

「それもそうね…」

「いや私、今朝は十分食べたんですが」


 普段朝はあまり入らないのだが、旅先でもあるし、ちゃんと栄養を取っておこうと思っていつもよりは多く食べたのだ。


「あんな量では足りないわよ、リナーリア様。もっと食べた方が身長も伸びるわ」

「身長以外も育つかも知れないしな」


 スピネルは毎回うるさい。確かに身長も胸囲もカーネリア様には大きく負けているが。

 もはや確信しているがこいつは絶対に巨乳好きだ。今まで女の気配がないのは好みの巨乳が近くにいないせいに違いないと思う。

 スピネルを睨む私を殿下が真面目な顔で見る。


「大丈夫だ。リナーリアもこれからきっと成長する」

「殿下…!」

「だから君はもう少し食べた方が良い。朝食は大切だ」

「うっ」


 殿下にまで言われた…。


「がんばります…」


 そうだ。頑張ればもう少し成長するはずだ。諦めてはいけないのだ。



 通りを歩きながら、果物の店や雑貨の店、川魚を扱う店やチーズの店などを覗く。

 古道具屋らしい店の軒先には、少し変わったコインが並べられていた。

 豊かな顎髭のある老騎士の姿が刻まれたコインだ。


「カーネリア様、これはきっと伝説の老騎士団を刻んだコインですよ」

「あら、そうなの?」


 店先を指さした私に、カーネリア様が振り向く。


「お嬢ちゃん、よく分かったね。これは老騎士団の戦いから100年経った時に、ここの領主様が記念として作ったコインだよ」


 店主の男がにこにこと笑いながら言った。

 色んな領が時々発行している記念コインは、通貨としては使えないが貴族に時々いるコレクターには人気のある品だ。

 これは結構古いので古美術品としての価値もあるだろう。


「まあ、とても素敵ね…!せっかくだから記念に買っていこうかしら」

「赤毛のお嬢ちゃんは老騎士団の伝説が好きなのかい?」

「ええ、もちろん。人々を守るために死力を尽くして戦った騎士の鑑ですもの。私も、将来は騎士になりたいの」

「おお、勇ましいお嬢ちゃんだ。きっといい女騎士様になれるよ。その将来への投資として、ちょっとまけてあげようじゃないか」

「あら、本当?」


 店主の男の分かりやすい売り込みに、カーネリア様はその気になったらしい。コインを買うつもりのようだ。

 値段を聞いたらそう高価でもなかった。スピネルやテノーレンも止めていないし、きっと妥当な価格なのだろう。



「いい買い物をしたね、お嬢ちゃん。もしかしたらこいつは、いずれもっと価値が出るかもしれないよ」

「どういうことだ?」


 カーネリア様へ包んだコインを手渡しながら言った男に、殿下が聞き返した。


「うちのところの騎士団は、また昔みたいに有名になるかもしれない。何しろとっても勇敢だからね。この前だって、川向うの村にかなり大きな魔獣がいる群れが出たけど、村に被害が出る前にちゃんと倒したんだ」

「ほう」


 少し興味を持ったらしい殿下が相槌を打つ。


「残念ながら、騎士様が1人死んじまったんだけどね。その騎士様が獅子奮迅の活躍ぶりだったらしい。片腕を肩から食いちぎられても、まだ戦い続けて一番大きな魔獣を倒したんだってさ」

「まあ…!本当に伝説の老騎士団のようだわ!」


 カーネリア様は感嘆の声を上げたが、スピネルは完全に眉をしかめている。

 あまり妹に聞かせたい話ではないのだろう。


「肩から…。それでは完全に致命傷でしょうに、凄いですね」

「ああ。相当の騎士だろう。惜しいことをしたものだな」

「その騎士様は、老騎士じゃなくてまだ若かったらしいけどね。忠臣と認めて、領主様が館の側に手厚く葬ったってさ」


 騎士をわざわざ自分の館の側に葬るなど、よほどの功績を立てなければやらない事だ。

 ただの大きい魔獣くらいでそこまでするとは思えないが、そんな功績が認められるほど危険な魔獣だったんだろうか?

 それなら王宮魔術師団に報告が届いているはずだけど…とテノーレンを振り返ると、怪訝な顔で首を振った。

 やはり知らないらしい。


 死亡者が出たから、騎士たちの士気が下がらないようにするためのパフォーマンスだろうか。現侯爵はともかく、あの厳しそうな前侯爵がよくそんな事許したな。


「そうだ、広場の方には老騎士団の記念碑が立てられているんだよ。もし良かったら花でも供えてやってくれ」

「わかりました。ありがとうございます」



「…私、ぜひ記念碑に行ってみたいわ!」

「場所なら分かります。近いので行ってみましょう」


 せがむカーネリア様にテノーレンがうなずく。


「なら、その前に花屋にも寄ってくか」


 スピネルが指差した市場の隅には小さな花屋がある。

 私達は、まずそちらへ向かうことにした。

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