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第54話 流星の竜

 今日は平日だが王宮魔術師団の所に来た。

 勝手知ったる何とやらで、すれ違う魔術師達に挨拶をしながら廊下を歩き、研究室の一室へと入る。


「セナルモント先生、こんにちは」


 そう声をかけると、ボサボサ頭の魔術師と、もう一人の若い男の魔術師が顔を上げた。


「やあ、リナーリア君。平日にここに来るなんて珍しいねえ」

「あっ、リナーリアさん!こんにちは」

「こんにちは、テノーレン様」


 このテノーレンは、去年王宮魔術師になったばかりの男だ。

 火と地の魔術が得意で、あまり研究などには興味を持たない戦闘向きの魔術師だったはずだが、何故か今世では古代神話王国に興味を持ったらしい。

 戦闘や護衛任務の傍らちょくちょくセナルモント先生の研究室に来ているらしく、私ともよく顔を合わせている。


「あの、僕、王子殿下の水霊祭の祭礼に同行することになったんですよ。リナーリアさんも行かれるんですよね?」

「あっ、はい、そうなんです。テノーレン様もご一緒なんですね。とても心強いです。よろしくお願いします」

「いっ…いえ!こちらこそよろしくお願いします!」


 私が頭を下げると、テノーレンも慌てて頭を下げて照れたように笑った。

 私は護衛される側で彼は護衛する側の立場なので、何がこちらこそなのかよく分からないが。


「ええっ、君たち二人共祭礼に行くの?今年は確かブロシャン公爵領だったよね?」

「はい。それで少々王都を留守にするので、今日はこちらに来たんです」

「いいなあ、あそこは魔術師にとっては聖地みたいなものだからねえ。魔術研究も盛んだし、僕も行きたかったよ」

「今年は僕とビリュイさんが随行なんですよ」


 ビリュイというと、王宮魔術師では数少ない女性の魔術師だ。今回は王妃様や私、カーネリア様など女性が多いから選ばれたのかな。

 あまり話したことはないが、女性同士だからかいつも私に親しげに挨拶をしてくれる。あと、お兄様の婚約者の師匠でもあったりする。

 一度ゆっくり話してみたかったのでその機会があると良いな。



「あっ、それはそうとね、この前すごい本を手に入れたんだよ!」


 セナルモント先生が「ほら!」と言いながら、さっきまで覗き込んでいた本を見せてくれる。

 革張りの表紙には古代神話王国文字で「竜伝承逸話集」と書かれている。


「これ…古代神話王国の本ですか!?」

「そうそう。もう何年か前になるけど、同僚がおかしな封印がかけられた箱を古道具屋で見つけてねえ。つい先日ようやく解除に成功したら、中には圧縮魔術がかけられてて色々な道具や本が出てきたんだってさ。

 その中に古代神話王国の本も混じってたって聞いて、無理矢理もらってきちゃったんだあ。あともう1冊あるけど、そっちはもうちょっと後の時代のやつみたいだね」


 むむ、そう言えば前世でもこの時期先生は新発見の本に夢中になっていたな。

 私は祭礼の件で忙しかった頃なので内容はほとんど知らない。


「どのような内容なんですか?」

「竜にまつわるおとぎ話が中心だね。特に、竜と親しんでいる話や竜に助けられた話が多いよ。ほら、例えばこれ。かくれんぼが好きな竜の話が載ってる」


 私は先生が開いたページを読んでみる。

 古代神話王国の中でも古い時代のものなのか、言葉の選び方が少々独特で分かりにくいが、どうやら子供向けに平易に書かれている文章のようで読み解くのは簡単だ。

 所々に挿絵もある。



 そこに書かれていたのは、ある不思議な少年の話だ。

 とある村に現れる黒い髪に赤い瞳の小さな少年は、いつも村の子供達と一緒に遊んでいた。

 しかしその少年がどこに住んでいるのか、誰の子供なのか、皆知らない。

 知っているのは『流星』という彼の名前だけだ。


「あなたはだれなの?どこからきたの?」と、ある日子供の一人が尋ねた。

 すると黒髪の少年は「僕を捕まえられたら教えてあげる」と答えた。


 彼はかくれんぼがとても得意で、しかも逃げ足が早かったのだ。なかなか見つけられないし、見つけてもすぐ逃げられてしまう。

 誰も彼を捕まえられなかったが、何年か経ったある日、一番足が遅かった子供がついに彼を捕まえた。

 転んで泣いていた子供を助けにきた彼を、子供がそのまま両腕で抱きしめて捕まえたのだ。


「…そして子供は『流星(ミーティオ)見つけた(トゥーヴェ)』と、呪文…いや、この場合は合言葉と翻訳した方が近いでしょうか。合言葉を言った。

 すると彼はたちまち姿を変じ、大きな翼と赤く輝く瞳を持つ黒い竜になった…」


 空に浮かんだ竜は言った。「よくぞ私を捕まえた。私は見ての通り、遠き空から来た竜である。私を捕まえた褒美に、なんでも願いを叶えてやろう」

 子供はしばらく怯えていたが、やがて答えた。「死んだお母さんに会いたい」と。


 竜はその願いを叶え、母親の魂を冥府から呼び出すと、どこへともなく飛び去って行った。

 母親の魂は一晩を子供と共に過ごし、翌朝には跡形もなく消えたという。



「…この他にも、剣だったりゲームだったり追いかけっこだったりするんだけど、この黒い竜と勝負をして勝ち、合言葉を言って願いを叶えてもらうって話がいくつも載ってる。

 竜が化けた姿は老若男女様々だし、願いは財宝だったり村に井戸をもたらす事だったり、時を巻き戻して死んだ恋人を助けたなんてのもある。

 あと、通りすがりの旅人と一晩飲み明かした話や、パンとスープをもらったお礼に歌を歌っていったって話なんかもあるね」


「…『流星』の、竜」

「うん、そう。君が3年前、あの遺跡で見たという本の中にあった竜の名前と同じだ。だけど全く違うのは、この本では基本的に竜が人間に親切だという点だ。人間から見て好意的な存在に書かれている」


 遺跡の本には『流星(ミーティオ)』という竜がもたらした惨い被害ばかりが書かれていた。

 しかしこの本の『流星』は、人間を助けたり仲良く過ごしたりしているようだ。


「とても不思議だよね。おとぎ話の体を取っているけれど、古代神話王国の末期に人々を苦しめたという竜が実在するなら、この本に書かれている人間を助けた竜だって実在して良いはずなんだ。

 この本は王国中期頃に書かれたものだと僕は見ているけど、この竜が同一人物…同一竜かな?だとするなら、初めは人に好意的だったのに途中から敵対的になった事になる。どうして変わってしまったのか…」


 セナルモント先生は、はるか1万年以上昔のその竜に思い馳せるように目を閉じた。

 遺跡の本に書かれた竜。それは、竜のほんの一面にすぎなかったのかもしれない。


「あ、そうだ、もう1冊の方にはリナーリア君の好きな竜人の話も載っているみたいだよ。こっちの翻訳にはまだ時間がかかりそうだけど、でも君の言う通り、竜が実在するなら竜人も実在するかもしれないねえ」

「はい。ぜひ、その部分を詳しく読ませて下さい。研究の役に立ちそうです」


 私は真剣にうなずいた。

 竜人は実在するかもじゃなくて実在するんだけどな。前世で一度会った事あるし。

 今この時からは未来の話になるし、言えないのだが。



「あ、僕も協力するよ!研究!」

「ありがとうございます、テノーレン様」

「いやあ…」


 テノーレンは何故かもじもじとした。

 私の研究や調査はセナルモント先生と違って国から予算が出たりはしないので、協力してもらえるのはとても助かる。彼はこの歳で王宮魔術師になるだけあって優秀なのだ。

 まあ私の研究もいずれ国の役に立つかも知れないしな。その時はたくさん褒美が出るはずだ。

 もしそうなったら彼にもたくさんお礼をしよう。夢物語だけど…。

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