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第50話 弟の話

 今日はスフェン先輩とその取り巻きのご令嬢方と昼食だ。

 先輩は冬休み明けに「彼女たちと(よしみ)を通じておくのは悪いことではないと思うよ」と言って、取り巻きのご令嬢たちに私の事を友人として紹介してくれた。

 スフェン先輩の所は独特の雰囲気で私には少々居辛かったりもするのだが、彼女たちは過激派として知られるので睨まれたくはないし、人数も多い。

 できれば味方にしておきたいところなので、ちゃんと紹介してもらえたのはありがたい。


 今まで交流がなかったのに急に親密になったのでは、嫉妬や詮索、妙な誤解なんかを受けかねないからな。

 実際、同性愛の話が大好物なリチア様など、私とスフェン先輩が仲良くなった事を知って物凄く興奮していたらしいし…。

 悪い人ではないんだが、迷惑極まりない。


 そんなリチア様は先日のスピネルとスクテルドの試合にもいたく興奮していたようなので、私は「いいですよね!果し合いから生まれる愛!」と言ってそちらを強く推しておいた。

 すまないスピネル、私の心の平穏のために犠牲になってくれ。



 まあそんな訳で、私はスフェン先輩のグループとは程々の距離でお付き合いさせていただいている。

 私に親切な方もいればちょっと冷たい方もいるが、そのくらいはどこに行っても同じだ。

 時々いる殿下派(多分そう。分かりにくい方が多い)やスピネル派(こっちは騒がしいのでもうちょっと分かりやすい)のように敵視してこないだけマシだと言える。

 前世のオットレみたいな嫌がらせも今の所ないしな。


「そう言えばリナーリア君、この前のスピネル君とスクテルド先輩の試合を見たよ。なんでも彼は妹君のために戦ったそうじゃないか!いやあ、美しい兄妹愛だね」


 スフェン先輩にそう言われ、私はスコッチエッグを食べる手を止めて微笑んだ。


「ご覧になっていたんですね。先輩のおっしゃる通り、彼はカーネリア様をとても大切に思っているようです。本人はあまり認めようとしないんですけど」

「そうなのかい?だけど、本当に素晴らしい腕前だったよ。あの速さと鋭さは驚異的だね。今年の武芸大会では彼が優勝候補の一角だろうね」

「まあ…!私、スフェン様にこそ優勝していただきたいですわ」

「そうです!スフェン様なら男子にだって負けませんわ!」


 取り巻きのご令嬢たちが口々に言い、スフェン様が笑う。


「うーん、それはなかなか難しいな。この学院には強者がたくさんいるからね。特に3年生は猛者揃いで侮れないよ」


 私は「殿下だって頑張ってます!」と言いたかったがこらえた。

 ここはスフェン先輩の信者だらけだからな。私にもそのくらいの空気は読めるのである。


「でも、今年の武芸大会は荒れそうだから、組み合わせ次第では上位に食い込めるチャンスがありそうかなとは思うよ。何しろスピネル君や王子殿下を始め、1年生にも実力者が多いようだ」


 おっと、さすがスフェン先輩は殿下にも注目しているようだ。

 スピネルとは違い試合の機会に恵まれていない殿下だが、やはり前評判は高いのだろう。翼蛇の魔獣退治の時の話も生徒の間に広がっているみたいだしな。

 と、そこで私はある事を思い出した。前から少し気になっていたので、この機会に尋ねてみよう。



「1年生と言えば、ヘルビン様は?武芸大会にご出場なさるんでしょうか」


 ヘルビンは私とは別のクラスの1年生で、スフェン先輩の弟だ。

 なかなかの腕の剣士だったはずだが今世の私とは全く接点がないので、姉であるスフェン先輩に何の気無しに尋ねてみたのだが、何故か場の皆が固まってしまった。

 …あ、あれ?何かまずいこと言ったかな?


「さあ、僕は聞いていないから分からないな。…仮に僕と当たったとしても、手加減はしないけどね」


 スフェン先輩はいつもの爽やかな微笑みを浮かべた。


「さすがスフェン様、その意気ですわ」


 すかさずスフェン先輩の横に座っていたシリンダ様がぱちぱちと手を叩き、固まっていた空気が和む。

 シリンダ様はスフェン先輩の取り巻きグループの中でもナンバー1かナンバー2と思われるポジションだが、私に対して最も親切にしてくれているとても優しい人だ。

 部外者に近い私がスフェン先輩のグループに受け入れられているのは、彼女の力が大きい気がする。

 今もどうやら私を助けてくれたらしい。


「誰が相手だろうと、僕のやり方は変わらない。見る者の心に残るような、美しい戦いをしてみせるよ!」


 スフェン先輩は胸に片手を当てると、もう片方の手をばっ!と大きく上に掲げた。

 まるで芝居のような大仰なポーズだが、様になっているのがすごい。

 周囲から「きゃあ!」という歓声と拍手が沸く。私も一緒になって拍手をした。

 …やっぱり独特の雰囲気だなあ…ここ…。




 帰り際、シリンダ様が私にそっと声をかけてきた。


「さっきはごめんなさいね。スフェン様のご家族の話は、私達の間ではタブーなの」


 あっ、そうか。しまった。先輩はご実家と上手く行っていない様子なのだった。


「申し訳ありません、無神経に触れてしまって…」


 頭を下げる私に、シリンダ様は「いいのよ」と苦笑する。


「他の子が過敏になっているだけで、スフェン様自身は気になさっていないと思うわ。…それにご家族の中でも、弟のヘルビン様はスフェン様と幼い頃仲が良かったそうだから」

「幼い頃…ですか?」


 では今はどうなのだろうかという疑問が湧く。


「詳しいことは分からないのだけど。…でも、今でもスフェン様はヘルビン様の事を気にかけていると思うの。さり気なく様子を見たりしているようだから」

「……」


 話は何となく分かったが、何故私にそんな事を教えてくれるんだろう。

 不思議に思ってシリンダ様の顔を見つめると、優しく微笑み返された。


「少し心に留めておいて。それじゃ、ごきげんよう」


 ううむなるほど…なかなか複雑そうだな。

 私は少しだけ考え込んだ。

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