第43話 討伐訓練・1
王立学院の授業には、魔獣討伐の訓練が含まれている。
魔術で作られた幻影の魔獣を倒すことから始まり、ある程度模擬戦に慣れると本物の魔獣相手の戦闘訓練に入る。
王都の外へ行って、教師が見付けてきた魔獣をグループで囲んで倒すのだ。
時期によってはなかなか魔獣が見付からなかったりするらしいが、近年は魔獣の出没数が増えているので訓練に困る事はない。あまり良い事ではないのだが。
1年生の戦闘訓練の中でも特に大きなものが、春にクラス合同で行われる大規模討伐訓練だ。
1人以上の魔術師を含めた5人~7人一組の班を作り、生徒たちだけで森の中に入って魔獣を討伐する。
ノルマは一組最低2体以上だが、優秀な班は5体以上倒したりする。
上級生も時期をずらして同じような訓練をするのだが、学年が上がるにつれてグループの人数が減り、討伐ノルマが増える。
訓練が行われる森は王都の近郊にあるが、ここは普段から小型の魔獣ばかりが出没する場所だ。大きな魔獣がいないか予め探知魔術で調査もしてあるので、基本的には生徒だけで十分対処できる。
しかしたまたま多くの魔獣が一箇所に集まってしまったり、探知魔術をくぐり抜けた強力な魔獣が現れたりして、生徒が死亡する事故も過去には何度か起きている。
魔獣の討伐というのはやはり命がけなのだ。
大規模討伐訓練当日。
現地への移動は今回も学院の教師が予め設置しておいた転移魔法陣だ。訓練そのものに時間を割くためである。
全員が整列し点呼を取ったあとで、ノルベルグ先生が生徒たちの前に立った。
「午前の探索は11時45分までだ。それまでにここに戻ってこられるよう、きちんと時間を見て探索を進めること。誰かがはぐれる事のないよう、お互い十分に注意しながら進むように。森に火がつかないよう、火炎の魔術は使用禁止だ」
注意点が挙げられていくのを皆真面目な表情で聞いている。
大規模訓練は初めてなので、やや緊張気味の生徒が多いようだ。
「対処しきれない事態が起きた時は、リーダー及び魔術師の生徒に持たせた狼煙を使用するように。他班の上げた狼煙を見かけた場合は、近くの班はなるべく救助に向かう。ただし、手に負えないと判断した場合は脱出していい。すぐに私達教師も向かうから大丈夫だ。
北側には川が流れているが、切り立った崖の下にあり、雪解け水と先日の雨のせいで流れも速い。魔獣に襲われても咄嗟に飛び込まないように」
それからノルベルグ先生は、紐のついた小さな時計を掲げる。
「この時計は倒した魔獣の数を自動的に数える魔導具でもある。各リーダーに配ってあるが、居場所を探知するためのものでもあるので、決して無くさないように注意すること。また、これが光った場合は緊急事態だ。全員ですぐに引き返し、森の出口へ向かうように」
その後、ブリーフィングの時間が与えられた。各グループごとに集まっての最終確認だ。
「皆、今日はよろしく頼む」
訓練用の騎士服に身を包み剣を腰に下げた殿下の言葉に、私達は声を揃えて「はい」と返事をした。
有り難いことに殿下からお誘いいただいたので、私は今回殿下と同じ班である。当然スピネルも一緒だ。
残り3人のメンバーをどうするかについては、スピネルの「全員が1人ずつ連れて来れば6人になる」という案が採用された。
殿下が連れてきたのがニッケル・ペクロラス。
騎士課程のクラスメイトで、騎士にしてはやや小柄だがすばしっこい。
少々落ち着きがない所があるが、殿下のことをとても尊敬していて、私としては大変好感の持てる人物だ。
なんでも、彼の父母の離婚の危機を殿下が解決し救ったのだそうである。さすがは殿下だ。彼の家庭が問題を抱えていると、私が以前ちらりと話したのがきっかけらしい。
その離婚騒動は前世でかなりの噂になっていたので、騒ぎになる前に未然に防がれたのは良かったと思う。
私は結局元鞘になる事を知っていたので特に干渉はしていなかったのだが、殿下が「この件を教えてくれたのはリナーリアだ」と言ったらしく、彼は私に対しても好意的だ。別に何もしていないのだが。
スピネルが連れてきたのはセムセイ・サーピエリ。
やや貫禄がある体型の彼も、騎士課程のクラスメイトだ。
彼の実家サーピエリ領はうちのジャローシス領と近く、歳も同じなので私は彼と幼い頃から面識がある。温厚な人物だが、既に婚約者がいたりするなかなかのやり手だ。
スピネルの友人の中では落ち着いた性格だが、案外気が合うらしくよく話しているのを見かける。
そして私が連れてきたのはペタラ・サマルスキー。
魔術師課程のクラスメイトで、カーネリア様のところのお茶会で知り合い、学院入学前から仲良くさせてもらっている。
本好きで大人しく、思いやりのある性格のご令嬢だ。
入学直後は私が悪目立ちしてしまったせいで少々話しかけにくかったのだが、今では前と同じように付き合えていて安心している。
彼女に断られたら誘うメンバーに結構困ったので、快諾してもらえて良かった。
皆それぞれ訓練用に防護魔術がかけられた騎士服と魔術師のローブを身に着け、腰に応急処置の道具や非常食などが入ったポーチを装着している。
剣を持った騎士が4人、魔術師が2人の合計6人。
なかなかバランスの良いメンバーだと思うし、私にとって親しみやすい、やりやすい人ばかりだ。
実力面でも問題ない。そもそも殿下とスピネルが揃っている時点で間違いなくトップグループだ。二人はまだ実戦経験こそ浅いものの、剣の腕なら既に学院でも上位だろう。
もちろん私もいるが、注目されすぎないようほどほどに手加減して参加するつもりだ。
班のリーダーは当然の流れで殿下だ。
「布陣を確認しておこう。まずは俺とニッケルが前衛。中央に魔術師のリナーリアとペタラ。後衛にスピネルとセムセイ。ただし地形や状況によっては変化する事もあると頭に入れておいてくれ」
「はい」
「魔獣の探知やルートの選択はリナーリアにやってもらう。それ以外は基本的に俺が指示を出すが、気が付いたことがあったら皆遠慮なく言ってくれ。
会敵後は、まず前衛が攻撃。魔術での防御はリナーリア、攻撃はペタラ。ただし魔術面での細かい指示はリナーリアに任せる」
「わかりました」
私はうなずく。
「後衛は周囲を警戒しつつ魔術師の二人を守るのが役目だが、場合によっては前衛に加勢してもらう。午後からは前衛と後衛を入れ替えるつもりだ。…以上、質問はあるか」
「いいえ!大丈夫です!」
ニッケルが元気よく答えた。少々気負ってるように見えるけど大丈夫かな。
「ありません」と答えたのはセムセイとペタラ様。セムセイは落ち着いているが、ペタラ様はやや緊張気味だ。
私とスピネルもまた、「ありません」と答える。
そして、大規模討伐訓練が始まった。




