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第41話 美辞麗句

 新学期が始まった。

 登校してくる生徒の数はいつもより気持ち少なめだ。領地が遠い者などは王都に帰ってくるのが何日か遅れるからだ。


 前方に殿下の後ろ姿を見つけた。傍らにいるのは、いつものスピネルではなく護衛の騎士のようだ。

 王子の従者は新年のパレードが終わってから新年休みに入るので、スピネルもまだ王都に帰ってきていないのだろう。

 私は殿下に挨拶をしようとし、その前にアーゲンとストレングの姿を見つけた。

 よし。今日は、殿下の前にまずこいつだ。



「アーゲン様」


 声をかけると、アーゲンが「おや?」という感じの顔で振り向いた。

 制服のスカートをつまみ、優雅に頭を下げる。


「あけましておめでとうございます、アーゲン様。本日も眉目秀麗なる事、知恵の泉の神のごとくでございます。戦乙女も胸をときめかせ、泉の精も嫉妬に身を焼くことでしょう。

 気力も充溢しておられるようで、きっと良い休息を取られたのでしょう。祝着にございます」


 どうだ。この前外見を褒める時の語彙がないと言われたので、図書館で美辞麗句の本を読んで勉強したのである。

 果たして私の挨拶を聞いたアーゲンは、ぱちぱちと目を瞬かせた後で口元を押さえて盛大に噴き出した。

 …おい。なぜ笑う。


「き、君、珍しくそっちから声をかけてきたと思ったら…、そ、それを言いたかったのかい」

「…私は普通に挨拶をしただけですが」


 思わず憮然としながら言うと、アーゲンはいよいよ我慢できないという様子で口とお腹を押さえながら震えている。

 どういう事だよ。ついアーゲンの後ろのストレングを睨むと、さっと私から目を逸らした。

 …お前も口元がひくついてないか?


「あのう、失礼ではないかと思うんですが…?」


 今の挨拶そんなに変だったか?これくらい言ってくる奴わりといるぞ。

 しかしそこまで笑われるとさすがに恥ずかしくなってくる。せっかく勉強したのに、だんだん自信がなくなってきてしまった。おのれ…!


「も、もういいです。私は行きますので、それでは」


 ちょっと赤面している事を自覚しつつその場を去ろうとすると、アーゲンは少し慌てて私を呼び止めた。


「ご、ごめん。悪かったよ。えっと、あけましておめでとう、リナーリア。今年もよろしく」


 私はたった今よろしくする気が完全に失せたのだが。

 だがそう口にする訳にもいかないので、私は頑張ってにっこりと微笑んでみせた。


「はい。どうぞよろしくお願いします!」


 語尾が少々きつくなってしまったのは不可抗力だと思う。



 そこに、一人のご令嬢が近付いてきた。

 金髪に灰色の瞳、穏やかな微笑み。同級生のアラゴナ様だ。


「アーゲン様、あけましておめでとうございます」

「ああ、あけましておめでとう」


 彼女は美しいカーテシーでアーゲンに挨拶をした。それから私の方を振り向く。


「リナーリア様も、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 頭を下げる私に、アラゴナ様はおっとりと微笑んだ。


「ところでリナーリア様、あちらで王子殿下がお待ちのようですわ」


 そう視線で促されて向こうを見ると、殿下が立ち止まって私を見ているようだ。


「まあ…。すみません、皆様ごきげんよう」


 正直立ち去りたかったので助かった。そそくさと殿下の元へ向かう。


 うーん、アラゴナ様は一見優しそうだし、賢く礼儀正しい優秀なご令嬢だけど、少し苦手なんだよな。

 いつでも完璧な微笑みだが、どうも圧を感じる気がするのだ。

 こればかりは私にも原因は分かっている。確か彼女は前世で、学院在学中にアーゲンと婚約していたからだ。

 今世でも彼女はアーゲンに近いはずなので、アーゲンが何を考えているのか私にちょっかいをかけているのが面白くないんだろう。…そのはずだ。


 シルヴィン様がスピネルを好きだと気付いていなかった件を周囲にやたら呆れられたので、他人の恋愛の機微を読み取る事については諦めつつある私だが、これでアラゴナ様が実は殿下派だったりスピネル派だったりしたらもはや何を信じればいいのか分からない。

 前世でも同級生がいつの間にかカップルになっているのに全然気付かなかったりしたしな…。

 皆どうしてそういう事が分かるんだ?こればかりは勉強のしようがないので困る。



 私が歩み寄ると、殿下は傍らの護衛騎士に「ここまでで良い」と声をかけたようだ。

 殿下と私に頭を下げた騎士が校門の方へと去っていく。


「おはようございます、殿下」

「おはよう、リナーリア」


 そう挨拶を返した後、殿下は何やら言いたそうに口元を動かした。


「どうかしました?」

「いや…、…アーゲンとは何を話していたのかと思って」

「…何でもないです」


 思わずムスッとした私に、殿下が少し困ったような表情になる。


「あっ、本当に何でもないですよ。ただ新年の挨拶をしただけです」


 慌てて手を振って否定する。もしかして心配されただろうか?


「そうか。ならいいが」


 大丈夫です、殿下。

 あいつは今のところオットレとは違って無害です。気に食わないけど。

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