第38話 新年の祝い(前)
年が明けた。年齢は年明けと共に数えるので、私はもう16になった事になる。
何となく清々しいような気持ちで、私はコーネルに着替えを手伝ってもらっていた。
「お嬢様の髪は目立ちますので、まとめて帽子の中に入れましょう」
「ええ」
なるべく小さく結い上げた髪を、つばの付いた大きな帽子の中へと隠す。
「…どうですか?変ではありませんか?」
「大丈夫です。とても素敵ですよ」
姿見の中の自分の格好を改めて見てみる。
今日着ているのはいつもの制服でもドレスでもなく、緑色をした厚手のワンピースだ。
この上に帽子と同じ紺色のコートを羽織る。ちょっとお金を持った商人の娘とか、そんな感じに見えるはずだ。多分。
そう、今日の私はお忍びなのだ。
コーネルを伴って女子寮を出ると、入り口には既にヴォルツが立っていた。
「すみません、お待たせしました」
「いいえ、大丈夫です」
ヴォルツはシンプルなチャコールグレーのコートだ。胴回りがゆったりしているのは下に剣を隠すためだろうか。
今日の彼は一応私の護衛だからな。
「急ぎましょう。早くしないと、人が集まって来てしまうでしょうし」
今日は国王陛下が新年祝いのパレードを行う日だ。
何台もの馬車で行列を作り、城を出てゆっくりと大通りを進む。それから大きな噴水のある広場を回り、再び城へと帰ってゆく。
この時期ほとんどの貴族は王都にいないので、ほぼ平民のためのイベントだ。
平民達にとっては、年に一度のこのパレードは陛下の姿を見る数少ないチャンスである。
そのため馬車は陛下の姿がよく見えるように大きく上が開いたデザインになっているが、王宮魔術師が全力で防護結界を張っているので、安全かつ暖かい安心仕様となっている。
陛下の馬車のすぐ後ろを行くのは王子の馬車だ。
従者もこれに同乗するので、前世の私も毎年このパレードを経験したのだが、沿道を埋め尽くす人々に向かい笑顔で手を振るのは何度やってもものすごく緊張した。
人々が手を振り感激しているのは私などではなく、陛下や王妃様や王子殿下なのだと分かってはいるのだが、やっぱり注目はされるし気を抜くことはできない。
しかも成長してからは手を振る殿下と私の姿絵が出回るようになったりもした。
殿下は分かるが私まで描くのはやめて欲しかった…。しかも物凄く美化された姿でだ。恥ずかしいと言ったらない。
今世の私には無関係となったこのパレードだが、せっかく年始に王都にいるのだ。ぜひ平民達と同じ立場でパレードを見てみたいと思い立った。
何しろ、馬車の中から見る王都の民は誰も彼も皆感激し、本当に嬉しそうに手や旗を振っていたからだ。
今の国王陛下は民からの評判がかなり良い。若くして王位を継承した方だが、周囲の意見をよく聞き、身分や経験にこだわらず信頼できる者を取り立てる事で、安定した治世を築き上げている。
今の平和は先代や先々代の国王陛下の優れた手腕あってのものだが、遺されたものをきちんと継ぎ、活かしていくのもまた大変なことだろうと思う。
まあ民はそこまで深く考えてはいないだろうが、その肌で、日々の生活で、この国を治める者が持つ徳のようなものを感じ取っているのではないか。そんな風に考えている。
だから私は、改めて平民と同じ目線から王家の方々を見てみたい。陛下や殿下のお姿がどんな風に見えるものなのか知りたい。
そこで何とかお忍びでパレードを見に行けないかとコーネルに相談し、ヴォルツに同行を頼んでみたのだが、二人共案外あっさりと承諾してくれた。
人出は多いが、大切な祝いの日なのだ。警備のために衛兵もたくさん歩いているし、危険な事はないとの判断だろう。
貴族屋敷が立ち並ぶ区域を抜け、広場から少し離れた場所までは馬車で行った。
祝いの日なので、やはり人の姿が多い。
あちこちを衛兵が歩いていて、広場に近付くほど出店をよく見かける。食べ物の店がほとんどだ。
この国で新年の祝いによく食べる、黄金のリンゴを象ったパンの店が特に多い。中にはリンゴを砂糖とスパイスで甘く煮たフィリングを詰めるのが一般的だが、どんなスパイスを使うかはその店や家庭によって違うので個性の見せ所だ。
他にも、雑貨やアクセサリーの店などもちらほらある。古物商もいるようだ。せっかくなので帰りには少し覗いて行きたい所だ。
造花や旗を配っている人、素焼きの器に入れたワインを売っている人もいる。
あまり飲みすぎると衛兵に連れて行かれる羽目になるだろうが、めでたい日なので多少は仕方ない。
しかしいざ広場に到着すると、私の予想以上に人混みでごった返していた。
陛下の馬車がここまで来るにはまだ1時間以上あるはずだが、すでに周辺は人でぎっしりである。
「困りましたね…これでは全然パレードが見えそうにありません」
私は人垣を眺めながら途方に暮れた。人出の多さは知っていたが、その行動の早さを舐めていた。
皆きっと早くから来て場所を取っているのだろう。
「大丈夫です、お嬢様。私にお任せ下さい」
そう言ったのはコーネルだった。
「どうぞこちらへ」と歩き出し、私とヴォルツは戸惑いながらもその後をついて行く。
裏道を通り、辿り着いたのは広場から数百メートルほど離れた所に立つ一軒の店の裏手だった。
大通りに面している店で、確かにパレードがよく見えそうな場所だが、今日はどこの店も新年の休みを取っているはずだ。移動できる出店以外の営業は禁止だったと思う。
しかし、コーネルは迷いのない様子で裏口のドアをノックする。
「こんにちは。コーネルでございます」
ややあって、ドアが開く。出てきたのは、人の良さそうな白髪の老人だ。
「やあやあ、本当に来なすったね。どうぞ、中へ」
促されて中に入り、私はようやく気が付いた。
沢山の本がぎっしりと並ぶ店内には見覚えがある。
ここは、元魔術師の老夫婦が営む書店だ。私自身が足を運んだのは一度だけだし、今日は裏口から来たので入るまで分からなかった。
「貴女様がリナーリア様ですな。この店の主のコベリンと申します。いつも贔屓にしていただいて、有難うございます。セナルモント様からも、話は聞いていますよ」
「私こそ、いつもこちらの本にはお世話になっております」
頭を下げる老人に対し、私もまた帽子を取って頭を下げる。
ここはセナルモント先生に紹介された書店で、それほど大きな店ではないが魔術関連の本の取り扱いが多いのが特徴だ。
私もよく本を頼んでいて、コーネルにはしょっちゅう注文や引き取りに行ってもらっていた。
「お嬢様がパレードを見に行きたいとの事でしたので、あらかじめこちらのご主人に頼んでおいたのです。ここから見せてはもらえないかと」
「うちの店の2階からは、馬車の行列がよく見えますよ。誰にも邪魔されずにね」
「まあ…!」
私は感激してしまった。こんな用意をしていてくれるなんて、コーネルは本当に何て気が利くんだろう。
「コベリンさん、ありがとうございます。ご厚意に甘えさせていただきます。コーネル、本当にありがとう…!貴女は、素晴らしい使用人です!」
感謝しながらコーネルの手を取ると、コーネルは珍しく照れくさそうにしながら「いいえ。お嬢様のためですから」と言って笑ってくれた。




