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挿話・10 殿方ランキング

時系列的には前話(36話)よりも前の話になります。

「スピネル、スピネル」


 学院の廊下を歩いていると、聞き慣れた声に名前を呼ばれた。

 振り返ると、長い銀の髪が廊下の隅から飛び出て揺れている。何やら手招きをしているのはこちらへ来いという意味か。

 不審に思いながらも近寄ると、ぐいぐい袖を引かれ人気のない音楽室の中まで連れて行かれた。


「何の用だ、一体」


 そう問いかけると、リナーリアは勢い込んで尋ねてきた。


「あの!殿下は最近、他のご令嬢方とはどうなんですか?ちゃんと仲良くなさってますか?」

「…あのな。殿下の女関係には口出すなって言ったよな?」


 スピネルは思いきり眉をしかめる。

 ファーストダンスの相手の一件ですっかり懲りたので、今後そういう話には絶対に首を突っ込むなと言い含めておいたのに、まだ言うのか。


「だから殿下じゃなく貴方に訊いてるんじゃないですか!だって、絶対におかしいです」

「おかしいって何がだ」

「殿下の人気が5位なことですよ!」



「その件か…」

「やっぱり知ってるんですね」


 スピネルも先日女子生徒から聞いてその存在は知っている。

 学院の男子生徒の人気ランキング…確か「学院のとっても魅力的な殿方ランキング」とかいうアホっぽい名前だった。

 男子が女子の人気ランキングを作っていると知った女子生徒の誰かが、だったらこちらもと企画したものらしい。

 1位と2位は上級生の騎士課程の生徒で、3位になぜか女子のスフェン・ゲータイトが入り、4位が自分、5位が王子だったと聞いた。


「殿下が1位じゃないのはおかしいでしょう!殿下ですよ!王子ですよ!」


 どうやらリナーリアは王子の順位によほど不満があるらしく、憤慨している様子だ。


「お前本当にバカだな…」

「何でですか!?スピネルはおかしいと思わないんですか!」

「俺に訊かれてもな」


 女子が決めている順位の事を自分に訊かれても困る。勝手にしろと言いたい。


「だって、どうしてそんな順位なのか女子の皆さんに尋ねても、誰もちゃんと教えてくれないんです。スピネルは原因に心当たりないですか?」


 そりゃ、女子はこいつには教えてくれないだろうな。恐らく一番の()()だろうし。

 スピネルは内心でため息をつく。心底面倒くさいが、リナーリアは納得するまで引き下がらないだろう。


「別に殿下が人気ない訳じゃないと思うぞ。その投票ってどうせ上級生が主体になってやってるやつだろ?女子は年下はあんまり好きじゃないから、1年の殿下が上級生より順位が下になるのは仕方ない。俺も1年だが殿下より歳は上だしな」


 しょうがないので一応真面目に答えてやった。3位のスフェンの事は横に置いておく。あれは特殊な例すぎる。


「あ…、そう言えば貴方そうでしたね」


 スピネルが歳上だという事を彼女はすっかり忘れていたらしい。

 睨みつけると、誤魔化すように「あはは」と笑ってみせた。


「あ、そうか。女子のランキングでフロライア様や私が上位だったのは、女子と違って男子は新しい物好きだからですか?」

「身も蓋もないが、まあそうかもな」


 それだけではない気もするが、面倒だしとりあえずうなずいておく。


「大体、あんなランキングどうせ顔とか地位だけで選んでるんだ。いちいち気にしてられるか」

「それはそうですけど…。…じゃあ、殿下には特に問題ないんですよね?ちゃんと皆さんと仲良くしてらっしゃいますよね…?」

「……」


 リナーリアは小さく身を縮めながら、上目遣いでこちらを見上げてくる。

 ランキングの件も嘘ではないのだろうが、やはりその事が一番気になっているらしい。

 彼女はこれが純粋に心配から来ている発言だから厄介なのだ。


「はあ…。ちゃんとやってるよ。今は学生だからパーティーとか晩餐会に出る回数は減ってるが、たまに招かれてるしな。他にも、お前が見てないとこで普通に交流してるから安心しろ」

「そ、そうですよね」

「…まあ、殿下はあんまり令嬢方には興味ないみたいだし、相手は男連中が多いけどな。女子からの人気が5位なのも、そのせいもあるかもな」


 王子の名誉のためにも一応フォローしておく。リナーリアは安心したような、複雑そうな顔だ。



「やっぱり、殿下はそういう方ですよねえ…」


 やっぱりとか言っているが、こいつは相変わらず全然分かっていないな、とスピネルは思う。

 王子がご令嬢からの誘いを最低限しか受けないのはリナーリアがいるからだし、王子という立場の割に女子から騒がれていないのも、要するに既に本命がいると皆に思われているからだ。

 相手がいる人間といない人間なら、いない方に憧れるのが人情というものだろう。


 …入学パーティーで殿下と踊った時は、こいつも幸せそうに見えたんだがな。


 あれでようやく二人は一歩を踏み出して、自分の気遣いは無駄で済んだと思ったのだが、結局彼女は前と変わらなかった。

 殿下殿下と言うくせに、それが恋愛感情に結びつく気配がない。もはやわざとやっているのではないかと疑っているが、そうする理由がさっぱり分からない。


 王子の方はプレゼントを贈ってみたりと不器用ながらもアプローチを始めているのに、その思いはまるで通じていないようだ。プレゼントそのものは心底喜んでいるのが本当にたちが悪い。

 おかげでアーゲンやらオットレやら、有象無象が回りをうろちょろしている。そうそう付け込まれる事はないと思うし、王子に任せておけばいいとも思っているが、あまりに危なっかしすぎて目が離せない。

 その度に妹があれこれ言ってくるのがまた面倒だ。

 …本当に、面倒なのだ。



 ところが、その当人と来たら首をかしげながらこんな事を言う。


「そう言えば、スピネルはどうなんですか?」

「…あ?」

「いえ、貴方に限ってそんな心配は必要ないとは思うんですが。あまりに浮いた噂を聞かないので、少々気になってきてしまって…どなたか良い方はいないんですか?」

「……」


 今度こそ額に青筋が浮くのを止めることはできそうになかった。

 大きく息を吸い込む。


「…お前にそんな事を言われたくねえ!!この、バカ!!!!」


 リナーリアは、「ひえっ」と情けない悲鳴を上げて小さく首をすくめた。

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