第30話 模擬試合(前)
「支援魔術を使った試合、ですか?」
問い返すと、殿下とスピネルは「そうだ」と言ってうなずいた。
「俺達騎士と、色々な魔術師との連携について知りたいんだ。君に協力して欲しい」
「魔術師を含む集団での戦闘訓練は何度かやっているが、攻撃魔術が中心だしな」
なるほど。1年生のうちに学ぶのは、効果が目に見えて分かりやすい攻撃魔術が中心になる。そもそも支援系の魔術師は少ないし、訓練に組み込まれるのは学年が上がってからだ。
さすがは殿下…と、ついでにスピネル。素晴らしい向上心をお持ちだ。
それに、私も今世の殿下やスピネルの剣術の腕について一度しっかり確認してみたいと思っていた。試合は望むところだ。
「そういう事なら、喜んでお引き受けします!」
「よっしゃ、決まりだな。問題は人数だが…おーい、放課後に模擬試合をやるんだ。誰か、魔術師で参加したい奴いるか?」
スピネルは大声で教室を見回したが、返事はゼロだった。
魔術師課程の生徒はおとなしいタイプが多いからなあ…。
それに魔術師同士での魔術戦ならともかく、騎士を相手に試合をしたがる魔術師などまずいない。狭く見通しの良い訓練場での近接戦は魔術師が圧倒的に不利だ。
「誰もいないか。皆お前にビビってるみたいだな」
「は!?私のせいなんですか!?」
そりゃ魔術テストで的を吹き飛ばしたりはしたが、そこまで恐れられるはずが…と見回すと、皆さっと目を逸らした。
そ、そんな…。いや、皆きっとスピネルを怖がってるんだ。こいつデカいしな。
「しょうがねえ、今日のところは3人だけでやるか」
「うむ」
「そうですね」
校庭の訓練場には、試合用に使われる「闘技場」と呼ばれる石舞台がある。年に一回の武芸大会でも使われるものだ。
放課後すぐに向かうと、幸い使用者はまだいないようだったのですんなりと借りられる。
殿下とスピネルは木剣を持ち、私は一応杖を持った。普段はあまり使わないが、試合形式なので何となくだ。
「じゃあ、まずは殿下とリナーリアで組めよ」
「分かった」
「ハンデはどうします?2対1ではこちらが有利すぎるでしょう」
「そうは言っても、試合形式で魔術師と組むのは初めてだから、どのくらいのハンデが必要かなんて分かんねえよ。まずはいっぺんやってみようぜ」
「それもそうですね。では、とりあえず一試合やりましょうか」
3人で闘技場の上に立つ。
「私は支援だけで、直接ダメージを与える攻撃魔術は使いません。開始の合図は…」
「このコインが地面に落ちたらだ」
スピネルが懐から一枚の銅貨を取り出す。二人がいつもやっている方式のようだ。
『…水よ!』
石床にコインが落ちたかすかな音と共に、私は大小様々な大きさの水球をいくつも呼び出した。
スピネルは私の出方を確認する事もなく殿下の方へと突っ込んで行く。思い切りが良い。
私の知る限り、殿下は守りが上手い剣士だ。今世でもその戦い方は大きく変わってはいないだろうと信じ、殿下への防御魔術はほとんど使わない方針で行くことにする。
小さめの水球をいくつか操り、スピネルへ向かって動かす。
素早く振られた剣がそれらを切り裂きつつ、迎え討った殿下の剣も横に逸らした。…疾い。
がんがんと木剣を打ち合わせる音が響く。
やはりスピネルは、速度を活かした剣を得意としているようだ。だが手数のうちのいくつかを私の水球への対処に割いているので、大分やりにくそうに見える。
殿下は急がずに隙を窺うスタイルだ。焦ったようなスピネルの動きには若干の罠っぽさもあるので、妥当な判断だろう。
試しに水球をスピネルの足元から顎に向かって打ち上げてみたが、しっかり避けられた。いい反応だ。
「殿下、少し厚めに支援します」
私は水球を大量に補充しながら言った。殿下が「わかった」と背を向けたま剣を振るいつつ答える。
「…げっ、なんだその球の数!」
悲鳴を上げるスピネルに対し、殿下が攻勢に入った。私も先程より速度を上げた水球を次々に撃ち出す。
スピネルは剣だけではなく防御魔術も使っているようだ。それほど慣れてはいないようであくまで剣が主体だが、たまに魔術で水球を防いで落としている。
頃合いを見て、私は大きめの水球2つを左右から弧を描くようにして撃った。
スピネルは片方を炎の魔術で落とし、片方を斬ろうとし、だがその水球は剣に触れる寸前に弾けた。
「うわっ!?」
ばしゃん!と弾けた水がスピネルの頭にかかり、一瞬動きが止まる。
その隙を見逃さず、殿下の剣が閃いた。
スピネルの手を離れた木剣が、高い音を立てて闘技場の床に転がる。
「くっそ、やられた…」
びしょ濡れ頭になったスピネルが呻きながら天を仰いだ。
「水なんですから、塊のまま飛んでくるとは限らないでしょう」
しかもあの水球は弾けると同時に魔術を解除してただの水にしてあった。
魔力を帯びた水なら同じく魔力を帯びた剣で払いやすいが、本当にただの水となると、ごく普通に水に向かって剣を振っただけにしかならない。
必然、弾けた勢いのままスピネルに向かうことになる。
「水球の魔術だけでこれか…」
「初めて戦ったにしては大したものですよ。それに貴方、手加減していたんじゃないですか?」
「手加減?」
スピネルが眉間にしわを作る。
「だって私には攻撃しようとしなかったじゃないですか。剣士と魔術師の組み合わせが相手なら、厄介な魔術師から先に落とすのがセオリーでしょう」
「それはそうだが、今日は支援魔術を活かしての試合ってのが目的だろ。お前を倒してどうする」
「実際に倒せるかはともかく、倒すつもりでやらないと意味がありませんよ。言っておきますが、私は二重魔術を使えるので魔術行使中でもちゃんと自分の身を守れます。支援魔術師なら当然です」
二重魔術とは二つの魔術を完全同時に扱う技術だ。
攻撃系の魔術師なら敵の攻撃の手が届かない遠隔からの魔術行使が基本になるが、支援魔術師となるとある程度味方の近くにいないと細かい支援はしにくい。
必然的に敵の攻撃に晒される危険も増えるので、二重魔術で自分の身を守りつつ支援をするのが必須となるのだ。
単純に二重魔術と言っても毎回同じ組み合わせで使うのとその都度違う魔術を組み合わせるのとでは難易度が桁違いなのだが、私はこれが結構得意だ。
前世でも得意だったが、今世の方がより精度が増しているように思う。多重魔術の行使は女性の方が得意だという俗説は本当なのかも知れない。
過去に唯一、五重魔術を使えたという魔術師も女性だったと言うが…まあ、今それを説明する必要はないだろう。
「…殿下を相手にしながら、お前に攻撃する暇なんかあるか」
スピネルはむっつりとしながら言った。
確かに仮に私を倒せても、その間に後ろから殿下にやられるのがオチだ。でもその素振りを見せるだけでも殿下の集中力を削げるし、大分違ったと思うが…。
「まあいいですけどね。どうせこれはただの小手調べですし。でも、次からは遠慮しなくていいですよ。私、仮に二人いっぺんにかかってこられても問題なく捌けるくらいの自信はありますから!」
どうも遠慮されてるようなので、あえて自信満々に言い切った。
「どういう前提だそりゃ」
「実戦ならよくある事でしょう?」
実際は、もし実戦で殿下とスピネルの二人にかかってこられたら逃げの一手なのだが。
近距離で魔術師が剣士を相手にするのは愚か極まりない。できるだけ間合いを取って身を隠し、可能なら反撃をするだろう。
逃げ場がないくらい囲まれてしまったら、粘って味方が来るのを待つか、できるだけ敵を巻き込みつつ自爆するくらいしかなくなるが…それはできれば二度とやりたくない。
「…分かった。じゃあ、次はスピネルがリナーリアと組むといい。俺が相手をする」
殿下が仕切り直すように言った。
「よーし!やったろうじゃねえか!」
今の結果が不本意だったらしいスピネルは俄然乗り気のようだ。
勝てないまでも、もうちょっと粘れるつもりだったんだろうな。
「その前に、そのままじゃ風邪を引きますよ。乾かすのでちょっと待って下さい」
そう言って近寄ると、スピネルは後ろで束ねていた髪を解いてぶるぶると首を振った。
周囲に水滴が飛び散る。
「ちょっ、何するんですか!」
「犬か」
殿下ですら呆れ気味だ。スピネルの方は何故か胸を張っている。犬じゃなきゃ悪ガキだな。




