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第26話 入学式

 いよいよ王立学院の入学式の日がやって来た。

 剣術や魔術、さらに歴史や政治など幅広い分野について学ぶこの学院は、国によって運営されている教育機関である。

 校舎及び学生寮は王城のすぐ近くにあり、在学期間は基本的に3年。主に15歳になった貴族の子女が通うが、入学年齢に上限はない。

 庶民でも入学に必要なだけの高魔力所持者ならば入れるが、学費には補助が出るものの、制服や寮費その他教材費などで色々とお金がかかる。

 王都にはちゃんと庶民向けの学校もあるので、わざわざこの学院を選ぶのはよほど裕福な者だけだ。


 教育課程には騎士課程と魔術師課程の二種類がある。魔術師課程への入学にはより高い魔力や魔術への資質を要求されるが、まあ高位貴族の子供ならほぼ満たせる程度の基準だ。

 学問や教養については両課程で共通の授業を受けるが、学年が上がるにつれ、主に戦闘訓練において別々の授業を受ける事になる。


 クラス分けは課程別ではなく混合。課程別に分けると男女比率が偏ってしまうからだ。

 学院は元々男子の比率の方が高い。あまり裕福ではなく全ての子供を学院に通わせられない下位貴族の場合、嫡男など男子だけを学院に入れる事がよくあるのだ。

 女子は卒業後は結婚し家庭に入る者が多いのもあり、無理に学院に通わせる必要はない。


 そして男子は大抵の場合、出身の家と同じ課程を選ぶ。貴族は騎士系の家の方がずっと多いので、男子の大半が騎士課程という事になる。

 それに対し、女子は多くの場合が剣を忌避して魔術師課程を選ぶ。カーネリア様のように女騎士を目指す女子は少数派なのだ。


 これでもし課程別にクラスを分ければ、汗臭い騎士課程クラスと、かしましい魔術師課程クラスの出来上がりとなってしまうだろう。

 だから男女比率が均等になるように二課程混合でクラス分けがされているのだ。

 何しろ学院は教育の場であると同時に、結婚相手を探す場でもある。男女が交流する機会は多ければ多いほど良い。


 また、ここの学生は基本的に学生寮に住むことになる。

 貴族の大部分は冬の間領地に帰るので、親がいない間も子供たちが学院に通うための措置だ。

 届け出さえすれば外泊は自由なので自分の屋敷から通う者も中にはいるが、週ごとに届けが必要になるし面倒なので、普通に寮に住む者が大半となっている。


 なお、一人につき一人ずつ使用人を寮内に出入りさせる事が可能だ。

 勤続7年以上、同性、身分証明ありなどのいくつかの条件を満たした上、予め審査を受け許可証をもらう事で朝6時から夜8時までの間に限り寮内に出入りできる。

 高位貴族のほとんどは、このために子供が幼い頃から一人以上の使用人を専属で付けて育てている。私の場合はコーネルだ。

 ちなみに王子及びその従者は、護衛上の問題もあり入寮はせずに王宮から通う。どうせ近いし。




 入学式の時間が近付くにつれ、真新しい制服に身を包んだ新入生達が学院へと集まってきた。

 学院の制服は男女共に臙脂色の上着で、下は男子はズボンで女子は膝下のスカートだ。

 ネクタイは学年別に色が違い、1年生は青。2年が紫で、3年が緑になっている。


  まずは学院長からの挨拶。白髪の老魔術師で、その話は豊かな顎髭よりも長い。

 いい加減眠くなってきた所で新入生代表からの挨拶。今年の代表はもちろん殿下だ。立派な挨拶だが、前世とちょっと内容が違っている気がするな。細かくは覚えていないが。

 それから生徒会長からの挨拶、教師の挨拶、来賓からの祝辞などが行われた後、各教室へと向かった。


 私と殿下、スピネルは同じクラスになっていた。

 偶然かも知れないが、もしかしたら忖度されたのかも知れない。表立って言いはしないが、やはり第一王子というのは特別扱いなのだ。

 カーネリア様は別のクラスで残念だが、ペタラ様が一緒のクラスだった。

 …それと、フロライアも同じクラス。前世もそうだったので予想はしていたが。


 クラス担任はノルベルグ先生だった。怪我で一線を退いたが、昔は優秀な騎士だったという教師だ。

 頬に傷のある無骨な外見だが思いやりがあり、生徒からも教師からも信頼される良い先生だと思う。



「それでは皆、一人ずつ自己紹介をするように」


 ノルベルグ先生に促され、右前から順に簡単な自己紹介をしていく。

 クラスの大半はパーティーに出ていたし既に顔見知りなのだが、最初だしこういうのは大事だろう。

 席順は事前に教師によって決められていたものだが、特に規則性はなくランダムのようだ。


「ニッケル・ペクロラスです。ペクロラス伯爵家出身、騎士課程です。趣味は絵を描くこと。どうぞよろしくお願いします」


 極稀に受けを狙いに行く者もいるが、だいたい皆無難な自己紹介だ。

 前世でクラスメイトだった者もいれば、そうではない者もいる。


「リナーリア・ジャローシス、ジャローシス侯爵家の長女です。魔術師課程で、特技は水の魔術です。どうぞよろしくお願いします」


 私もごく普通の挨拶で済ませたのだが、殿下ほどではないにしろ明らかに他より注目を集めている気がする…。

 絶対あのパーティーのせいだ。

 前世は王子の従者として目立っていたため色々苦労したので、今世は地味で目立たないように過ごしたかったのに、スタートからもはや大失敗している。

 アーゲンめ…別のクラスで安心したが覚えていろ。


 自己紹介の後は各課程のカリキュラム説明や校内の設備、使い方などについての説明がされた。

 その辺りについて書かれた冊子が入学前に配られてはいるが、ちゃんと読んでこない者が絶対にいるので仕方ない。


 入学1日目はここで終了だ。本格的に授業が始まるのは明日からになる。

 あとは既に荷物が届いているはずの寮に帰ろうが校内を見て回ろうが自由だ。校内では上級生が様々な部活動をやっているので、その見学に行く者も多い。

 私はどうしようかと考える前に、殿下から声をかけられた。スピネルも一緒だ。


「リナーリア、良かったら一緒に校内を見て回らないか」

「はい!」


 殿下からのお誘いならばもちろんOKだ。また視線を集めているが王子だから仕方ない。

 …よく考えなくても、殿下の友人の時点で地味に過ごすのは無理だったかも知れないな…。



 校舎の上の階から順番に、各教室を見て回る。

 図書室や美術室、魔法薬の実験室などが並んでいるが、特に広いのは音楽室だ。この学校を建てた当時の国王が音楽好きだったからだそうで、設備も様々に整っている。


「殿下は音楽は何を?やっぱりピアノですか?」

「そうだな。あまり得意ではないが」

「ぜひ聴いてみたいです。私も一応ピアノをやっていますが、正直言って苦手ですね」


 貴族の子供は必ず何か一つは楽器を習う。嗜みというやつだ。

 ちなみに私がピアノを選んだ理由は簡単で、家にピアノがあったからだ。同じ理由でお兄様達もピアノをやっている。ティロライトお兄様が一番上手い。

 私は音楽自体は嫌いではないが、自分で演奏するよりも聴く側でいたい人間だ。


「スピネルは何をやっているんですか?」

「俺はバイオリンだな」

「ああ、それっぽい感じしますね」


 バイオリンを弾くスピネルはいかにも絵になりそうだ。間違いなく女子にキャーキャー言われるやつだな。


「スピネルはなかなか上手いぞ」

「大した事はねえよ」


 スピネルはそう言うが、殿下が褒めるなら実際に上手いんだろう。


「貴方って本当に器用ですよねえ…」


 こいつ大抵のことはしれっととこなすんだよな。

 私は魔術以外は不器用なので羨ましくなりながらそう言うと、スピネルは少しだけ得意げな顔になった。

 だが横から殿下が突っ込む。


「スピネルは確かに器用だが、その上でいつも陰で努力しているんだ。負けず嫌いだからな」

「そういう事は言わなくていいっつってんだろ!大体殿下に負けず嫌いとか言われたくねえ!!」


 むきになるスピネルに、私は思わず笑ってしまった。

 殿下の負けず嫌いも相当だからな。と言うか、殿下ほどの負けず嫌いは他に見たことがない。


 悔しくてもあまり表情に出さず淡々としているのでそうは見えないのだが、勝負事になると絶対に譲ろうとしないので、カードゲームなどをする時は大変だった。

 殿下は恐ろしく引きが強いので、あまりに勝てなくて面白くなかった私がブラックジャックでこっそりカウンティングを使って連勝したところ、その後延々と勝負を続けられて困った覚えがある。


 殿下とスピネルの場合、殿下は特に剣に強いこだわりがあるので、剣術訓練で相当に手を焼いているはずだ。

 前世でも殿下は武芸大会でスピネルに負けた時めちゃくちゃ悔しがってたからなあ…。

 私は基本的に魔術師なのでその方面で張り合う事はなかったが、そういう意味でも魔術師で良かった。

 そんな事を思い出しながら、私はどうどうと二人を宥めた。



 1階まで降りてから、一度外に出た。外には運動場と訓練場がある。


「魔術訓練場は思ったより狭いんだな」

「かなり強力な防護結界が設置してありますからね。あまり広げると維持が大変になるみたいです」


 学院の教員や衛兵達も十分に優秀なのだが、さすがに王宮魔術師がたくさんいる城の練兵場のような広さの結界は無理だ。


「大規模な訓練の時は転移魔法陣で近郊の野原に行くそうです。1年生のうちはほとんどやりませんが」

「さすが、よく調べてるな」

「ええまあ…」


 実はここの卒業生だからなんですけどね。3年間過ごした場所なので、やはり懐かしい。


「えーと、あとは食堂と寮くらいですかね?」

「なら食堂に行くか。少し早いが昼食にしよう」

「そうだな」

「はい」



 まだ早い時間だからか、食堂は思ったより空いていた。

 ここは基本的にビュッフェ形式だ。男子と女子、騎士課程と魔術師課程などで食べる量にかなりの違いがあるからだ。

 貴族の子女が通う学校だけあって味はかなり良い。

 私はフラメンカエッグという卵料理がお気に入りなのだが、今日はないようなのでオムレツを取る。殿下とスピネルはビーフシチューだ。

 ちょうど焼きたてのパンが出てきたのは幸運だった。やはりパンは温かいうちに食べるのが一番美味しい。


「なかなか美味いな」


 スピネルも感心したようだ。ごろごろと大きな牛肉を柔らかく煮込んだビーフシチューはここの人気メニューの一つである。

 殿下も無言でもりもりと食べている。かなりの健啖家で見ていて気持ちが良い食べっぷりなので、殿下が食事をしている所を見るのは密かに好きだったりする。

 私は少食な質だったのでとてもこうは食べられなかった。今世では輪をかけて食べる量が減ってしまったし、女性の胃袋って本当に小さい。



 そうして昼食を食べ終わりお茶を飲んでいると、数人の生徒がこちらにやってきた。

 真ん中の男子生徒は緑色の髪を丁寧になでつけ、銀縁の眼鏡をかけている。

 この学院の生徒会長、3年生のジェイドだ。両脇にいる生徒たちにも見覚えがある。生徒会役員だ。


「こんにちは、エスメラルド第一王子殿下。改めてご入学おめでとうございます」

「有難うございます」


 立ち上がった殿下が頭を下げる。王子と言えども、学院の中では上級生に対しては敬語だ。


「既に聞いていると思いますが、殿下には生徒会に入っていただきたいと思っています」

「はい。光栄です」


 王子の生徒会入りは予め決められている。未来の国王としての教育の一環だ。

 だが、こうしてわざわざ向こうから挨拶にやって来るジェイド会長の几帳面さと真面目さを、私は高く評価している。実直で信頼できる、前世でもお世話になった人物だ。


「詳しくは明日話します。放課後、生徒会室にお立ち寄り下さい」

「わかりました」

「それと、殿下の補佐をする生徒会役員を一人ご推薦いただきたい」


 これも推薦は形式上のもので、初めから決まっている。当然従者が補佐に付くのだ。


「では、こちらのリナーリアを」


 …うん?


「は、はい?殿下?」


 耳を疑い尋ねると、殿下はいつもの無表情のままで答える。


「君を生徒会に推薦する」

「え!?」


 思わずジェイド会長の方を見るが、後ろの役員を含め皆驚いた顔だ。


「あの、スピネルじゃないんですか?」

「俺はそういうのは向いていません。リナーリアが適任かと思います」


 私の疑問に横から口を挟んだのはスピネルだ。殿下と同じく、ごく当たり前のような顔をしている。

 さては事前に殿下と相談していたのか。


「俺は君に補佐をやって欲しい。もちろん、嫌なら構わないが…」

「い、いえ!嫌ではありません、光栄です」


 私に殿下の頼みを断れるわけがない。戸惑いながらも了承する。

 殿下は「ありがとう」と言うと、ジェイド会長の方へと向き直った。


「彼女の優秀さは俺が保証します。よろしいでしょうか」

「…あ、ああ。制度上は特に問題はない」


 ジェイド会長は微妙に動揺しつつうなずいた。

 動揺しているのはこっちもです。



「ちょっと、どういう事ですか!」


 会長達が去った後、私はスピネルを問い詰めた。


「あ?何で俺に言うんだよ」

「どうせ貴方が何か言ったんでしょう」

「ちげーよ」

「ああ。俺の意志だ」


 殿下もうなずく。


「それにさっきも言っただろ、こういうのは俺よりお前の方が向いてる」


 確かに私は前世でも生徒会に入っていたし、将来的には文官の道も考えていたので書類仕事も得意だが…。


「…で、でも、スピネルは従者でしょう。殿下の補佐をするべきでは」

「必要な事はちゃんとやるさ。でも生徒会は俺がどうしても補佐しなきゃならないものじゃない。もっと向いてる奴がいるならそっちに任せればいい」

「……」


 思わず言葉をなくしてしまうが、殿下も同じ意見のようだ。


「リナーリアならスピネルより上手くやれると思う。スピネルはまた別の所で役に立ってもらえばいい」

「殿下…」

「大体、生徒会とか面倒だしな。まあせいぜい頑張れ」

「本音が出ましたね!?」


 怒る私に、スピネルがにやにや笑う。殿下は苦笑気味だ。

 こうして、私の入学一日目は終わったのだった。

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