第1話 再会※
「リナーリア、ご挨拶なさい。こちらが第一王子エスメラルド殿下だ」
そう父から紹介されたのは、淡い色の金髪をした同い年くらいの少年だった。
私よりもわずかに高い目線。表情には乏しいけれど、凛と整った顔つき。
その翠の瞳を見た瞬間、胸いっぱいに熱いものが広がるのが分かった。
切ないような温かいような、痛いほどに胸を締め付けるその感覚に戸惑い、そしてすぐに理解する。
懐かしい。…とても、とても懐かしい。
少年がぎょっとしたように目を丸くした。その様子を見た母が「どうしたの?」と私の顔を覗き込み、驚いて口元に手を当てる。
私の両目からは、ぼろぼろと涙が溢れていたのだ。
「あっ…」
慌てて顔に手をやるが、涙は止まらない。
「うぐっ…うっ…ふっ…」
懐かしさと嬉しさと、何だか分からない感情がごちゃごちゃになり、津波のように押し寄せてくる。
「ど、どうしたの、リナーリア。落ち着いて」
おろおろとした母がそっと抱きしめてきて、私はたまらずに大声で泣き出した。
…慌てた母の腕に抱かれた私はその場から連れ出され、自分の部屋に放り込まれて、ベッドの中でめちゃくちゃに泣いた。
泣いて泣きまくって、泣き疲れた私はそのままぐっすりと眠った。
そして翌朝、不思議なほどにすっきりと爽快に目覚め…全て思い出した。
私はリナーリア・ジャローシス。
このヘリオドール王国に数ある貴族家の一つ、ジャローシス侯爵家…その当主アタカマスと妻ベルチェの末娘。
だけど私はかつて、全く違う名前で呼ばれていた。
リナライト・ジャローシス。
ジャローシス侯爵家の三男坊として生まれ、第一王子エスメラルド・ファイ・ヘリオドール殿下の従者となり、幼い頃から共に育てられた青年。
それが私だった。…そのはずだ。
もぞもぞとベッドから起き上がり、部屋に置かれた姿見の前に立つ。
そこに映っているのは、青みがかった銀色の髪を長く伸ばした青い瞳の10歳の少女だ。
「…一体どうしてこうなった…」
呻きながら、自分の両手のひらを見つめる。見慣れた、傷一つない白く小さな少女の手だ。
私は昔、これよりずっと大きな手をしていた。もっと指の長い、ペンだこと剣だこのある男の手。
私にはこの10年間、リナーリアという名の少女として生きてきた記憶がちゃんとある。もちろんあまり幼い時のことはほとんど覚えていないが、物心ついてからの記憶はしっかり残っている。
それと同時に、リナライトとして生きた20年の記憶もはっきりと思い出せた。
「時が戻った…いや、生まれ変わった…のか?」
鏡の中の自分に問いかけてみても、返事などある訳がない。
しかし、状況から考えて浮かんでくるのはそんな可能性くらいだ。
あまりにバカバカしい話ではある。
人が生まれ変わる物語は読んだことがあるが、あくまで神話や小説の中のこと、創作でしかない。
そうしてしばらく悩んでみたが、やはりこの結論に達する。
…リナライトであった私は死んで時を戻り、女のリナーリアとして生まれ変わったが、それを思い出すことなく10年間生きてきたのだと。
月影がわずかに覗く夜の森。彼女と、その仲間たち。
どうやらあの夜の記憶までしかないようなので、きっとあそこで私は死んでしまったのだろう。その瞬間については、曖昧でどうにもはっきり思い出せないけれど。
何故こんな事になったのか。
もしかしたら私は頭がおかしくなっていて、全てが妄想なのではないかという可能性も少しだけ考えたが、その考えはすぐにどうでも良くなった。
だって本当に時が戻ったのなら、私には絶対にやらなければならない事があるからだ。
…あの夜、殿下は私の目の前で命を落とした。
今でも生々しく思い出せる。真っ青になった唇も、こぼれ落ちた血も、冷たくなっていくその手も。
もう二度と失われてなるものか。
エスメラルド殿下の命を、何としても絶対に救うのだ。




