第15話 遺跡(後)
18個目の扉、一番隅にあったその部屋は、他の部屋と明らかに様子が違っていた。
いくつもの棚が整然と並んでいる。
置かれているのは沢山のガラス瓶、本、それから箱。なんだか判別できない不思議な物体。
「倉庫かな…?」
どうもこの部屋そのものに保存の魔術がかけられているようだ。だからぎっしりと物が残っているのだろう。
様々な大きさのガラス瓶には透明な液体が詰められており、そこに何かの肉片や骨片が浮かんでいた。色や形からして人間のものではなさそうだが…正直ちょっと気味が悪い。
しかし、一番下にいくつか並んでいる手のひらほどの大きさの小瓶が気になった。
これは液体が入っておらず、キラキラと光る何かが入っているようだ。
そのうちの一つを手に取って眺めてみる。
カランと小さな音を立てて瓶の中で転がったのは、3cmほどの大きさの平べったい何かの破片だった。
色は真っ黒だが、光を反射すると赤く光ってとても綺麗だ。
しかも、持っていると何故か温かい。瓶そのものが熱を持っているわけではないのに、手に持つだけで身体がほんのりと温かくなるのだ。
何かの魔導具…?いや、魔力は感じない。何らかの力は感じるような気がするのだが…。一体何の破片だろう。
少し迷ったが、私は小瓶をスカートのポケットに入れた。何であろうと、暖を取れるのはありがたい。
次に本の棚の前に移動した。予想通り、背表紙に書かれていたのは古代神話王国文字だ。
実は私は古代文字が読める。
遠い昔に失われたこの文字が読めるのは古代文明の研究者か、学院の選択授業でこのマイナーな文字を学んだ変わり者だけ。…私は後者である。
だってほら、古代ってロマンがあるし…。
「流星…竜…解析…骨…?」
ざっと見た所、どの本も竜に関して記されたものばかりのようだ。
それも物語や伝承などではなく、実在する生き物として書かれたものに見える。観察や解析の記録らしきタイトルが多い。
試しに一冊手に手に取ってみる。
「流星」と呼ばれる竜について、日誌形式で書かれた記録のようだ。全部で数十冊あるように見える。数が多すぎるので、ある程度飛ばし飛ばしで読んでいく。
書かれていたのは、魔獣が増えるにつれ竜が暴れるようになったということ。
竜は幾度も繰り返し暴れ、そのたびに大量の被害が出たこと。
…火竜の伝説とは違い、魔獣は竜が生存していた頃から普通に存在していたようだ。
魔獣と竜がどういう関係なのかは分からないが、その動きには関連性がある…と古代王国の人は考えたらしい。
竜を討伐するための研究が進められていた事もわかった。何か巨大な魔導兵器を作ろうとしたらしい。
さらに読み進めると、苦労の末に竜を倒すことに成功したと書かれていた。戦いの内容については別冊を参照…別冊ってどれだよ。いや、まずは先を読もう。
そこからは魔獣被害の記録になっている。
だが、その日付が少し気になった。どんどん魔獣被害が出る間隔が短くなっているのだ。しかも、被害規模も増えてゆく。
やがて被害記録は毎日付けられるようになり、絶望を感じさせる描写が増え…そして、そこで途絶えていた。
「ふう…」
しばらく後。私は4つ目の棚にあった本を閉じると、また元に戻した。
大量の本のうち、ある程度理解できたのは最初の日誌くらいだった。残りの本はだいたい竜殺しの武器や、竜の体について書かれているようだ。
どの本も専門用語ばかりで内容はほとんど分からないが、皮膚、骨、肉、と言った単語が散見される。何かの分析結果らしい数字も沢山並んでいる。
どうもここは竜の生態やその肉体について研究する場所であったらしい。
初めは竜を討伐するために。討伐が成功した後は、その死体について研究したのだろう。
日誌に書かれた竜の力は絶大なものだった。それほど強大な生き物の肉体ならば、調べる事は尽きないはずだ。
殺して切り刻んだその死体をここに運び入れた…いや、火竜山はそもそも竜の棲み処だ。死体があった場所に研究所を作ったのかもしれない。
棚に並んだ、いくつもの肉片や骨片の瓶。あれこそが「流星」と呼ばれた竜の一部だろう。
幾度も暴れ回り多くの人々を殺した竜とは言え、これほどに切り刻まれ晒されるというのは少し哀れな気がした。
…待てよ。という事は、ポケットに入れたあの温かい小瓶の中身は、竜の鱗の破片だろうか。
もしかして持ってたら呪われたりするかな…とちらりと思いポケットに手を当てたが、そこからは相変わらず温かさを感じる。
それは決して悪いものではないような気がした。
単なる都合の良い思い込みかもしれないが。
「…って、本ばっかり読んでどうする!!」
私ははっと我に返った。しまった、本を見かけるとつい…!目的は鍵を探すことだと言うのに!
慌てて本以外のものを探し始める。
えーと、これとか怪しいぞ。
棚に収められていた箱を片っ端から取り出し、中身を確かめる。
小さな黒っぽい箱がたくさん入ったものや、何に使うのか分からない謎の道具が収められたものが多い。
「…ん?これ…」
とある箱の中に、手のひらに収まるほどの小さな透明の板が数枚重なって紐で止められていた。
「この板、魔石で出来てる…?」
束ねられたうちの一枚を抜き取り、書かれた小さな文字を読む。
「外部…内部…移動、許可…。…これだ!!」
よく見るとうっすら魔法陣も透けて見えるから間違いない。
これは、ここを出入りするための入場許可証だ。
私は魔石の板を持って最初の四角い小さな部屋へと走った。
乱れた息を整え、壁に嵌められた魔法陣のプレートに板をかざしてみる。
「……」
魔力を流してみる。
「……」
ぺたぺたと色んな角度で板をプレートに当ててみる。
「……」
…発動しない。近付けるとぼやっと光りはするのだが、それだけだ。
転移は起こらない。
「…何故!?」
反応はあるから、これが鍵で合っているはずなのだ。
つまり、発動方法が間違っているか、発動条件が足りないか。
もしかしてキーワードが必要?登録者しか使えないタイプ?それとも他に何か…?
…どうしよう。
ひどく焦り始める。「見つけたのに使えない」というのは、「あるかどうか分からない」よりもはるかに絶望的だった。
にわかに「もう帰れないのかもしれない」という考えが現実味を帯び始め、背中を冷たい汗が伝うのが分かる。
いやだ。
せっかく生まれ変わったのに。
もう一度会えたのに。
まだ何もしていない。
何も守れていない。
あの方を救う術を見付けられていないのだ。
「お願いします…お願いですから」
発動してくれ。
帰らなければ。
滲む視界の中、必死で板をプレートに押し付け、ありったけの魔力を注ぎ込む。
不思議な浮遊感が身体を包んだ。
「殿下…!!」
「…リナーリア」
ふと殿下の声が聞こえた気がして、私は目を開けた。
殿下は私の目の前で、ベッドに腰掛けこちらを見上げていた。
「…え?」
思考が停止する。
えっ?
殿下が呆然とした顔で立ち上がり、私の頬に手を伸ばす。
初めはそっと触れ、それからぺたぺたと顔やら頭やらを触り、最後に私の頬をつねった。
「ふぇっ!?」
思わず悲鳴を上げる。
「…リナーリアだ」
殿下はもう一度呟くと、がばっと私を抱きしめた。
「良かった…リナーリア…俺はもう、君に会えないのかもしれないと…」
かすかに震える声が、耳のすぐ横から聞こえる。
温かい腕と身体が、私を包んでいる。
「…殿下。本当に、殿下ですか…?」
「そうだ、リナーリア。俺だ。…君は、ちゃんとここにいる」
殿下の肩越しに、どこか見覚えのある部屋の内装が見えた。
じわじわとこれが現実なのだと頭に染み込んでくる。
目の端から涙がこぼれるのが分かった。
ぎゅっと殿下の服を握りしめる。
「私も…もう一度貴方に会えて、良かった…」
誤字報告・評価・ブックマークありがとうございます!




