第14話 遺跡(前)
「…何だ、ここは…」
私は呆然と周囲を見回した。
四方すべてを薄灰色に包まれた、がらんとした小さな四角い部屋。
天井にはぼんやりとした白い明かりが灯っている。魔術の明かりのようだが、目を凝らしても魔力を感じない。
前方には閉ざされた扉が一つ。
壁も床もつるつるとした光沢があって、不思議な紋様が入っている。なんと全く継ぎ目が見えない。
指先で触れてみたが、石のようにも金属のようにも感じる。何を材質に、どんな技術で作られているものか想像もつかない。
明らかに異質な文明だと一目でわかる場所。
信じられないと思いながらも、考えられる可能性は一つ。
…ここは、古代神話王国の遺跡だ。
古代神話王国ははるか昔、この島で栄華を誇ったという国だ。正式名称はもっと長ったらしいのだが、面倒なのでほとんどの人は「古代王国」とだけ呼ぶ。
いつ頃存在したのかはっきりとは分かっていないが、一万年は昔だろうと考えられている。現在とは比べ物にならないほどに優れた技術や魔術、文化を持ち、その力は強大な竜を殺すほどだったと言う。
だが魔獣の大量発生…大災害で滅びてしまい、その文明は失われてしまった。
現在は、朽ちた遺跡と何らかの道具などがごくわずかに残るのみだ。
…それなのに、まさかこんな遺跡がまだ残っていたなんて。
狭い部屋だが、見た限り古びた様子はない。まるで作られたばかりのように綺麗だ。
窓の類は一切ないためここがどこなのかは確認できないが、これほどしっかりした形で残っているのなら地中である可能性が高いか。
それほど遠い距離を転移したとは思えないので、火竜山の内部か、あるいは付近の地下かもしれない。
改めて現状を確認する。
ここにいるのは私だけだ。スピネルが殿下を魔法陣の範囲外に引っ張り出してくれたおかげで、転移したのは私一人で済んだらしい。
怪我など肉体への異変は特に感じられない。ごくスムーズに転移されたようだ。
あの瞬間、殿下は私を助けろという意思を込めて「リナーリアを!」と叫び、私は殿下を助けて欲しいと「殿下を!」と叫んだ。
そしてスピネルは、殿下の腕を引く事を選んだ。
正しい判断だ。従者として、主の生命を守ることを優先しただけ。逆の立場だったら私も同じ事をしただろう。
「…でも、殿下は怒ってるだろうな…」
誰かを犠牲にして自分一人が助かる、そんな事を殿下は決して望まない。
スピネルもあれで義理堅い男だし、責任を感じているだろう。
だから早く戻らなければ。
先程展開していた魔法陣は非常に複雑で、私の知っている転移魔法陣とはかなり違っていたが、形状は相互通行のもののように見えた。
きっとすぐ近くに、元の場所に戻るための魔法陣が描かれているはず…と再びぐるりと部屋を見回すと、後ろの壁にそれらしきプレートが嵌められているのを見つけた。
中央に小さな魔法陣が描かれている。
「これだ!よし、すぐに戻ろう」
早速魔法陣に向かって魔力を流してみる。
…だがいくらやってみても、描かれた魔法陣がわずかに光るだけで他に何も起こらない。
「鍵が必要なタイプか…」
転移魔法陣ではよくある、予め作られた鍵を持つ者だけが発動できるようになっているものだ。また、鍵自体に魔力を込めておくことで、魔力が少ない者でも使用を可能にしたりする。
しかしそれならば何故、さっきは鍵を持たない私に対して発動したのだろう。
私の探知魔術に反応した?それとも地震によって周辺の魔力が乱れたせいで、長年の風雨に晒され壊れていた魔法陣が誤作動したのか?
あれほど大きな地震は、地震の多いジャローシス領でもめったにないものだ。かなり強く影響が出てもおかしくない。
どちらにせよ、外に出たければ鍵を探すしかないだろうな、と私はため息をついた。
まずは部屋の外の様子を伺おうと扉に向かって歩み寄ると、何もしていないのに勝手に開いたのでびっくりしてしまった。
まあ、鍵がかかっていないのはありがたい。
警戒しながら頭だけを出して確認する。
奥は暗くてよく見えないが、部屋の中と同じ謎の材質でできた廊下がまっすぐに続いているようだ。左右にはいくつかの扉がぽつぽつと見える。
じっと耳を澄ませてみたが、物音一つせず、人や魔獣などの気配は感じられない。危険なものはいなさそうだ。
とりあえず、部屋の外へと出てみる。
「!明かりが…!?」
廊下を歩いてみて驚いたのだが、なんとこの廊下は私が歩くその周辺だけに明かりがつくようだ。
さっきの勝手に開く扉と言い、今の魔術でもやろうと思えば再現できる事だが、長期間の維持はとても大変だ。
古代王国が滅びてからずっと放置されてきたのだとすれば、およそ一万年も経っている事になるが…それほどの期間明かりの魔術(魔術なのかどうかすらよく分からないのだが)を維持できているなんて、彼らは本当にどれだけ凄まじい知識と技術を有していたのか。
興味は尽きないが、今はとりあえず魔法陣の鍵を探そう。
鍵は様々な形で作られるが、動力源として魔石が付けられる場合が多い。魔石は魔力を蓄える性質を持った透明な石で、独特の気配を持っているので魔術師ならばすぐに見分けがつく。
部屋はいくつもあるようだし、しらみ潰しに探していくしかないだろう。
…鍵などどこにもないかも知れないという可能性は、あえて考えないようにした。
「…ここもだめか…」
12個めの扉から出ながら、私は呟いた。
ここに来るまですべての部屋に入ってみたが、どこにも鍵らしきものはなかった。
ほとんど何もないがらんとした部屋。これが一番多い。
机と謎の板が置かれた部屋。
金属の箱がいくつも置かれた部屋。
魔導装置のようなものが置かれていた大きめの部屋には少し期待したが、めぼしいものは特になかった。何が起こるか分からないので、装置には触っていない。
生き物の気配は全く無かった。かと言って死んだ物の気配もない。
遺跡内はただ、しんと静かだった。
不思議なのは、どこを歩いても埃がほとんど落ちていないことだ。
埃や汚れを自動的に浄化してる…?だから、朽ちてしまったものは全て消された?
そう考えればほとんど何も残っていないのも納得できるが、どうやって埃とそれ以外のものを判別しているのか。一体どんな技術なんだ。
考えても答えは出ないであろう様々な疑問で頭を埋め尽くしながら、私は軽くくしゃみをした。
「…寒い」
そう。さっきから気になっていたが、ここは寒い。
窓が一つもないせいだと思うが、何らかの方法で空気が冷やされているような気もする。
そもそも今の私は、秋にしては薄着なブラウスとスカートにブーツという軽装だ。足湯に浸かった際に体がすっかり温まっていたので、小川を見に行った時は上着を脱いでいたのである。
魔術で暖を取りたい所だが、燃やすものが周りにないので魔力だけを燃料にしなければならない。これは魔力の消費が激しいのだが、あまり寒いと今度は体力を消耗するしな…。
何かあった時のために魔力はできる限り温存したいのだが、背に腹は代えられない。
私は魔術で炎を出そうとして魔力を集中させ…しかし、何も起こらなかった。
「…あれ?どうして」
試しに水も出してみようとする。
が、やっぱり何も起こらない。
魔力を練る事はできるのだが、発動する事ができない。
…ここは魔術が封印されている空間なのだ。
途端に私はぞっとした。
火もなければ水もない。ここで、わずか13歳の少女の肉体しか持たない私が一体どれだけ保つだろうか。
今の所、私を捜索する者が来る気配はない。
ここは広いが、耳が痛くなりそうなほど静かなので誰かが入って来たならすぐに分かるはずだ。
もうすでに転移してから1時間以上は経っている。
侯爵令嬢が消えたとなればかなりの大騒ぎになっているはずだが、それなのに未だに誰も来ないという事は、誰もあの岩の転移魔法陣を動かせていないのだろう。
「……」
私はぐっと唇を噛みしめると、不安を振り払ってまた歩き出した。
…来るかわからない助けを期待するより、急いで鍵を探さなければ。




