挿話・3 剣と魔術と【前世】
リナライトがぼんやりと目を開けると、細かい模様の描かれた天井が目に入った。
「大丈夫か?」
横からかけられたのは、聞き慣れた主の声だ。
「殿下…?」
「お前は頭を打たれて倒れたんだ。覚えているか?」
「…頭を…あ!」
何があったか思い出し、慌ててベッドから起き上がろうとするが、エスメラルド王子の腕がそれを押さえる。
「急に起きない方がいい。怪我は治したはずだけど…」
「大丈夫みたいです。痛みもありません」
打った額に手を当てるが、確かに傷はないようだった。医術師が治癒をかけてくれたらしい。
王子はほっと安心したようだった。
心配してくれたのだろうと申し訳無さが募る。
リナライトは剣の稽古中、王子の剣を受け損ねて頭を打たれてしまったのだ。
練習用の木剣なので傷は大したことがなかったと思うが、そのまま気絶してしまったらしい。
「申し訳ありません…」
しょぼくれるリナライトに、王子が首を横に振る。
「いや、僕こそすまなかった。お前の調子が悪そうなのは分かっていたのに、ちゃんと剣を止められなかった」
「で、殿下は悪くありません!僕が悪いんです。ちゃんと集中できてなかった」
リナライトはゆっくり起き上がると、拳を握りしめ視線を落とした。
「…昨夜、つい夜ふかしをしてしまったんです。届いたばかりの魔術理論の本に夢中になってしまって。
気が付いたら夜が更けていて、すぐに眠ろうとしたんですが、読んだばかりの本の内容が頭の中を回ってどうしても寝付けなくて…」
「寝てなかったのか」
「はい…ほとんど」
「夜はちゃんと眠って休まなければだめだ」
「すみません…」
「分かったならいい。気にするな」
王子は優しいのでそう言ってくれるが、これは明らかに自分の落ち度だ。
「…僕はただでさえ殿下よりもずっと剣が下手なんです。もっと真面目に稽古をしなければいけないのに」
「お前はいつも真面目だ」
「いいえ。全然足りません」
リナライトは実際、同年代の子供に比べて特別下手なわけでもない。せいぜい中の下と言ったところだ。
しかし一緒に稽古をする王子の剣の腕があまりに飛び抜けているため、二人の腕前の差はずいぶん開いてしまっていた。
王子に追いつくためにはもっとたくさん稽古をしなければならない、そう言って落ち込むリナライトに、王子は少し考え込む。
「…魔術理論の本は面白かったか?」
「…はい」
最新の魔術理論の本は子供の自分には少し難しかったが、とても刺激を受ける内容だった。
これを自分の魔術に応用するにはどうしたらいいか、つい考えていたらすっかり朝になっていた。
「役に立ちそうか?」
「はい。それは、とても」
あれをしっかり実践できるようになれば、もっと効率的に魔術を扱うことができる。魔獣との戦いや王子の護衛に、必ず役に立つはずだ。
王子はその答えにうなずく。
「ならいい。お前は無理に剣をやるより、魔術を勉強すればいい」
…確かに、教育係や剣術の師範からもそう言われている。
従者としてある程度剣も習得しなければならないが、それよりもお前には魔術師としての役割を期待していると。
「しかし、いざという時のために…」
呟くリナライトに、王子が言う。
「そういう時は僕が前に出て戦う」
「え!?」
リナライトはぎょっとして王子を見た。護衛される側である王子が前に出てどうするのか。
「お前は魔術で後ろから僕を守り、僕は剣で前に出て戦う。お前が前に出るより、ずっと確実だし安全だろう」
「それは…そうですが…」
剣士は前で、魔術師は後ろ。幼い子供でも分かる理屈だ。
しかし、尊い身である王子をそれに当てはめていいものか。
悩む彼に、王子は言葉を続ける。
「安心してそうできるように頑張ればいい。僕はもっと剣の腕を上げるし、お前は魔術の勉強をする。自分の得意なことをやればいい」
不安ならば、安心できるようになるまで努力すればいい。
そして苦手なことを無理にやるよりも、得意なことを伸ばした方がずっと効率的だ。
王子の言葉は、すんなりとリナライトの胸に染み込んでいった。
「…はい。分かりました」
落ち込んだ表情が消え、真っ直ぐ前を向いたリナライトに、王子がうなずく。
「でもやっぱり、剣術の稽古ももっと頑張ります!せめて殿下の従者として恥ずかしくないようにはなりたいので」
そう宣言したリナライトに、王子は「本当にお前は真面目だな」と言って笑った。
彼が酔った時によく語る「殿下の素晴らしいエピソード」シリーズの一つだったらしいです。




