◇モブ令嬢は遭遇しました
・ユリアーネ視点
──さあ、どうなるかな……!?
学院のサマーパーティー当日。私は友人たちに言付けをして自主ダンスレッスンを切り上げ、早々にとある場所にいた。
そう、時計台のある茂みに。
学院祭に時計台、これはもう絶好の乙女ゲームイベントの発生フラグだ。
今日は色々な細かいイベントはあるけれど、このイベントも分岐点のひとつだ。
この学院には、『時計台の下で想いを伝えると叶う』というジンクスがある。だけれど、元々平民として過ごしてきたヒロインは、貴族側の校舎にあるこの時計台の存在もそのジンクスも知らない。そんなヒロインを、ヒーローがここに連れてくるのだ。
そのジンクスについて友人から聞いた時、乙女ゲームと全く同じで感動したものだ。
(……のはずなんだけど、ローザさんの場合だと全く展開が読めないんだよね)
だから、このイベントが起きるのかどうか全くわからない。彼女がどのヒーローとくっつくかも未知数だ。
ダンスパーティーでは意外なことに、攻略対象者の一人である熱血騎士ハンスがパートナーに選ばれていたようで、二人とも真面目にダンスの練習を頑張っていた。
午後のダンスパーティーイベントももちろん大切なイベントだけれど、それには自分も参加することになるからこうしてゆっくり眺めることは叶わない。
すなわち、この午前中だけだ、もしかしたら起こるかもしれない大切なイベントを目に焼き付けるチャンスなのだ。
(色々と変になってるから、イベント自体起こらないかもしれないけれど……だからと言って、こんな機会を逃す私じゃないわ)
心配事はたくさんある。だからこそ、イベントを見て元気を貰いたい。
──そんな邪な思いで茂みに潜むこと二時間。
「ディアナ様、アドルフ様、無作法をして申し訳ございません……私ったらイベントの邪魔とか一生の不覚……っ」
あろうことか、ディアナさまに見つかってしまった私は、観念して茂みから出てくることとなった。
この場に現れたのは、ランベルト様とディアナ様。ディアナ様のキョロキョロとした様子からして、きっとこの場所に来たのは初めてだったに違いない。
一方のランベルト様は、絶対にこの場所のジンクスを知っていると思う。
まさかの組み合わせと思いつつ、イベントが起こったことに内心狂喜乱舞した私だったのに、興奮して身を乗り出してしまっていた。ディアナ様と目が合ったのだ。
(し、信じられない……! いい雰囲気でおしゃべりをしていたお二人の邪魔をするとか、乙女ゲーム関係なくとっても最悪だわ)
イベントを見たい、という軽い気持ちでこの場にいたことを、今はただ後悔する。
「エイミス伯爵令嬢。君はなぜ、あのような場所に? 私たちがここに来ることを知っていたのか?」
ランベルト様の表情は険しい。先ほどディアナ様に向けていたのとは違う、冷たい瞳が私の方を向いている。
「め、滅相もございませんっ! 誰が来るかな〜とは思っていましたけど……」
「誰かから指示を受けて、我々を尾行していた訳ではないと?」
「もちろんです、神に誓ってもお二人を害するだなんてありえません! 私は……あのっ、イベントスチルをわくわく拝みに来ただけですので!!!」
慌てた私は、余計なことまで口走ってしまっていた。
そんな意味不明なことをいえば、一層警戒されてしまうだけだというのに。
(ディアナ様には、伝わらないかな……!?)
ランベルト様を見た後、ディアナ様を見つめると、彼女は一度驚いた顔をしながらも、何か意を得た顔をしてくれた。
「はい……! 本当に、お二人を付け回していた訳ではありません。なんなら、午前の部が始まってすぐにここにいました!」
ディアナ様には伝わったらしい。私は急いで主張する。「わあ……」と少しばかり呆れられた気もするけれど、今ここで悪意がないことを言わなければと思ったのだもの。
私の熱気とディアナ様のアシストにより、ランベルト様は最後には私が二人をつけまわしていたわけではないことを理解してくださったようだった。
「はあ……エイミス嬢には悪意がないということでいいのか? ディアナ」
「ええ。""ここにいること""自体が彼女の目的で、たまたまわたくしたちがここに来ただけですもの」
ランベルト様の発言にディアナ様は真剣な表情で頷いているけれど、あの、私は絶対に偶然ではないと思います……!
そんなことを思いながら、なんとか疑いが晴れたところで、私は二人に頭を下げて急いでこの場から立ち去ることにした。
「最後にこの場をお借りいたしますが……アドルフ様、今日までダンスレッスンの監修ありがとうございました。おかげでダンスが苦手な友人たちも上達したと喜んでおります。では、私は消えます!」
最後に、これまでダンスパーティーに不安を持つ生徒たちの指導者を務めてくださったランベルト様にお礼を言うことにした。
色々とお忙しい中に、ああして時間を割いていただいたことに感謝する。なかなかダンスレッスンの時間は家にいるときのようには取れないもので、他の友人たちも喜んでいた。
(そういえば、ランベルト様は誰とも踊っていなかったな)
走り去りながら、そんなことをぼんやりと考える。
中には、この機会にとランベルト様にダンス練習のパートナーを申し出ていた子たちもいたけれど、それらは全て断っていた。
その横でフリードリヒ殿下とエレオノーラ様はとっても楽しそうにダンスをされていたし、本当になんというか、私はただただ眼福でしたけど!
とにかく今は、この時計台からできるだけ離れて、友人たちと合流したいところだ。
(本当にもう……シナリオが変わっていてよく分からないなあ。でも、イベント自体はきっちり発生しているような気がする……)
考え事をしながら学院の中央広場に近づくにつれて、やはり人が多くなってくる。
楽しそうに過ごしている来客たちをかき分けながら自分の教室に戻ろうと思った時だった。
「ねえ、お義父様、これ欲し〜い」
やけに甘ったるい声がする。バザーに並ぶ列にいる親子から発せられたもののようだ。
何の気なしにその様子に目を留めた私は、思わぬものを目にしてしまった。
(スワロー男爵……!)
見覚えのある男が、彼のことを「義父」と呼ぶ少女と共にいる。
思わず足を止めて固まってしまった私は、さっさと立ち去ればいいのにどうしてだかその場に足が縫い止められてように動かなくなってしまった。
「それはまた今度買ってあげるから。さあ、挨拶回りに行くよ、マーヤ」
「はあ〜い」
頬を膨らませる少女を連れたスワロー男爵がこちらにやってくる。できたら気づかないで欲しいと思ったが、彼は私の存在に気が付いてしまった。
「おや、君は……こんにちは、ご令嬢。エイミス伯爵はお元気ですかな?」
「っ、ごきげんよう。スワロー様。父は元気にしています」
スワロー男爵のべっとりとした視線がユリアーネを見つめている。声をかけられてしまえば、挨拶をするしかない。私はよそゆきの笑顔を貼り付けた。
「お義父様、これ誰?」と連れの少女が不思議そうにしている。
「知り合いの伯爵令嬢だよ。マーヤ。ほら、ご挨拶しなさい。これからたくさんお世話になることになるだろうからね」
「そうなの? わたし、マーヤと言います、よろしくね〜!」
私を訝しんでいた少女は、ころりと態度を変えて親しげに挨拶をしてくる。
「は、はい。マーヤさん。私はエイミス伯爵家の長女ユリアーネです」
話からして、彼女はスワロー男爵がどこかから引き取って養女にしたのだろう。
だって男爵が結婚したという話は聞いたことがない。
(私のお世話になるとはどういうこと? それに、この子の顔、どこかで見たことがある気がする)
男爵家の養女となったマーヤの髪色は落ち着いた茶色だ。瞳の色も同じく。
でもどこかで見たことがある。もっとずっと前に、見たことがあるような──
「……ユリアーネ? 聞いたことないからモブよね」
「!」
ニコニコと愛らしい笑顔を浮かべるその少女の呟きが、風に乗って耳に届く。どこか勝ち誇ったように男爵の腕にするりとくっついた。
「また事業のことで近いうちに邸宅に伺う予定があることを伯爵に伝えておいてくれるかな。では、我々は急ぎの用意があるのでここで失礼」
「バイバーイ」
「はい……」
二人が雑踏に紛れてゆく様を、私は呆然と眺める。スワロー男爵と伯爵家の繋がりは、私にとっては消えてほしいものだというのに、未だ父とかの人は親交を深めている。
(お兄様が出て行ったのだって、全部このせいなのに)
なんだかんだあったけれど満足したイベント鑑賞の気持ちが、スッと暗く重くなっていく。私はとても気分が悪くなって、医務室へと駆け込んだのだった。
お読みいただきありがとうございます。
本日(1/25)、追放令嬢コミックス第4巻発売です!!!
原作もここからまた波乱を含みつつ、最後まで執筆していきますのでよろしくお願いします^^




