39 ガラスペンとサマーパーティー②
アレクを介して権利関係を定めたあと、次は経営方針についての話になった。
商品として売り出す以上、どのような形態で商売をするのか詰めていかなければならない。
「俺、エクハルト商会に卸したい」
サシャさんがそんな発言をする。
「なあ親父、これだけのものは勿論俺らだけじゃ捌けないし、ヴォルター様だってまだこの国で商売をしたことはない。だったら商会を通して売るべきだよな?」
「そうだな。エクハルトさんの所とはこれまでも取引もしているし……ヴォルター様、いかがでしょうか?」
サシャさんと工房主、それからロミルダさんとローザさんと視線がわたくしに集まる。
みな不安そうに眉を下げていて、同じ顔だ。
「その点につきましては、わたくしの方からエクハルト商会にお話をしようと思っていました。今度の文化祭でお披露目をしたあとは、エクハルト商会を通じて受注しようかと」
「そ、そうなの……? ディアさんっ」
わたくしの答えに、ロミルダさんは目を丸くした。
「ええ。わたくしの方でもいろいろと考えてみたのですけれど、エクハルト商会の経営方針がとっても理想的だったので」
わたくしとロミルダさんは友人関係だ。
だから選んだ、と言われるかもしれないけれど、その点も踏まえてきっちりと調べ上げている。クイーヴとセドナがいるので百人力だ。
例の商会の妨害にも負けず、市民に良質な品をできるだけ安く届けることをモットーに商売をしているエクハルト商会自体をわたくしが大好きになったのだ。
「――でしたら、商会との話し合いの席にも同席いたします」
「でも、悪いわ」
「いえ。使えるものはなんでも使うべきです。これは事業で、事業主はディア様なのですから」
アレクの藍色の瞳は真っ直ぐにわたくしを見ている。
すっかり迷いがなくなったように思える。目指すものを、道標を見つけたのだ、きっと。
「ではアレク、お願いしますわ。折角だからしっかりきっちり見てもらいます」
「はい、喜んで」
アレクが嬉しそうに笑うものだから、わたくしもつられて微笑んだ。
いくらかとスッキリした気持ちがわたくしの中にある。
今はただ、目の前のことに集中して取り組んでいけたらいいと、そう思える。
***
急ピッチでまとまったガラスペン商談を終え、予定どおりに文化祭当日を迎えた学院は、わたくしの想像よりはるかに賑わっていた。
王都随一の学院。それがこの日だけ一般にも開放されるというのだから、見物客も多い。
貴族の子女たちの知り合いや親族たちも多く、経営学クラスでいくつか設けたブースも人で賑わっている。
「これは商品なのかね?」
「いえ、こちらのガラスペンは展示用のサンプルです。受注生産になるので、今日はそのお披露目です」
「ほお……」
「詳しくはエクハルト商会にて!」
ガラスペンを展示するわたくしたちのブースにも、全面的に展示したガラスペンに惹かれて徐々に人が増えて賑わって来ていた。
表に立つのは商魂逞しいロミルダさんで、わたくしは裏方で受注用紙の管理をしている。適材適所だ。
「盛況そうだな」
「バート! と、ローザさん」
「ディアさん、おはようございます!」
仮設テントの裏口から知った声がしてそちらを見ると、バートとローザさんがこちらを覗き込んでいた。
貴族クラスでは午後からはダンスパーティーに参加するイベントがある。ローザさんがひどく恐れていたあれだ。
「もう準備はいいの?」
そう尋ねると、バートはこくりと頷く。
「ああ。集合時間まで私たちは自由時間なんだ。グラーツ嬢も随分と上達したし、問題はないだろう」
「本当に、今回はありがとうございます。アドルフ様の助けがなければ、私のダンスなんて形にならないので……」
「あとは本番だけだから、リラックスして」
「はい! 本番もよろしくお願いします」
わたくしの目の前で、バートとローザさんはダンスパーティについての話をしている。
ダンスといえば、例外なくパートナーと踊ることになる。ローザさんは成績優秀者として絶対に踊らないといけないと言っていた。
今の話の流れからすると、彼女のパートナーはバートが務めることになるのだろう。
バートはダンスがとても上手だ。相手を引き立て、リードしてくれる。
ユエールでもそうだったし、こちらで一度踊る羽目になったときもそうだった。
「だったら大丈夫よ、ローザさん。バートはとってもダンスが上手なのだから、大船に乗ったつもりで」
「は、はい……! 練習の時も何度も足を踏んでしまったので、その点にだけ気をつけます」
ローザさんは今からあわあわとして緊張の面持ちだ。
そんな友人にふわりと笑みを向けながら、わたくしは心の中でどこかモヤモヤした気持ちになった。
二人で、練習。きっと、大変だけど楽しかったことだろう。
そう素直に思うだけなのに、どうしてだか心が晴れない。
「まあ、あいつの足なら好きなだけ踏んでいいんじゃないか。練習中もわりと喜んでいたように見えたから」
バートがそうローザさんに声をかける。
「そ、そんな事ないですよ! 絶対絶対、私の事お荷物に思っていらっしゃいます」
「気のせい気のせい。練習どおり、しっかりと相手に身を委ねることだ」
「――っ、がんばります」
頬を赤らめたローザさんが、こくりと大きく頷いた。
……あら?
一連のやりとりを眺めていたわたくしは、どこか違和感を抱いた。
バートとローザさんの様子が、同級生というよりどこか先生と生徒に見える。
それに、話に出てきた『あいつ』とは一体誰のことなのかしら。
「――ディアナ?」
訳が分からずにパチパチと瞬きをしていると、バートの黒い瞳がわたくしを覗き込んでいた。
「顔色があまり良くないが、無理をしている訳ではないか?」
「ええっ、大丈夫!? ディアさんっ」
「い、いえ何もないわ、大丈夫」
バートとローザさんに心配され、わたくしは慌てて身振り手振りで平気なことを現した。
どこかモヤモヤした気持ちはあるけれど、それを二人にぶつけることはない。
この居心地の悪さは、耐えれば終わるもの。ユエールでもそうだった。独りになっても、大丈夫だったもの。
婚約者に邪険にされて、彼が他の女性といても、心は凪いでいた。
だから、慣れている。
そう思おうとするのに、どんどん心の中がぐちゃぐちゃになっていく気がする。
バートはわたくしのものではない。
一番親しい友人だ。その友人同士が仲良くしていることに、不満を持つ必要なんてないはずなのに。
「ディアナ、本当に大丈夫か……?」
「ええ」
この訳の分からない気持ちを、この人には知られたくないと思ってしまう。
わたくしはにっこりと笑顔を張り付ける。
「……それならいいんだが。ディアナに時間があれば、一緒に学院をめぐりたいと思ったんだが……どうだろうか?」
バートが頭を掻きながら、わたくしを真っ直ぐに見る。
「ええと、でもわたくしは仕事が」
伝票整理と、他の商品の売上の帳簿付の仕事はディアに割り振られたものだ。交代は午後で、今は手隙の人がいない。
「ディアさん、わたしが代わります!」
どうしたものかと思っていると、ローザさんがシュッと素早く挙手をした。
「えっ、でも……ローザさんはクラスが違うし、いまは自由時間なのでしょう?」
「ロミルダちゃんには事前に話していますから大丈夫です。勉強もしてきました! ここへはこのために来たようなものなんですから、さあ行ってください!」
「あ、ありがとう……?」
「ふふっ、楽しんでください〜!」
ローザさんは笑顔で手を振る。
戸惑いながらちらりとロミルダさんの方を見ると、こちらを見た彼女とちょうどバチリと目が合った。
ウインクをして、親指を立てている。
「ええっと……大丈夫、みたい……?」
戸惑いが隠せないまま、わたくしは振り返ってバートにそう告げる。
彼はゆるやかに目尻を下げ、「良かった」と本当に嬉しそうに笑ったのだった。
いつもお読みくださりありがとうございます。
コミックス4巻が今月刊行されますのでそちらもよろしくお願いします(^^)
いつの間にかサマーパーティーが秋の文化祭にすり替わっていたので修正しました




