30 説明をしましょう
「いらっしゃいませ。お嬢様がた」
わたくしたちを出迎えたのは、黒っぽいドレスを身にまとったマダムだった。この百花楼を取り仕切るその女性は、軽く頭を下げた後、射抜くような視線をこちらへと向ける。
「ごきげんよう、マダム・アンドーラ。わたくしはディアナ・アメティスと申します」
ぴりぴりとした威圧感を感じながら、外套のフードを下ろしてわたくしも彼女に礼をした。
夜の街にあるこの百花楼で、数十年店主を務め、ずっと娼婦たちを守ってきた気骨のある人物だ。
短い時間ではあるが、調べた資料だけでもそのことが読み取れた。
「……そちらのお嬢さんは?」
「私ですか? ディアナ様の付き人として参りました。セドナと申します」
急にセドナに水を向けたマダムの言葉に、セドナも少し驚きながら答えた。マダムはその答えに少しだけ目を細める。
「セドナ……、そうですか。ではこちらへどうぞ。早速ですが、この楼の娼婦をひとり呼んでおります」
「助かるわ。わたくしもマダムたちから色々と話を聞きたかったの。朝が早いのに大丈夫なのかしら。時間外をつけなくては」
「……ジカンガイ、という言葉はわかりませんが、むしろ朝の方がいいです。昼はあの子たちは休んでいますので」
導かれるまま、奥にある応接間のような場所へと通される。
わたくしがここに来たのは、娼館の状況と周囲の話を聞くためだ。
そこに実際に働く娼婦が参加してくれるとなると、ますます実のある話が聞ける。
――まずはこの楼の就労環境を確かめなくてはね。働くには健康第一。ただでさえ身体を酷使するのだから、それ以外は健やかに過ごして欲しいわ。
一番の目的は例の男爵のしっぽを掴むこととローザの身の安全を守ること。
だからといって、この娼館を利用するだけ利用してその他をなおざりにするなんて事はしたくない。
「どうぞ」
マダムの言葉にソファーに腰掛ける。向かいには赤い髪の妖艶な美女が気だるげにソファーに沈んでいた。
「これ、カーラ。しゃんとしな!」
「だってぇ、アタシ疲れてるのよ〜。眠れそうだったのに、マダムが無理やり起こすから」
「今日は大事な客人が来ると言っていただろう」
「でもぉ〜」
くだけた物言いのマダムがぴしりと叱りながら、カーラと呼ばれた女性の身なりを整える。まろび出そうだった悩ましいお胸もしっかりと隠された。羨ましい。
「失礼しますわ。カーラ。わたくしはディアナと申します。この度、この百花楼を買い取りました」
「……は?」
気を取り直したわたくしがそう言うと、カーラの瞳が見開かれる。
「どういうこと? この店はマダムのものでしょう」
「わたくしが経営権を丸ごと買い取りました」
「マダム! 聞いてないわよ!」
「……カーラ、落ち着きなさい」
「嫌よ! その身なりと話し方、どうせあなたは貴族なんでしょう! お嬢様のお遊びでアタシたちみたいな娼婦の居場所を奪って楽しい!? 黒楼亭の二の舞じゃない!」
「カーラ」
「アタシたちに他に行き場がないって知ってて、物みたいに扱うつもりなんでしょう! マダムはアタシたちをこれまで守ってくれたのよ、それなのに……っ!」
マダムの制止を振り切り、カーラはその激しい感情をわたくしに向けた。
その言葉から読み取れるのは、黒楼亭――もうひとつの娼館が、あまり良くない環境であるということ。
「カーラ。わたくしはあなた方をぞんざいに扱うつもりはありません。それから、マダムを解雇する訳でもないわ」
そして、マダムを信頼しているということ。
「え…………」
「優秀な人材をみすみす解雇になどしないわ。マダムにはこれからもここにいてもらうつもりです」
そう言い切って真っ直ぐに見つめると、カーラは一度マダムの方を見て、それからすとんとソファーに座った。
「じゃあ、なんで」と呟いているのが聞こえる。
そしてそれはマダムも同じだったようで、カーラに寄り添い、わたくしに猜疑深い表情を向けた。
それもそうだろう。こんな小娘が、急に娼館を乗っ取ろうと言うのだ。疑ってかかるのは当然だ。
「わたくしにはやりたい事がありますの。おふたりの協力が必要で、もちろん他の皆さまのお力添えもいただきたいと思っています。この百花楼を買収したのはそのためです」
まずは彼女たちの信用を勝ち取らなければ――そう思ったわたくしは、正直に目的を話す事にした。
懐を明かさないことには、向こうも信用のしようがない。
「やっぱり、裏があるんじゃない」
「……それは、どのような」
カーラとマダムは、それぞれ違った反応を見せる。
わたくしは一度セドナの方を見て、彼女の微笑みを確認すると再度口を開いた。
「わたくし、黒楼亭を潰そうと思いまして。正しくは、スワロー男爵家を、ですけれど」
思いっきり本音を告げてにっこりと微笑めば、開いた口が塞がらないといった様子の二人がそこにいた。
もし彼女たちがスワロー男爵家側の人間だったらどうしようかと思っていたが、これまでの言質からすると、それは無さそうだ。
「わたくしが欲しいのは、情報です。そのためには、あなたたちの力が必要なのですわ」
「アタシの……力……。で、でも、あなた様は良いところのお嬢様なんでしょう? 娼館なんて、忌み嫌うような程遠い存在じゃないですか!」
「……それが、そうでもないのです。わたくしにとっては、ホームのような場所ですので」
セドナの思惑があったにしろ、わたくしはあの時あの娼館のオーナーになれなかったら、色々と詰んでいたことだろう。
間接的にわたくしを助けてくれた彼女たちを、忌み嫌った事など一度もない。
マダムとカーラが戸惑っているところで、セドナが小さく手を挙げた。
「あの〜。私からもひと言いいですか? 実はディアナ様は、ユエールでも娼館を経営されておられまして。色々とあって現在の形態は普通の娼館ではないですけど」
「ユエールの娼館って……」
「あらマダム。さすがに耳がお早いですね〜。そうです、あの一件です」
セドナの言葉にマダムは色々と察するところがあったらしい。わたくしに向き直ると、今度は穏やかな笑みを浮かべていた。
「なんなりとお申し付け下さい。経営が傾いていた百花楼のために、私も出来ることをやりたいと思っています」
「えっ、うち潰れそうだったの?」
「ああ。カーラは馴染みの客がついてるが、ここんとこは状況が悪かったのさ」
「そうなの!? ええ〜良かった、潰れなくて……結局黒楼亭に行かなきゃいけなくなる所だったのね」
張り詰めた空気がふわりと柔らかくなる。マダムとカーラの表情も先ほどからしたら明るくなった。
「……やりましたね、オーナー」
「セドナのおかげよ」
わたくしはセドナと小声でやりとりをしつつ、彼女たちの理解を得られたことに胸を撫で下ろす。
それから、マダムとカーラに色々な話を聞いて、娼館の改装案などを話し合ったところで今日はお開きとなった。
帰り際には、カーラから「オーナー、また来てね」と妖艶に微笑まれ、腕に巻き付かれ、さすがはナンバーワン……と感心しながら帰路についた。
お読みいただきありがとうございます。
本日コミカライズも更新されています!!
また、12月9日にはコミックスの2巻も発売になりますので、何卒よろしくお願いします(ᐡ⸝⸝- -⸝⸝ᐡ)




