24 満喫している場合ではありません
「えっ、お兄様は知っていたんですか」
「うん」
わたくしとセドナが盛り上がっていると、話が終わったらしいお兄様たちに声をかけられ、みんなで話をすることになった。
驚いた事に、お兄様は先程わたくしが聞いたばかりのセドナの事情を知っていたのだ。
セドナの方を見ると、困った顔で微笑み返してくる。なんだろう。なんだかお兄様が強引に聞き出したような気がしなくもないです。
「ランベルト殿を呼び出したのも、それもあってのことなんだけど……まあ、ユエールもユエールで何かとバタバタしててね。後処理とかで」
「それは……そうですね」
例の事件からまだ日は浅い。
国民の暮らしにはそこまで影響はないかもしれないが、王太子になるはずだった第一王子と高位貴族が軒並み罰された状況では、立て直すには時間がかかるだろう。
そんなことを考えていると、お兄様は大きくため息をついた。
「実はね……モルガナ嬢の行方が分からなくなったんだ」
「えっ」
「――それは本当ですか」
お兄様の言葉に、わたくしは驚きの声を上げてしまう。重ねて言うバートも怪訝な表情を浮かべた。地を這うような低い声だ。
例の事件で隣国の娼館へと送られることになっていたはずだ。ユエールよりもエンブルクよりも厳しいその場所へ。
なんと、護送中に忽然と姿を消してしまったらしい。あまりにも鮮やかな手腕に、護送に関わった兵士の中に手引きをしたものがいるのではと踏んでいるそうだ。
彼女の父である男爵は服役中で、彼女が攫われたことを知って非常に憔悴していたらしい。
お兄様とセドナは顔を見合わせると、小さく頷き合った。
「オーナー。私に心当たりがあります」
「セドナに……?」
「ええ。娼婦たちから話を聞いた事があります。人攫いの集団が存在すると。そしてその集団の本拠地は、ここエンブルクです」
「……それは……確かなのか」
セドナの言葉に、隣に腰掛けるバートが声をひそめた。にわかには信じがたい、と、彼の声色がそう言っている。
「残念ながら、そのようですね。ユエールはシルヴィオ様が調べきっておいでですので。私の意見も同じです。エンブルクには、人攫い集団を利用する悪徳貴族がいらっしゃるようです。そういえば、我が家が没落したあとにその爵位を手にした貴族がいまして」
「その頃に爵位を賜ったといえば……商家から一代で成り上がったキュプカー家か」
「さすがランベルト殿。博識だね」
お兄様とセドナは、既に色々と打ち合わせ済みだったようだ。
バートはふたりの話を聞きながら、思うことがあるようで納得したように相槌を打つ。
伯爵家の没落、商家の興隆、人攫い。
なんだかきな臭い単語だらけだ。
「……ということで」
にっこりと微笑んだお兄様は、わたくしとバートを順に見てから鷹揚に頷く。
「僕もセドナも、しばらくこちらに滞在することにするよ。色々と解決するまで」
「オーナー。お世話になります」
「ええ……うん、わたくしも心強いです」
のびのびとするために始まったはずのわたくしの留学生活は、まだまだ見通しがつかないらしい。
色々と思うところはあるが、わたくしはお兄様とセドナの滞在を心から歓迎した。
◇◇◇
「おっはよー! ディアさん」
「ロミルダさん。おはようございます」
週があければ、また学院生活が始まる。
門をくぐって経営学のクラスを目指していたわたくしは、友人であるロミルダさんに後ろから声をかけられた。そして、挨拶を返す。
友人。とてもいい響きだ。
「あ、あの。ディアさん……おはようございます」
わたくしが感動を噛み締めていると、ロミルダさんの後ろからもじもじと現れた少女が愛らしく頬を染めてわたくしの名を呼んだ。
ローザさんだ。
「おはようございます。ローザさん。おふたりは朝は一緒なんですか?」
「ええそうなの。ローザは遠慮するんだけど、うちの馬車に一緒に乗ってもらってるのよ」
「えへへ。ロミルダちゃん。いつもありがとう」
ロミルダさんとローザさんは幼なじみということなので、見るからにお互いを信頼し合っている。とても素敵だ。
もちろんわたくしはローザさんとも友だちになったと信じている。
そしてそんなふたりのために、わたくしも頑張ろうと思っている。
例の悪徳貴族のターゲットが、優秀な平民であるローザさんに向いていること。
また、商人としての競合相手がロミルダさんの家であること。
それらも全て、昨日聞かされた事柄だ。
四人で話し合っている所にふらりと現れたクイーヴが、そう話していた。
彼も飲みすぎて潰れているかと思っていたのに、いつの間にかふらりと外出していたそうだ。
「……ディアさん、どうかしましたか?」
水色の髪の美少女は、思考に夢中で足を止めてしまったわたくしのことを心配そうに見上げる。
優秀な平民の少女が貴族に認められて養子になる……まるで乙女ゲームの世界だ。
ローザさんが望んでいればわたくしにそれを止める権利はないけれど、そうでないのならなんとかしたい。
ロミルダさんの生家であるエクハルト商会も取引を妨害されたりと嫌がらせを受けており、対応に苦慮しているらしい。
「いえ。考え事をしていました」
「ディアさんって、ぼーっとしてるから心配だな! あはは!」
そんなことは微塵も感じさせずに陽気に笑い飛ばすロミルダさんを見て、わたくしはどこかぎゅっと胸が締め付けられる思いがしながら、笑顔を返した。
「――あの、ディアナ……いえ、ディア・ヴォルター様……っ!!」
にこやかに三人で校舎へ向かっている時。
わたくしは後ろから呼び止められた。
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わたしも物語の完結目指して頑張りますーー!!!!




