19 お兄様が来ました
「 ディー! 大変だったね。どうして君の周りではこう問題ばかり起きてしまうのだろうか」
数日後、はるばる海を越えてこの国にやって来たお兄さまに、わたくしはぎゅうと抱きしめられた。
馬車をエントランスでお出迎えをしていたのだけれど、馬車から降りるなり、視界がお兄さまに遮られてしまう。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。でもこのとおり、問題なく過ごしておりますわ」
そんな兄の様子を懐かしく思い、わたくしもお兄さまの背中にそっと手を回した。
なんだかんだで、わたくしも寂しく思っていたのかもしれない。
そうするだけで、幼子のように安心した気持ちで満たされる。
「ふふっ、オーナー。お元気そうで何よりです」
「セドナ⁉︎」
聞こえて来た声に驚いてお兄さまから体を離すと、お兄さまはとても寂しそうな顔をした。
だってまさか、お兄さまが降りた馬車から妖艶美女のセドナが降りてくるなんて、予想だにしていなかったのだもの。
「はい。お久しぶりですね。クイーヴから手紙を貰ってから、シルヴィオ様を宥めるのは大変だったんですよ」
「何を言う。セドナだって、こちらの貴族の情報を片っ端から集めて何かしていただろう」
「まあ。シルヴィオ様ほどではありませんわ。でも、わたしにとっても大切な人ですからね、オーナーは。うふふ」
品の良い山吹色のワンピースに身を包むセドナは、お兄さまににこにこと笑顔を返している。
クイーヴが伝えたのは、例の裏庭の一件と、先日のダンス授業の一件らしい。
ユエール王国からこのエンブルクまでの旅程は、途中の休憩や船旅を経て余裕を持ってひと月程。
郵便の事やその移動時間を勘案すると、お兄さまたちは知らせを受け取ってからほとんど直ぐに出発したことになる。
「お兄さまもセドナもお疲れでしょう。お部屋の用意は出来ていますから、どうぞこちらへ」
「ああ、ありがとう。ではセドナ、行こうか」
琥珀色の瞳を細めて柔らかく微笑んだお兄さまは、自然な流れで隣に立つセドナの手を取る。
その様子を眺めていると、セドナと目が合い、悪戯っぽく微笑み返された。
◇
「……なーんか怪しい雰囲気だよなぁ〜」
「クイーヴ! びっくりするじゃない」
ふたりをそれぞれの部屋に案内した後、お茶の用意のためにサロンに降りて来たわたくしの背後に現れたのはクイーヴだ。先程のお出迎えの時はいなかった筈だが、どこかで見ていたらしい。
彼の突然の登場に、びくりと肩を揺らしてしまう。
「ごめんごめん。嬢ちゃんはあのふたり見てどう思う?」
「どうって……」
お兄さまとセドナは、わたくしから見ても息がぴったりだと思う。
とても優しげな笑顔を浮かべつつ、ちょこちょこ不穏な言葉を出してくるところなんてそっくりだ。
何より二人とも美男美女だから、並び立っているだけで、目の保養になる。
「すごくいいコンビだと思うわ」
「ん〜……。ま、あの2人が手を組んだらめちゃくちゃ危険だってことは、言えてるな。我ながら、報告した奴らのことが不憫に思えてきた。……魔王と魔女が結託するとかヤベぇ」
わたくしの回答に少し難しい顔をしたクイーヴは、バツが悪そうに頭をがしがしと搔く。
最後の方は小声でぼそぼそと呟くものだから聞き取れなかった。
一体クイーヴがどんな風に報告して、それにお兄様たちがどう対応したのか、知りたいような知りたくないような気持ちだ。
微妙な顔をしていたわたくしに、「あ、でも」とクイーヴは呑気な声をだす。
「嬢ちゃんがランベルト様にデートに誘われたこととかアレク坊ちゃんに告白されたこととかは、まだシルヴィオ様には言ってないから安心してな!」
「えっ!!」
親指を立てて、ニカっと笑う護衛に、わたくしは言葉を失ってしまった。
(な、なんで知ってるの……? あの時周りに誰もいなかったのに)
「シルヴィオ様が知ったら、ますますヤバそうだからさ。なんなら報告した事件よりも重要事案だろうな」
動揺しているわたくしに、クイーヴはにっこにこの笑顔を崩さない。
何故知っているのかを聞きたい所だったけれど、サロンの扉ががちゃりと開いたため、わたくしの追求はお預けになってしまった。
「――クイーヴ、随分と楽しそうな話をしているね」
そこには、声色の冷たさとは正反対に柔らかな笑みを浮かべたお兄様がいたのだった。




