15 様子が変でした
「クイーヴ、わざわざ来てくれたの?」
「お嬢のピンチなんで当然でしょう。ハンナも家で今か今かと帰りを待ってますよ。しかし本当に、体は大丈夫なんですか?」
不意に近付いてきたクイーヴの手がわたくしの額に触れる。
ただの寝不足だから当然熱はないけれど、恐らく走って来たであろう彼の手は温かく熱を持っている。
「熱はないですね……おっと!」
「クイーヴ殿。護衛にしては些か距離が近過ぎるのでは?」
そしてそんなクイーヴの腕をとったのはアレクだった。
額に触れていた彼の掌も、べりっと引き剥がされる。
ちらりと見上げると、アレクは凍てつくような鋭い眼差しでクイーヴを見つめていた。
「あー……はいはい、すんませんっした。まあでもうちの主人はまだ誰のものでもないですしねぇ〜坊っちゃん」
「……僕は、坊っちゃんではありません」
「俺にとっては坊っちゃんですよ」
余裕の笑みを浮かべて、飄々とクイーヴはそう言い切る。
いや、何事かは分からないけれど、なんだか煽ってないかしら?わたくしの熱があるか無いかくらいで……。
(……そうだわ、熱!)
「先生、そこにいらっしゃるご令嬢がひどい熱なんです。診て頂けませんか?」
先程触れた彼女の額がとても熱かったことを思い出す。
クイーヴの後ろでおろおろと立ち竦んでいた校医にそう告げると、彼は慌てて飛んできて直ぐに診察に取り掛かった。
これでひとまずは安心出来る。
そして次に、わたくしはクイーヴたち以下家の者たちの誤解を解かなければいけないわ。
額に濡れた布を置かれ、制服の首元のボタンを開けて布団をかけられたご令嬢は、先ほどよりずっと楽そうにしている。
その様子を見て安心したわたくしは、クイーヴとアレクの方へと向き直った。
「アレク、エイミス伯爵令嬢はあとは先生にお任せするわ。クイーヴも、お迎えに来てくれてありがとう。でもわたくし実は体調不良ではなくて……クイーヴ? どうかした?」
向かい合って何やら視線を飛ばし合っていたふたりにそう声をかける。
わたくしの方へ視線を向けた彼らだったが、クイーヴの視線はすぐにわたくしの後方へと移っていた。
彼のブルーグレーの瞳は見開かれ、固まってしまっている。
「……クイーヴ殿?」
先程まで火花を散らしていた張本人であるアレクも、クイーヴの様子を変に思ったようで彼の顔色を窺っている。
クイーヴの目線を追うと、先程倒れてしまったエイミス伯爵令嬢へとたどり着く。
「この方を、知っているの?」
「……あ、いえ。すいません。えーと、帰るんですよね、さあ行きましょう」
暫くぼうっとしていたクイーヴは、慌てて取り繕うといつもの人好きのする笑顔を浮かべた。
確実におかしな態度だったのに、知らないふりをするということは何か事情があるのかもしれない。
「ええ。では、アレクも共に来てくれるかしら?」
「はい、荷物を取ってきますので、ディア様は馬車でお待ちください」
「へ? なんで坊っちゃんが一緒に帰るんですか」
「それはえーと、あとで話すわ。とりあえず今は具合を悪くしている方がいるから、この部屋を出ましょう」
納得していない様子のクイーヴを促すように、わたくしは先に部屋を出る。
次いで部屋を出たアレクは軽く頭を下げると教室へと戻って行った。
「……坊っちゃんと、何かありましたか?」
いつの間にか隣に立っていたクイーヴは、小さな声でそう言った。
心配そうな顔をしてわたくしを見下ろしている。
「わたくしに話があるそうなの。とても大事な話のような気がしたから、家に招いたのよ」
「そう、ですか」
「クイーヴ、今日は急いで来てくれたのでしょう? ありがとう。わたくし、ただの寝不足で……朝からずっとこの医務室で眠っていたから、今はもうすっかり元気なの」
暫くの沈黙の後、ぽふ、と頭の上にクイーヴの手が乗せられる。
そのままぽんぽんと軽く撫でられて、不思議に思って彼を見上げながら「クイーヴ?」と彼の名を呼ぶと、一瞬固まった後に両手を挙げて後ろに飛び退いた。
「あ……! いや、すいません、これは……」
しどろもどろになりながら、また一歩後退してわたくしと距離を取る。
(――やっぱり、変だわ)
飄々としているのも、気安い態度なのもいつものこと。
だけれど、さっきから確実にこの護衛の態度がおかしい。
そう、先程エイミス伯爵令嬢を見てから。
彼のこの態度とかのご令嬢に何らかの関連があることは間違いない。
そうは思うのに、踏み込んではいけない気がする。
「……行きましょう。わたくしたちの方が遅くなってしまっては、アレクに迷惑をかけてしまうわ。それに、早く帰ってハンナたちを安心させたいわ」
「あ、ああ、そうですね! 早くしないとシルヴィオ様が召喚されちゃいそうなんで、無事を伝えましょう」
「あら? そういえばわたくしも荷物を取りに行かないと」
「お嬢の荷物はもう別の者が馬車に運んでるんで大丈夫。――では参りましょう」
落ち着きを取り戻したクイーヴは、仰々しい仕草でエスコートのための手を差し伸べてくる。
少しいつもの調子を取り戻した彼に安堵しながら、わたくしはそのエスコートに従い、馬車へと向かう。
その後無事にアレクと合流したわたくしたちは、他愛のない会話を交わしながら帰路につくのだった。
お読みいただきありがとうございます。
クイーヴ回となりました。覚えてもらってるでしょうか……茶髪の無礼な護衛です(^^)
そしてシルヴィオはディアナの兄です。久々に名前が登場したので補足です笑




