12 馬車に揺られました
遅くなりました……!
「あの……バート?わたくし着替えなくていいのかしら?」
お茶会が終わり、帰り道。
何故だかわたくしはアドルフ侯爵家の馬車に揺られている。
本当であれば、家から迎えが来る予定だったのだけど、到着した際、いつの間にかバートがうちの使用人に言い含めていたらしい。
そして馬車の中ではバートと向き合うように座っている。
わたくしは来た時の格好ではなく、アドルフ侯爵家で着替えさせられたままの状態だ。
(見るからに高価そうなドレスや装飾品なのだけど……)
一度袖を通した以上は、返されても困るかしら。
あとで代金を支払うべきなのかしら。
……うちのお金は足りるかしら?
「ふっ」
眼下に広がるドレスのドレープを見つめながら考え事をしていたわたくしの上から、吹き出すような声が聞こえた。
見上げると、やはりバートがこちらを見て笑っている。
「それは私が好きでやった事だから、貴女は笑って受け取ってくれるだけでいい。勿論、返却は受け付けないし、代金なんて支払う必要はない」
「! そ、そう。ありがとう……」
どうやら考えを読まれていたらしい。
恥ずかしくなってしまい、顔が熱くなる。手でパタパタと顔を扇いでなんとか熱を逃がそうとするが、そんなわたくしを見て彼はますます笑みを深めるばかりだ。
「ちょっと、あっちを向いていて。そんなに見られていると落ち着かないわ」
「恥ずかしがるディアナは初めて見たから、よく見ておこうかと思って」
「……悪趣味ね」
「そうかな?むしろ趣味はいい方だと自負している」
「……っ」
従者の頃は優しくわたくしの話を聞いてくれていたバートは、貴族モードになってから少し意地悪だ。同一人物ということが信じられない。
あの頃はどうやって会話をしていただろうか。何も気負わず、気楽にお喋りが出来ていたのに、最近の彼には調子が狂う。
「せっかくディアナが我が家に来てくれたのに、あの殿下たちのせいでろくに会話も出来なくて残念だな」
「……そういえば、わたくしとエレオノーラ様が散策している時に何を話していたの?」
気を取り直して、気になったことを聞いてみる。
ふたりでのんびりお喋りをしながら元のテーブルの場所へと戻ると、バートたち3人が楽しそうに話していたのだ。
わたくしたちが来たことでその話題は終わってしまった。
そうしている内にバートの父であるアドルフ侯爵が現れ、挨拶を交わしている内に、いつの間にか別の話題で盛り上がった後、お茶会も解散となったのだった。
(そういえば、アドルフ侯爵様はわたくしとアレクを交互に見て、涙目になっていたわね……?)
「君だったか……!」とやけに嬉しそうに笑っていて、戸惑った事を思い出す。黒っぽい茶色の髪を後ろに撫でつけているダンディなおじ様にどうしてあそこまで感動されたのかが分からなかった。
「――ああ。殿下がアレクを欲しがってね。本人も了承したから、これからは侯爵家の従者ではなく、殿下の元へ……城へと行くことになった。恐らく側近として育てるつもりなんだと思う」
「……!」
思わぬ回答に驚いてしまう。
確かに彼は優秀だから、あの才能が燻ってしまうのは勿体ないと思っていた。だけど、わたくしでは力不足でどうすることも出来なかった。というか、日々目まぐるしく変わる状況に、自分のことで精一杯だっただけなのだけど。
それを殿下が気にかけていてくれたなんて。
「……アレクは……アレクシス様は、決めたのね」
「ああ」
吸い込まれそうなほどに真っ直ぐな、彼の鳶色の瞳。
前世では見慣れた黒髪も、この世界で見ると珍しい。
「だからディアナも、これからは自分のことだけを考えるといい。そのための手助けなら、何でもする」
「ふふ、この前の授業の時も助けてもらったし、その前の裏庭だって。それに、ユエールでも助けてもらってたのに」
いつも助けてもらってるわ、という言葉は口から出る前に喉の奥に引っ込んでしまった。
バートが急に、わたしの右手を取ったからだ
「――貴女があのバカ殿下にひどい目に遭わされる度に、いつも助け出したいと思っていた」
「バート……?」
「あの時は叶わなかったが、ようやく……こうして手を伸ばすことができる」
馬車の中という狭い空間に2人きり。
バートはわたしの手を取ったまま、妖艶に微笑む。
いつもとは違う大人びた表情に、なぜだか喉がぐっと詰まってしまった。
「何でもする、というのはちょっと言い過ぎたな。ディアナ、初めに言っておくが……私は貴女をユエールに帰すつもりはない」
「え……?」
「貴女がこれからやりたい事も、あんな事があったユエールを好きな事も知っている。だが、この1年で、エンブルクのことも……私のこともよく知った上で選んで欲しいと思っている」
言いながら、バートの顔がわたしの手元に近付いてくる。
ごとり、という音と共に、馬車の振動が止まった。
おそらく、タウンハウスに到着したのだろう。
「――到着したようだな。ディアナ=アメティス侯爵令嬢、今度私とデートでもしよう。案内したい場所があるんだ」
彼の唇で優しく触れられた手の甲が、じわじわと熱を帯びる。
彼の真っ直ぐな言葉を受けたわたくしの頭は、ショートしそうなくらいにいっぱいいっぱいになってしまった。
お読みいただきありがとうございます。唐突なお砂糖投下でした*\(^o^)/*
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近況報告のとおり、最近復職して時間がなくなりました…そしてよそで別のゆるい悪役令嬢もの?を書いています。
良き日にこちらにも掲載しようと思いますので、よろしくお願いします( ´ ▽ ` )




