11 オトナたちの話を聞きました
「我が愚息が行ったこと、全てアレクシスからの手紙に書いてあった。加えて、朝からも仔細な話を聞いて承知しておる。もちろん、彼奴が下した罰は当然ながら全て無効だ。貴族籍の剥奪など以ての外。令嬢の名誉を傷つけた事についても……必ず償うと約束しよう」
苦虫を噛み潰したような顔をして、陛下はわたくしにそう告げた。
隣の王妃さまとも目があったけれど、彼女も彼女で沈痛な面持ちでわたくしを見ている。
"殿下以下側近たちが、学園である男爵令嬢に傾倒している。"
"殿下は婚約者を軽視し、諫言を聞かない。"
"卒業パーティーで、公衆の面前で婚約破棄を告げ、さらに数々の冤罪を並べて貴族籍の剥奪、娼館への追放という暴挙を行った。"
これらの事について断罪パーティの翌日にアレクさまが早馬を出して、文書にて伝達済みだったと昨日の話し合いで聞いている。
男爵令嬢のことについては、かねてより父親である宰相さまには報告していたとも仰っていた。
わたくしも、ピンクの男爵令嬢が現れたときは、嬉々としてお父さまに婚約解消を相談したものだけれど、失敗してしまったのだったわね。
ふたりは公然とイチャコラしていたから、わたくしたちが報告しなくてもあっという間に学園や社交界中の噂の的になっていたけど。
「本当に……まさかあの子がこんな馬鹿げた事をするなんて……それもわたくしたちが国を留守にしている間に。ディアナはこれまでずっと王妃教育も頑張っていたのに……どこの馬の骨とも分からぬ娘を王妃に迎えようとした挙句、婚約破棄に娼館送りですって……!非道だわ!」
言っている内に怒りが込み上げて来たのか、いつも毅然として美しい王妃さまが般若のような形相になってしまっている。
ぎり、と王妃さまが手に持つ扇子が軋む音がした。
7年間もあれば、わたくしと王妃さまの間にも信頼関係が築かれるわけで。
1度、婚約解消を目指して王妃教育の手を抜いたら、翌日には教師が増えてレッスンの時間も2倍に増えたため、無駄な抵抗をやめたわたくしは従順に取り組んできたものね。
(あの時も、王妃さまのことを鬼かと思ったけど、今日と比べたら全然だわ……)
殿下とあの子の噂が広まり始めたときも、「わたくしはディアナしか認めないわ。婚約は絶対解消しないからね?」と有無を言わさぬ笑顔で言われたわね……
「私の息子も、片棒を担いでいたようだね。あの子の女性関係が派手な事については若いうちと目をつぶっていた部分もある。――甘いと言われてしまっても、仕方のないことだ。ディアナ嬢、誠に申し訳ない」
息子と同じ翡翠色の鮮やかな長髪を揺らすのは、王弟殿下。陛下とは確か2つ違いで、剛毅な印象の陛下と違って、嫋やかな美おじ様だ。みんなアラフォーなんて俄かには信じられない。
「うちのバカ息子もだ!罪のないか弱い淑女を集団で貶めるなど、騎士の風上にもおけん!私が頭を下げるだけでは貴女への贖罪の何の足しにもならんだろうが、謝罪させてくれ……!」
そう言うや否や、赤の短髪頭を思いっきり振り下ろすのは騎士団長さまだ。ガタイの良い体躯が小さく見えるくらい恐縮してしまっている。ここが日本なら、土下座しそうな勢いである。
「――私からも謝罪を。本来なら私の息子も先手を打って対応できたはずですが。どうも、己の野心が邪魔をしたようで」
紺色の宰相さまは、言葉を区切ると意味ありげな顔をして斜め後ろに立つアレクさまを見た。
アレクさまはその視線を受け、わたくしを見て気まずげにまた頭を下げる。
(アレクさまの野心とは一体何かしら……?むしろ全員あっちのレンジャーだと思っていたから、今わたくしの味方をしてくれているだけで予想外の展開なのだけど……)
「ディアナ、こんなことならばお前の話を聞いたときに、不敬と言われてもいいから、陛下に婚約の解消を申し出るべきだったのだ……!役に立たぬ父で済まない。ジュラルが付いていながら、情けないことだ……」
「全くだね。ジュラルには殿下に近づくあのお嬢さんの様子を窺うように言っていたのに、まさかあちら側につくなんて愚かなことだ。ディー、ごめんね。ジュラルに任せた私が早計だった」
嘆くお父さまとお兄さま。
銀髪の弟にそんな役目を与えていたなんて知らなかった。あのシナリオの裏にはこんなストーリーが隠されていたようだ。
この国のトップのオトナたちに囲まれ、全員からの謝罪を一身に受けたわたくしは、しばし呆然としたあと、ゆっくりと口を開いた。
「わたくしも……至らないところがありました。7年間も共に居たのに、殿下との信頼関係を築くことが出来ませんでした。わたくしの歩みよりが足りなかった部分も往々にしてあるのです」
どうせ婚約破棄なのだから、と。殿下と真面目に向き合ってこなかったのはわたくしだ。
男爵令嬢が現れても、テンプレだわ!と思うばかりで、しっかり対応出来ていたとは思えない。
何故なのかは分からないけれど、アレクさまとバートがこちらに寝返る(?)展開があったのだから、もしかしたら他の攻略対象者とも、話せば分かり合えたのかもしれない。
(婚約解消できなかったからって、テンプレだ、強制力だとそればっかり考えて、無気力に過ごしている場合じゃなかったのだわ)
「――失礼ながら、私も発言してよろしいでしょうか?」
唐突にそう切り出したのは、黒髪従者改め隣国子爵子息のバートだ。
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