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悪役令息アレックスは残念な子なので攻略対象者ノワールの執着に気付かない  作者: 降魔 鬼灯


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47/55

47 ノワール

 アレックスが視線を斜め下に流す。長い睫毛が目元に影を作り凄絶な色気を放った。こういう表情のアレックスは不思議と閣下に似ていて男性的な色気がある。

 袖を優しく撫でながら袂に指先を這わせた。優しく女性を抱くようなそんな艶めいた雰囲気がある。アレックスが悪巧みするように微笑んだ。


 その手には華麗な深紅の扇子が握られていた。手馴れた仕草で華麗に開いた扇子で顔を少し隠す、その悪戯っぽい笑みにやられる。小悪魔だ、小悪魔がここにいる。


 反対の袂にアレックスの指先が伝う。深紅の扇子で顔を少し隠しながら、袂に指先を忍ばせる仕草が閨でシーツを伝う女性の指を連想させた。同じ動きの筈なのに、左右で男性的な色気と女性的な色気が分かれるあたりがアレックスの性別が極めてわからない理由なのかもしれない。

 アレックスがふいにこちらを見上げた。悪魔的に微笑むアレックスに一気に身体中の血液が逆流するのが、分かった。



 純白の扇子で口元を軽く覆い儚げにふわりと佇む姿は聖女そのものだ、深紅の扇子を持つ反対の手で一番下のボタンを弄んでいなければ…。

 先程不意討ちで見せられたキメ細かな白肌を思い出す。お願いだ、アレックス。他の誰にも見せないで。

 開いた深紅の扇子が見えそうで見えないギリギリのラインを醸し出している。ギリギリセーフだ、アレックス。


 客席の皆のヤキモキを弄ぶように純白の扇子で口元を隠して笑うアレックスは天使なのか、悪魔なのか?


 曲調がアップテンポなった。曲に合わせて赤い下衣を足で軽く蹴ってふわりと見せる。赤い花開いたような華やかさだ。ここから最後の山場でもう脱ぐシーンはない筈だが、なんだか嫌な予感がする。


 アレックスが深紅の扇子を口に加えた。深紅の飾りひもが口元を彩り一層艶めいて見えた。


 曲に合わせてひらひらと回る純白の扇子が美しい、その流れるような流麗な動きに見惚れている隙に、さっと最後のボタンを外したアレックスが純白の上衣を広げながら身を翻して真後ろを向いた。


 視界に広がる一面の純白。すっとアレックスの顔が後ろを見返った。アレックスの口元の飾りひもの深紅が眦に指した紅と相まったその鮮烈さに思わず息を呑んだ。


 曲のクライマックスに合わせてアレックスの肩からするりと純白の衣装が滑り落ちた。


 純白から深紅への鮮やかな転換。


 下から現れる鮮やかな深紅の衣装が眩しい。華奢な身体をぴたりと包みこむ肢体のラインが美しい。アレックスが前を向いて純白の扇子を開いた。さっと覆い隠れた口元、反対の手から花が咲くように深紅の扇子が開いた。


 華やかに紅白二面の扇が翻る。呼応するように軽やかにシャラシャラと鈴飾りが響く。華陽の舞のクライマックス。

 月華の舞に比べて、いささか地味に感じていた華陽の舞がこんなに美しく華やかだったとは。どうの入った玄人の動きで扇子二面を巧みに操りアレックスが舞台中央にしどけなく座った。

 こんなに美しい舞は見たことがない。


 触れれば落ちなんと言う風情で舞台に座ったアレックスが私を見た。二面の扇子を片手に持ち挑発するかのように微笑むアレックスはやはりリヴィエラの甘い毒をもつ天性のたらしだった。見るもの全てを魅了し支配する強烈なカリスマ。


 アレックスは私を見て誘うような表情をした。アレックスお願いやめて。誤解してしまうから。

 私に甘い夢を見せないように絶対に外さないでと懇願した黄金の鈴に触れた。躊躇うことなく私が口づけた鈴を引っ張る。

 淡いハチミツ色の髪がふわりと広がりキラキラと光を放った。

 アレックスが私が口付けたその鈴にそっと口付けを落とした。私を挑発するように。


 欲しい。友達でいたいとずっと親友でいてねと、願うアレックスの言葉が私の心を苛んで荊のように絡み付く。心が軋む。私の心に闇が忍び込んだ。


 赤黒い靄が私を支配する。


 10年後と言わず今すぐに誰にも見られないように小さなハコに閉じ込めてしまいたい。例え泣かれても怯えられても、ただただアレックスを手に入れたくて堪らない。狂暴な欲望が鎌首をもたげた。


 これ以上アレックスの姿をみんなに見せたくなくて展開していた魔法玉を使って幕を下ろす。惚けたように舞台を見つめるスタッフ達は勝手に幕が降りたことにも気づかないだろう。


 アレックスはあの場から一歩も動かなかった。なんらかのアクシデントが起きたのは明白だ。アレックスを回収すべく速やかに舞台へ向かう。


 誰よりも早くアレヲテニイレロ。脳裡を蝕む赤黒い靄が私を支配する。


 裏口の窓から射し込む太陽の光が逢魔が時のように禍々しく不気味な程赤い。心が闇に蝕まれていく。

 

 今、アレックスに会えば心が闇に満たされた心が自分をケダモノに堕としそうで恐ろしかった。

 なのに、足は何者かに支配されたようにアレックスの元へと速やかに進んでいった。



 舞台中央。


 そこにいたのは先程まで会場を支配していた圧倒的カリスマのアレックスではなく、いつもの私がいないとダメダメなアレックスだった。

 ほぅっと気が抜けたように佇むその姿が愛らしくて、悲しませたくない嫌われたくない、そう思った。


 テニイレロと煩く叫ぶ嵐のような衝動を必死で抑え込む。

 私は臆病者だ。アレックスに嫌われる勇気がなかった。


 逃げよう、アレックスの前から。この愛しい人の思い出に残る私が彼の大事な親友であるうちに。

 逃がそう、私の前から。この愛らしい人が傷付く前に。


 アレックスは私の宝物なのだから。

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