39.怖さと心強さと
誰もが、電撃に焼かれて落ちるフレアの名を呼んでいた。
「最上級獄火炎! 最上級獄火炎!」
魔女リタは、隙を作ろうと大魔法を炸裂させる。
それでも、まるで山を相手にするように手応えがない。
「どうすればいい、どうすれば……」
ヨサクは考えていた。
生まれてこの方、こんなに考えたほどがないというほど、額が赤く染まり頭から湯気が出るほどに考えていた。
ギュンターは、必死に剣を振るっている。
魔女リタは魔法を撃っている。
聖女クラリスや、フィアナのばあさまも必死に祈りを捧げている。
この場で、ヨサクだけが何もすることがない。
為す術もないから、何もしなくていいなんてことがあるわけがない。
フレアが戦っているのだ。
そのフレアに渡された鉄の斧を見て、ヨサクの頭に天啓が閃いた。
「あの巨人は、なぜ木を避けて通っていた」
あんなに大きな足をしているのなら、踏みつけて通ればいいだろう。
それなのに、まるで恐れるようにそろりそろりと山を降りてきていた。
フィアナのばあさまが言うには、伝承に大魔王を倒すヒントが有るのだという。
それで、ヨサクも一つ思いだしたことがあったのだ。
一つ目の巨人族は、木を恐れるという昔話。
なぜかと尋ねれば、昔木こりが切った木が山を滑って当たりどころが悪くて死んだからだという。
「あの山の上にある千年杉の木なら、巨人だって倒せるんじゃないか」
そう思ったヨサクは、走っていた。
山の頂近くに、それはそれは大きな大木があるのだ。
誰が呼んだか知らないが、千年杉という。
おそらく、神話の時代からあるものだろう。
村に伝わる伝説によると歴代の力自慢が切ろうと挑んでは斧を振るい。
そのあまりの大きさと硬さに諦めたのでいたるところに切り口がついている。
それにもかかわらず、山よりもなお高くそびえ立っているとんでもない巨木だ。
山道を駆け上がるヨサクの足は、まるで羽根が生えたように軽かった。
若い頃、ヨサクは千年杉に挑み。
当たり前のようにほんの少し切り口をつけただけで、やはり無理だと諦めてしまっている。
「でも今なら、やれる!」
それは神の助けなのだろうか、それとも勇者フレアが使っていた斧にほんのすこし神獣シンの力が残っていたのか。
それを握る、ヨサクの身体に物凄い力がみなぎっている。
フレアを助けてやりたい。
おっさんでも、まだできることがあるんだと見せてやりたい。
今のヨサクは木こりだ。
戦うのは得意ではなかったけど、木を切るのならばずっとやってきた。
千年杉の根本までやってきて、無心で斧を振るう。
「いける! いけるぞ!」
不思議だった。
若い頃はあれほど硬かった千年杉が、まるで薪を割るように簡単に削れていく。
「あとは、角度を調整して」
的はでかい。
当てないのが難しいくらいだ。
最後の力を振り絞って斧を振り上げると、ヨサクは叫んだ。
「木が倒れるぞぉおおおお!」
千年杉は、メキメキメキと音を立てて倒れ、まるで槍のように地面を滑っていき。
そのまま巨人の土手っ腹にぶち当たった!
巨人の電撃に焼かれた勇者フレアは、倒れてもまだ諦めていなかった。
みんなのフレアを呼ぶ叫び声が遠くに聞こえる。
身体を貫く激しい痛みが、フレアの意識を保っていた。
昔は感じなかった痛みを今のフレアは感じる。
恐ろしさだって感じる。
フレアが恐ろしいのは、自分の背中にオルドス村を守っているから。
ヨサクと出会ってから、そういう感情を思い出したのだ。
痛みも、苦しみも、怖さだって感じて良いのだ。
それは、弱さではなくきっと強さだ。
感じるから、まだ戦える。
山の上から、ヨサクの声が確かに響いた。
「今だフレア!」
その声にフレアは、パッと瞳を空けて立ち上がる。
眼の前で、大魔王が横転していた。
巨大な木が、その土手っ腹に突き刺さっている。
信じられない光景だが、フレアは心の何処かで信じていた。
ヨサクなら、フレアの先生ならきっと助けてくれると!
だから、すぐさまこの瞬間を逃さずに動ける。
「神炎の剣! 大魔王を焼き尽くして!」
勇者フレアの全力の叫びに、神剣が応えて燃え上がった。
「これで、終わりだぁあああああああああああ!」
フレアの身体は、赤き閃光そのものとなって、巨人の一つ目を貫いた。
それでもなお大地を揺らしてジタバタと暴れていた巨人は、やがてぐったりと動かなくなった。
ついに、勇者フレアは、最後の大魔王を討ち果たしたのだった。




