27.マスターの意味
リリイ伯爵夫人の屋敷で逗留していたヨサクたちは、勇者パーティーがフレアを訪ねてきたというリリイ伯爵夫人の報告を受ける。
ヨサクは、突然部屋で震えだしたフレアを介抱している。
「どうしたんだ、フレア」
「……会いたくない」
「勇者パーティーにか」
こくんとうなずく。
ともかく事情を聞こうとヨサクが思ったその時だった。
「ちょっと、勝手に入らないでください!」
扉を蹴り破って、ギュンターが入ってきた。
「ここにいたか、フレア!」
「何なんだお前は」
フレアを守ろうと前に立ったヨサクに、ギュンターが叫ぶ。
「オマエこそなんなんだ! オレはそこにいる勇者の先導者。ギュンター・ヴォルクガングだ。関係ない人間は、下がってもらおう」
教育してやると迫るギュンターに、一歩も引かずに
「関係ないことはないな、俺はフレアの先生になったんだから」
「キサマ! 勇者の先導者になるという意味がわかっているのか!」
そう言われて、キョトンとするヨサク。
「えっ、そりゃ先生って師匠とか、教え導く者って意味じゃないのか」
「ハッ、勇者の先導者である意味もわからずに言ってるなら、テメェにはそこに立つ資格はない!」
死毒剣を引き抜くギュンター。
後ろから魔女リタが叫ぶ
「バカ! ラザフォート伯爵家の屋敷で抜剣は、洒落にならんやろ!」
「なに、ちょっと脅すだけだ」
そう言って、ヨサクに死毒剣を突きつける。
「待ってくれ! フレアが怖がってる」
「勇者が怖がるだと……ふざけているのか。怖がるように、オレは教えてはいない」
ギュンターを前に、それでもヨサクは引かない。
「お前はオレのことを知らねえのか」
「知らない」
「何も知らねえなら教えてやる。オレはSランク剣士、死毒剣のギュンター・ヴォルクガングだ。この剣がかすりでもすれば、オマエは死ぬ」
「それでも、俺は引けない」
ギュンターは、なぜだと思う。
眼の前のおっさんは、たかだかDランク程度の男だ。
それなのに引かないのは、何かあるのかと頭が冷えた瞬間に気がつく。
「お前、それ……なんで、オマエが、神剣を装備できる?」
ヨサクが何気なく腰に差しているのは、神剣だ。
しかし、それはあり得ない光景だった。
それは、この世界で勇者しか装備できないものだ。
「何をいってるんだ」
「なんで、オマエみたいなやつが神剣を装備出来るのかと聞いている!」
これまで、ギュンターは本気ではなかった。
Dランク風情の雑魚をほんの少し脅してやれ。
それくらいに思っていた。
「誰でも装備できるだろう」
「出来るわけがあるがぁああ! オマエが! オマエみたいな雑魚が手を触れていいしろものではない!」
それは、王国随一の剣士となったギュンターにすら握れなかったもの。
「それをキサマはぁあああ!」
本気で、ギュンターが斬りかかろうとしたその時だった。
「当屋敷で、何をやってるんですか!」
リリイ伯爵夫人だった。
魔女リタも叫ぶ。
「ほんとや! ギュンター頭を冷やせ! ラザフォート伯爵家の屋敷やぞ!」
木っ端貴族相手ではない。
ラザフォード伯爵家は、このオールデン王国の北方において支配的な地位を持っている大領主である。
いかにギュンターが宮中伯の息子といっても、その屋敷で私闘は冗談ではすまない。
「チッ……」
凶暴な性格とはいえ、ギュンターは上位貴族である。
いかに相手が平民でも、リリイ伯爵夫人の静止を振り切っての乱暴沙汰となれば、タダではすまないことがわかっている。
怒りを奥歯でギリッと噛み殺して、かろうじて踏みとどまった。
リリイ伯爵夫人は、ヨサクの前に立って言う。
「当屋敷での、乱暴沙汰は遠慮願いましょう。いかなる理由があっても! あなたがたが、地位も名声もある勇者パーティーであってもです!」
これで、ギュンターも手出しはできなくなった。
「じゃ、それでもいいさ」
ギュンターはニヤリと笑うと、ギラギラとした目を輝かせて言った。
「ヨサクとやら、事情は後で聞く。いまはキサマに、本当の勇者の先導者の力を見せてやるぜ。勇者フレアに命じる!」
ギュンターがそう言うと、フレアが青い顔をして震えだした。
「フレア!」
ヨサクが声をかけるまもなく、そのまま部屋の窓を突き破ってフレアが飛び出していった。
呆然とするギュンター。
「なぜ、オレの命を無視して逃げた?」
ヨサクが、「フレアに何をやったんだ!」と叫んでも、ギュンターはぼんやりとしている。
魔女リタたちも、意外そうな顔をしていた。
一体、何なのだ。
ヨサクは、迷いながらとにかくやることをやることにした。
「リリイ様。とにかく、俺はフレアを追います」
すでに、窓ガラスを破った庭にもいないと確認すると、ヨサクはそのまま屋敷を飛び出していった。
「お、おい待て!」
ギュンターたちも、慌ててその後を追いかけていく。
「どういうことなんですか、まったく……」
リリイ伯爵夫人は割れた窓ガラスの掃除を頼んで、これから先の不安さに美しい眉根を寄せるのだった。




