29.出会いと真実はいつも突然に。
結局、前話の「浮気したのか!?」の後に3000字ほど付け足しましたので読んだ記憶がない方は一度目を通していただけると幸いです。
何を言ってるんだと思った方は、このまま読み進めていただいて構いません。
よろしくお願いいたします。
「「――えっ。複雑な家庭環境のせいもあって、あんまり学校生活に馴染めない中学生を(こんな)同好会で面倒を見ることになった(んですか)……っ!?」」
「うむ」
「いや、うむ。じゃないが?」
翌日のお昼。突然、冬毬会長が部室で言い放った衝撃的な予告に春乃先輩がツッコミを入れる。こればかりはさすがの俺も先輩に全面同意だった。
円滑な目的遂行の弊害となるのはもちろんだし、まともな倫理観を保有している人間が俺しかいないのに、気を遣いそうな子の相手をするのは不可能としか思えない。
「か、確定事項なんですか? というかなんで高校の部活で面倒をなんて話に……」
「確定事項だ。彼女の担任と他数名の推薦……懇願、と言うべきか。私が聞いた限りでは〝決して間違ってはいない良い子だが常に辛辣な言動と性格をしており、誰にでも平等に見境なく攻撃的な態度を取る上、その性質を自分できちんと理解している〟とのことだ」
「……春乃先輩?」
「埋めるわよ」
刹那で教室の壁に埋まっちゃった。痛い。
にしても教師が頭を下げたのか。ただイタいだけなら、呆れてはい終わりだしな……。
そうではない点を考慮すると、だ。特別な処置を取っても構わないと思われる程度には教師たちの好感度を稼ぐことに成功している、ということになる。
好感度稼ぎ。それはつまり、俺たちの目標達成に必要な条件の一つだ。
回避不能のイベントならば、少しでも生かさないと損なのは間違いないと俺は思う。
「三年……いや、二年生とかです?」
「一年だ」
「いっ、いち――」
開いた口が塞がらなかった。す、数か月前まで小学生かよ。
身体がめり込んだ壁から離れると、砕けた破片もぱらぱらと床に散らばる。
「へぇ」
先輩も興味を持ったらしい。完全に性格が顔に出てるクズさだけども。
「ま、いいんじゃない。可愛がりがいがありそうだし。名前は?」
「別の意味にしか聞こえねぇ……」
「ふむ、早速今日の放課後から来るそうだからな。その時本人から改めてでいいだろう。それと今後は、恋愛知識が豊富らしい彼女も活動に参加してもらうつもりだ」
「「恋愛知識が豊富ぅ~?」」
俺と先輩の声がここぞとばかりに揃う。
なんだなんだ、無駄に警戒して損しちゃった気分だな。会長のその一言でもう、一気に難攻不落感が薄れた。どうせあれでしょ、元小学生特有の強がりでしょ?
「経験、じゃなくて。知識、が豊富……ねぇ」
「内心じゃ顔真っ赤にして、ぐぬぬとか言ってるちっこい舌闘者って感じですかね」
「可能性は高いわね。うるさいですね、とか言いそう」
きょとんとしている会長をよそに、昼休み終了を告げる予鈴が頭上で鳴り響いた。
*
「――封燐学園中等部一年の、米良茉莉です。趣味は……サーフィン、です。どれくらいお世話になるか分かりませんが、これから誠によろしくお願いします。先輩がた」
放課後。部室を訪れた件の中学生がそう言って、礼儀正しく頭を下げた。
淡く緑がかった三つ編みが揺れ、中一とは思えない胸も小さな波のようにたわむ。
(で、デカすぎんだろ……た、確かにサーフィンだ(?))
本当に文字通り発育が良かった。なんと身長も俺とそう変わらないのである。
だからつまり、175~180くらいってわけ。女子としてはかなりの外れ値だ。
どうやら春乃先輩も小さい子を想像していたらしく、少し目を丸くしていた。
「ちょっとだけ後ろ、失礼するわね」
「?」
そして、先輩は唐突に中学生――茉莉ちゃんの背後に回ると、おもむろに背中の匂いを嗅ぎ始める。初手、男なら一発アウトの変態行為はさすがと言わざるを得なかった。
「すんすんっ。確かに……ランドセルの革特有の匂いがする」
「嗅覚認証やめろ」
もっと他に方法あるだろッ、なんで一番キモい手段を選ぶのか。これが理解らない。
あとこの体格でランドセル背負って登校はあまりに……うん。すごい(すごい)。
「というか。えっ、待って。あたしよりおっぱいあるくない?」
「知性もあると思いますけど?」
「「――――っっ!?」」
開口一番、茉莉ちゃんは春乃先輩に先制攻撃を……いや、この場合は反撃になるのか?
どっちでもいいか。ともあれ、淡々と言い返してくるのはまさに自己紹介って感じだ。
「へぇ?」
カーン、と。一変して、戦いのゴングが鳴ったような表情を浮かべる春乃先輩。
二人の間にバチバチと飛び散り始めた火花をまるで意に介さず、会長は続ける。
「うむ、では私の方から改めて自己紹介を。学生自治会会長を務める二年の周防冬毬だ。困ったことがあれば、可能な限りで力になると約束しよう」
「はい、改めて誠によろしくお願いします周防先輩」
「あたしは二年の久住春乃、部長です。これから対戦よろしくね、誠ちゃん」
「……こちらこそです、部長さん」
あの女はいつ部長になったんだ? まぁ、何でもいいかこんな部活での肩書きなんて。
にしても念願の先輩に対する抵抗勢力の追加だ! 嬉しいな、仲良くできそうだ!
「俺は一年の真田信二郎、よろしく茉莉ちゃんっ!」
「…………真田?」
しかし俺が嬉々として名乗った途端、彼女は眉根を寄せて険しい表情を作る。
「ごめんなさい、先輩。実は最近、真田って苗字が嫌いになったので――」
「そんなピンポイントってある?」
「だから信二郎先輩って呼んでもいいでしょうか?」
「ん、まぁ……好きなように呼んでもらっていいよ」
誠にありがとうございます、と。茉莉ちゃんは両手を合わせて笑顔を返してくれた。
うん! まず間違いなく擬態してるタイプだな! な、仲良くできるかなぁ……。
勢力図も三つ巴というより、二対一になりやすくなっただけの気がしなくもない。
「ふむ。ではまず、一件目の投書の対応といこうか」
「恋愛相談、でしたか。気乗りはしませんが精一杯、努めます」
「ふーん。じゃあ知識が豊富な誠ちゃんのお手並み、拝見といきましょうかね」
「はい、構いませんよ。春が来てなさそうな、部長さん」
おぉ、そうだそうだ。勝手に争え争え、トドメだけは俺がもらうから。
で、程なくして本日最初の相談者である、二年の女子がやって来た。
春乃先輩が「しばらく大人しくして」と目で訴えるため、俺は沈黙する。
相談内容について掘り下げていくと、どうやら彼氏に振られてしまったらしい。彼女はまるで、この世の終わりみたいになっていることがよく分かる言動と表情をしていた。
そんな際限なく続く相談者の話を遮り、茉莉ちゃんは臆することなく言い切る。
「あの、ひとついいでしょうか。これはボクの私見なのですが――」
(ボクっ娘だ……)
「学生時代の恋愛が人生の全部ではない、と思うのです」
「え」
「ほう」
茉莉ちゃんの発言に驚く相談者の傍で、会長も興味深そうな頷きを見せる。
一方の先輩はというと、偉そうな小姑みたいな雰囲気で静観していた。
「もう一度、冷静になってよく考えてみてください。あなたが好きになってしまったその彼は、あなたにとって本当の意味で相応しい異性だったのでしょうか?」
「相応しい、異性…………?」
その後。茉莉ちゃんから飛び出した発言の数々は、相談者の彼女にとってだけ耳障りのいい詭弁や机上の空論だった。端から聞くとどう考えても破綻した、狂った文字列。
全てを未来へと放り投げ、逃避を逃避と感じさせないような、まさに甘言!
相談者の心を的確に刺す癒しの言葉は、ある意味ではコミュニケーションと呼べるが、およそ健全なやり取りではない。むしろ依存に近い何かである。
ものすごく砕けた表現をすれば、米良茉莉――彼女は〝勘違い女製造機〟だった。
現に俺たちは今回、この相談に対してほぼ何の発言もしていない。
けれど最初、表情も言動も荒んでいたはずの相談者は――――
「あぁ、そうだったの……そういう、ことだったのねっ! ありがとう、茉莉さん。私、あなたのおかげでようやく目が覚めた。いいえ、生まれることができた! 本当になんてお礼を言ったらいいか……感謝してもし尽くせないです」
……何ということでしょう、今ではすっかり目がバッキバキの孤高の戦士に。
幼馴染にトラウマを抱える保健医や、筆頭勘違い女のスウィートベイビー井上と会話が弾みそうな人種にされてしまったのは、果たして幸せなのか……俺には分からない。
「お礼なんてそんな。ですがそうですね……今度、お友達を紹介していただけますか?」
「その程度、喜んで! じゃあ、今日は本当にありがとうございました!」
当然のように連絡先も交換し、満足した相談者は笑顔で教室を去っていった。
扉が閉まった途端、妙な緊張が室内に走る。主に春乃先輩と茉莉ちゃんのせいだ。
会長だけは、今の話に〝?〟を浮かべていた。うん、そのままの会長でいて……。
(しかしすげぇな、恋愛相談そのものをなかったことにしちゃったよ。相手の言いくるめ方は、ちょっと新興宗教の開祖っぽかったけど……でもなんかその、ヤな中一だなっ!?)
つまりこれ、あれだ。この子、好感度稼ぎが上手いわけじゃなくて、そういうのを全部飛び越えて〝洗脳〟……人心掌握術に長けてるだけだ――――っ!?
「こんなところです、どうでしたか。部長さん」
「まあまあね」
女同士の熱い視線が交わる中、俺は思う。これまずくないか、と。
茉莉ちゃんがいると相談者たちが気持ち良くなってしまう。そして気持ち良くしたのは当然、茉莉ちゃん。俺たちは一切関係がなく、何の印象にも残っていない。
感謝などもってのほか。つまり、俺たちの目標――〝校内の認知と好感〟が稼げない!
(要改善だよな……まぁ、放っといたら先輩が技術、盗んでるかもしんないけど)
と、茉莉ちゃんは睨み合いもそこそこにして、室内の時計に目を向けた。
彼女たちはどうやら四十分ほど話し込んでいたらしい。
「皆さん、誠にごめんなさい。実は今日この後、大事な家庭の用事がありまして。今日はこれで失礼させて頂きたいのですが……構わないでしょうか?」
「む、家庭の事情なら致し方あるまい。問題なかろう」
「えぇ、右に同じ。明日はもっと可愛がってあげるよ、茉莉ちゃん」
「まぁ、初日だしこれくらいでちょう――」
――ピリリリリリッ。言いかけた俺のポケットが、不意の振動と音を鳴らした。
全員の視線が俺に集中する。スマホを取り出し、確認してみれば母親からだった。
「母親です。な、なんだ急に。一応、学校なんだが……」
出てもいいでしょうか、と俺は会長に目をやる。
「うむ、大事の可能性もある。許可しよう」
許可された。俺は画面をタップしてスマホを耳に当てる。
『どうしたの母さん、いき――――』
『何も言わず、今すぐ帰ってきなさい』
『え? いや、まだ部活……みたいなも――』
『三度目を言わせたら親子の縁を切ります』
『は?』
プツン。有無を言わさない勢いで、物の数秒で通話は切断された。
えぇ……いやまぁ、声からして怒りが一周して振り切れてるのは分かるが。
「なに、どしたの?」
「なんか大事な用があるから帰って来い、と。断ると親子の縁が切れるらしいです」
「へー」
一瞬で興味をなくしたのか、すごくどうでも良さそうな声だった。
やっぱクソだわ、この顔が良いだけの先輩。
「正直よく分からないんですが、今日は俺も失礼していいですか」
「む? あぁ、今日の分は私と春乃だけで対処しておこう」
実質的に春乃先輩ひとりじゃねぇかな、と口に出すのは野暮というもの。
それから俺は、同じく今から帰宅する茉莉ちゃんに視線を向けた。
「途中まで一緒にか――」
「誠に嫌です。ではさようなら、信二郎先輩」
「え、あ、ちょっ……」
支度を済ませてさっさと退室した茉莉ちゃんを、俺は慌てて追いかける。
一度断られたくらいで退くわけにはいかない。その理由は至極単純。
仮にここで打たれ負けた場合、明日から春乃先輩に死ぬほど馬鹿にされる未来が見えるからだ。顔を見なくても理解る。あのクズはそういうクズだ。
それに彼女とは、これから何度も顔を合わせる機会があるのに〝この程度で迎撃できる先輩〟と評価付けされることに何もメリットがない。多少のしつこさは必要だろう。
「そういえば、サーフィンが趣味って言ってたけどいつからやってるの?」
「三年生からです」
「へぇ。俺も同じ頃に少しやったことあるけどさ、下手でハマらなかったなぁ。父さんが妙に上手くて、やたら勧めてきたのは覚えてるんだけど」
「そうなのですか……ボクも、パパ――父の影響です」
やや言葉を選ぶように茉莉ちゃんが頷く。パパ呼びが恥ずかしい年頃なんだなぁ。
「おぉ、何とも言えない共通点」
「はい、誠に疎ましいです」
誠に辛辣だった。まぁ、そういうものだと思えば平気である。俺の心は鋼だからな!
「ところでその〝誠に〟って口癖さ。気付いてるだろうけど、春乃先輩の前だけでも言う頻度は下げた方が精神衛生上、いいと思うぞ?」
「あり得ないのです。それじゃ、ボクがあの失礼な女から逃げ出すみたいになるです」
そんなのは誠に論外です、と。茉莉ちゃんはしかめっ面でそっぽを向く。
見た目に反しつつ、言動通りの負けず嫌いな性格らしい。
あれだな、茉莉ちゃんといい意味で相性が悪いのは天然だな、天然。
ならそうだ。仲良くなりたいとか理由つけて、小夏と何かする理由にするのもありか。
そんなことを考えているうち、俺たちは最寄りの駅に到着する。
「茉莉ちゃんって封燐中まで電車で通ってたりする?」
「……ボク、用事があると言いましたです」
無言の圧が強い。どうやら今日はたまたま使う必要があるだけで、普段は違うらしい。
「はい、言ってましたです」
「ちッ」
「誠にナチュラルっ!?」
なんかもう、すでに格付けされてないか? 飼い犬に下に見られるパパかよ、俺。
いやこういう時こそポジティブ! 舐められているのではない、親しみやすいのだっ!
車内でもどうにか年下に食らい付きつつ、俺は無事に電車を降りることに成功する。
だが、意外なことに茉莉ちゃんも同じ駅、同じ方面出口へ向かう様子だった。
「ついて来ないで下さい。ストーカーさんなのですか?」
「いや、普通に俺は家へ向かってるだけ……というか、茉莉ちゃんの自意識過剰だよ」
「常套句と論点ずらしですね。誠に不愉快です」
冷たく素っ気ない態度を取られながら、茉莉ちゃんはつかつかと路地を進んでいく。
そうして、歩き続けること十数分。俺たちは―――同じ場所で、足を止めた。
「…………え?」
すると彼女は深いため息をこぼし、大きな身体を翻して不満を漏らす。
「まさか、とは思いましたが……本当にそのまさかでしたか。誠に最悪です、底辺です」
「あ。え? は? ……ど、どういう?」
意味が分からなかった。それでも分からないなりに分かることをまとめると、だ。
茉莉ちゃんの用事は俺の家にある、ということだけである。いや、なんで?
「ですが、インターホンを押す手間だけは省けました。さ、行きましょう」
「……ほ、本当に行くの? 来ちゃうの?」
「しつこいですね、いいからとっとと行けですよ」
茉莉ちゃんにぐいぐい背中を押されながら、ドアを開いて足を踏み入れる。
直後。俺は玄関先のある違和感に気が付いた。それは、
(父さん、帰って来てるのか……?)
自分の家とは思えない慎重さで、恐る恐るリビングに向かう。
そこにはたぶん怒髪天を超越して無我の境地に到達した母さんと、ボコられて顔を腫らしたと思われる正座中の父さんがいた。こ、これが帰宅を強制された理由?
(……ん? あれ。そういや父さんって、しばらく愛媛に出張中だったはずじゃ……)
ぐわんッ、と攪拌されるような衝撃が突如、俺のか弱い脳みそを襲う。
いないはずの父。怒り狂った母。突然家にやって来た、真田嫌いな年下の女の子。
三つの点を繋いでしまう〝線〟に思い当たることがないわけではない。だが――
「えっ、え?」
辿り着いた答えを感情的に否定する俺を目にして、茉莉ちゃんが呆れ気味に否定の先の言葉をこれ以上なくはっきりと、この場の全員に届く明瞭さで続けた。
「はあ。まだ分かりませんか? 誠に鈍いんですね――――お義兄さん」




